第八章 「特命遊撃士としての当たり前の勤務日」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
神戸南京町での公務を無事に終えて堺県第二支局へ帰庁した私は、もう夜も遅かったので宿直室に泊まる事になったんだ。
人類防衛機構の各支局に設けられている宿直室はビジネスホテル並に設備が整っているから、遅番で自宅に帰るのがだるくなった時も夜勤シフトの休憩に入りたくなった時にも重宝なんだよ。
何しろ小腹が空いて夜食でも欲しくなったら地下食堂なり酒保なりで何か食べれば良いし、備え付けの液晶テレビはBSとCSは当然として各種の動画配信アプリもインストールされているスマートテレビだからね。
その気になれば一ヶ月連泊しても全く苦にはならないよ。
まあ私の場合は実家から支局まで徒歩圏内だから、そんな妙な真似をする必然性なんて全くない訳だけど。
そうして宿直室でグッスリ眠って英気を養った私は、実に清々しい気分で朝を迎える事が出来たんだ。
「実に良い朝だね、英里奈ちゃん。大仙公園の古墳群に生い茂る新緑なんか、普段以上に青々としている感じがするよ。」
「仰る通りですね、千里さん。大仙古墳の木々も実に生き生きとしていて、正しく『目に青葉』という趣が御座いますよ。」
その言い回しは恐らく、江戸前期に活躍した俳人である山口素堂が詠んだ初夏の句の上五だね。
確か「目に青葉、山ほととぎす、初鰹」って句だったっけ。
戦国武将として名を馳せた生駒家宗の血統を継ぐ伯爵家の令嬢ともなると、至って自然とこうした言い回しが出てくるんだ。
私も英里奈ちゃんを見習って、巴図魯という官位に相応しい品格と教養を身に着けなくちゃね。
こうして軽口を叩きながら、私と英里奈ちゃんは通常シフトに入ったんだ。
何しろ私は中華王朝の巴図魯であると同時に、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局に所属する少佐階級の特命遊撃士でもあるのだからね。
ここに更に堺県立御子柴高等学校二年生という肩書きまで加わる訳だから、二足の草鞋どころの騒ぎじゃないよ。
とは言え高校生活に関しては、そこまで大変じゃないんだよね。
何しろ出席は人類防衛機構でのシフトに入っていれば公欠扱いだし、授業に関しても勤務の合間に授業動画を見て宿題をやっておけば事足りるんだから。
先週の古文と日本史の宿題なんか、タブレットを広げて帰りの公用車の中でササッと仕上げちゃったんだもの。
それに校内で何があったかをどうしても知りたければ、その日の授業に出席している同じクラスの同僚や部下に聞けば良いだけの話だからね。
今日は確か江坂分隊の北加賀屋住江一曹が出席しているから、次の勤務日で一緒になったら聞いてみようかな。
業務連絡の確認に各種の軍事訓練、武装オートバイを用いた管轄地域の巡回パトロール、そして待機時間を利用した高校の授業のオンライン受講。
こうして普段と同じように黒いセーラーカラーの付いた白い遊撃服に身を包んで、普段と同じように同僚達と一緒にシフトへ入っていると、「特命遊撃士・吹田千里少佐」としてのアイデンティティを改めて認識させられるね。
今みたいに個人兵装であるレーザーライフルの射撃訓練に勤しんでいる時なんかは、尚更だよ。
「目標捕捉…距離良し、角度良し!」
ハンガーに吊られた黒い人影の標的をスコープで覗き込んで照準を合わせたら、後は引き金に掛けた指へ力を加えるだけ。
このピリッと張り詰めた感覚が、何とも心地良いよ。
「撃ち方、始め!」
そうして銃口から飛び出した真紅の光線が空気の焼ける独特の芳香をもたらした後には、普段と同様に素晴らしい戦果が私を待っているんだよ。
眉間のど真ん中に綺麗な銃創を穿たれた、黒い人影の標的がね。
「やるじゃないか、ちさ。相変わらず見事なもんだよ。二つ名の『赤眸の射星』は伊達じゃないね。」
「貴人としての地位や名声に驕る事なく、直向きに戦闘技術の研鑽に邁進する。それでこそ我等の巴図魯殿だよ、千里ちゃん!」
ガンケースに収納したレーザーライフルを片手に射撃用ブースから出た私に笑い掛けたのは、髪色と向きの異なるサイドテールが印象的な二人組の特命遊撃士だったの。
左側頭部で結い上げた青いサイドテールと快活な笑顔が印象的なノリの良い子は、レーザーブレードを愛用する枚方京花少佐。
そして黒い右サイドテールと長い前髪で右側を隠した切れ長の赤目が印象的なクールビューティーは、大型拳銃を個人兵装に選んだ和歌浦マリナ少佐。
得意とする戦闘スタイルも性格も大分違うけれど、私にとって大切な同期の友達である事は変わらないよ。
「有り難う、マリナちゃんに京花ちゃん。訓練生時代の私に二つ名を命名して下さった大沢実花教官に、巴図魯の官位を下さった愛新覚羅麗蘭王女殿下。そんな御二方の事を思うと、腕を鈍らせる訳にはいかないよ。」
空いた片手でツインテールの右側を軽く掻き上げながら、私は二人に笑い掛けたの。
訓練生時代もカウントすれば、私が人類防衛機構の軍籍を得てから今年で早くも六年目。
その間に私を指し示す呼び名も沢山増えたけど、名前負けしないように頑張らなくちゃね。
「そう!その意気だよ、ちさ!ところで…ちさは今から鉄扇術の自主練なんだろ?」
「もしも千里ちゃんが迷惑でなければ、私達二人にもお手伝いさせてくれないかな。ほら!鉄扇術が元々は護身用の武術だった以上、千里ちゃんとしても仮想敵がいた方が好都合じゃない?例えば、ナイフ等の危険物を投擲してくる暗殺者を相手にした訓練とかは…?」
確かに仮想敵の存在は臨場感があって有り難いけど、訓練の内容が随分と具体的だね。
二人共、何か他に目的があるのかな?




