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第102話 祭りの準備、背中を叩く者、覚悟

「あっ、クラウスの旦那、丁度良い所に。ご注文通リ、バンナの実を多めに仕入れテ置いたヨ」


 ガヤガヤと騒がしい建物の中で、ひときわ目立つ猫獣人のアルーが俺を見かけるやテテテと駆け寄ってきた。


「あぁアルーか。俺も丁度その話をしようと思って来たところなんだ。もし可能ならバンナの実は当日屋台の方に持ってきて貰えると助かるんだが」

「あイ、大量に注文もらいマしたし、サービスで運びマすヨー」

「いや、その分も請求してもらってかまわないぞ。その代わり」

「あイ、今後とも、色々とご贔屓にお願いしマすね」


 この辺はさすが遍歴の交易商といったところか。

 俺の言わんとしたことを素早く汲み取ってくれる。


 収穫祭に向けて街中がにわかに色めきだってきた中、屋台に向けた確認で訪れたいた真新しい建物は、ブランチウッド商会のカーネリア支部だ。

 ブランチウッド商会の雇われとなったアルーだが、個人でやっていた時と同じ様に南方への買付を担当しているため、収穫祭で使うであろう大量のバンナの実の仕入れをアルーにお願いをしていたのだ。

 

 結局、収穫祭の屋台は雪解けの祭りの時と同じく薄皮包みにすることになった。


 走る子馬亭は毎年違う甘味を出していたということなのだが、今回ばかりは仕方無いと思うしか無い。


 ま、まぁ、春はイチゴとバンナの実のみでの提供だったが、秋は収穫できる果物の種類が多い。

 今のところ想定しているのは人気だったバンナの実に梨、クランベリーのジャム、プルーン、そして栗を砂糖水で煮た物……いわば栗の甘煮か、それも用意してみた。

 栗の甘煮はアリアの案だ。

 火を通しただけでもそれなりに甘くなる栗を砂糖で煮てどうするんだと思っていたのだが、これが予想以上に美味かった。

 と、こんな感じで雪解けの祭りの時とはかなり違った薄皮包みが提供できるはずと、自分を納得させる事にした。


 忙しそうなアルーと別れて支部を出て少し歩けばそこは大通り。

 収穫祭の大煮炊きと葡萄踏みの会場になるのはこの大通りの中央にある中央広場だそうだ。

 雪解けの祭りの時に屋台を置かせえてもらったところだな。

 ちなみに芋掘り大会会場はは当然城壁の外にある芋畑だ。

 

 様々な屋台が出るのは雪解けの祭りの時と一緒で、既にトンテンカンと屋台の準備をしている音もチラホラと聞こえてくる。

 明日のこの大通りは、屋台が立ち並び普段にも増して賑やかな場所になるのだろうなぁ。



 そう、収穫祭は、もう明日に迫っていた。



 俺が完全にやらかしたあの日の直後、麦の収穫が完全に終わった事で、グラシエラスがもたらした混乱は一旦の終焉を迎えた。


 勿論、全てが終わったわけではない。

 

 冒険者ギルドは新たなダンジョンの誕生ににわかに活気づきつつあり、それに影響されるように走る子馬亭も普段に増して忙しくなってしまった。

 グラシエラスダンジョンに挑戦するためカーネリアを拠点とする冒険者が増えたことでウチに宿泊する客の数がグンと増えた。

 夜の店はほぼ満席状態が続いているし、部屋の掃除や朝食準備で店を開けていない時間も忙しくなっていて、店を回すだけで精一杯な状況になっていしまっている。



 何が言いたいのかと言えば、あの日以来、マリーとちゃんと時間を取って話が出来ていないということだ。



 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、明日の屋台で使う材料についてブランチウッド商会、商業ギルド、露店通りと一通り確認し終わった俺は、自分でも分かるくらいにトボトボと店に戻っていた。


「まずい、よなぁ」


 思わず溜息とともにポツリと独り言が漏れてしまう。

 

「なんですの、鍋を焦がして大事な食材を全部駄目にしてしまった新人の様な辛気臭い顔をして」

「あぁ、エリーか」

「……ほんと、どうしましたの?」


 気づけばその場所は眠る穴熊亭の前。

 あぁ、色んなことを考え過ぎていたのか、完全に道を間違えてしまっていた。

 そりゃエリーもいるか。

 俺の返事に覇気が無かった事に心配してくれたようで、腰に手を当てたまま、呆れたように小さく息を吐いた。


「全く、見てられませんわね。少し寄っていきなさい」

「あー、いや、帰って準備しないとだし」

「貴方とマリーがギリギリになるような準備の仕方をするとは思えませんわ。下手な言い訳はやめて寄りなさい」

「ぐ……」


 何故そこまで寄らせたいのかわからないが、エリーの指摘は正しい。

 明日の準備は概ね終わっていて、後は最終的な確認をするだけだ。

 まぁ、夜の仕込みはまだ終わっていないんだが……今日はアリアも店に残っているし、大丈夫、かな。


「分かった、分かったよ。少し寄らせてもらおう」

 

 時間的には昼を少し過ぎたあたり。

 昼食には少々遅い時間で夕食には些か早すぎる時間。

 うちもそうだが、大体の店はこの時間帯に店員の食事を終わらせたり、夕食に向けた仕込みをする為に一旦店を閉めるものだが、久しぶりに足を踏み入れた眠る穴熊亭には客が入っていた。

 ということは、店を開けているということか。

 勿論、食事時程の客は入っていないようだが、まばらながらしっかりと客が入っていた。


「いつからこんな事をやってたんだ……?」


 カウンター席へと案内された俺はスツールに腰を掛けながら軽く店内を見回し、カウンターを挟んだ対面に回ったエリーにそう告げる。


「夏のはじめころからですわね。それより、お茶でよろしいですわね?」

「いや、折角だし何か軽食でも食べていこうかな」

「ではこちらをどうぞ」


 素直に驚いている俺の言葉にも、事もなげに受け流すエリーがスッと取り出したのは、いつもの高そうな革張りのメニューではなく、表紙、裏表紙ともに木の板に穴を開けて革紐を通してあるだけの簡易なものだった。


「メニュー、変えたのか?」

「いえ、そちらはこの時間帯専用のメニューですわ」

「時間帯限定か……」


 ペラリとめくると、そこにはいつもの様な手の込んだ料理は少なく、パンに野菜やハム、チーズなどを挟んだだけの簡易なものや……パンケーキ?

 初めて聞く料理だな。

 気になる。

 ざーっと見た感じ、比較的手間が関わらない料理が中心になっている様に見える。


「調理場のメンツを交互に休ませながら店を開けているのか?あまり手間が掛からないメニューが多いな」

「流石、よく見ていますわね。お祖父様であればどの様な注文にも対応出来ますが、すべての調理人がお祖父様の様には出来ませんので」

「なるほどな……ウチじゃ真似できないなぁこれは」

「ふふっ、ですからやっているのですわ」


 少人数で回しているウチでは交代で休ませるということも難しいし、誰かが仕入れに向かわなければならない都合、やはり完全に店を閉める必要があるが、人員に余裕のある眠る穴熊亭は客が少ない時ならばそれをカバーできる、か。

 料理という、金を払ってから店を出るまでに時間のかかる物を売っていると、どうしても売上の限界というものが出てくる。

 その限界を突破するためには2つ、店を大きくするか、店を開けている時間を増やすか。

 どちらも言うのは簡単だが実施するのは難しい。

 それを工夫1つでやってのける、やっぱり油断は出来ない相手だな。


「それじゃこのパンケーキというのを」

「かしこまりましたわ」


 自らが厨房に注文を届けに行き戻ってくるやいなや、それで?という前置きをつけた上でズイッとカウンターを乗り越える勢いで俺の前に乗り出してくるエリー。


「一体何があったんですの?」


 眠る穴熊亭の営業時間の件ですっかり忘れてしまっていたが、元々は俺が溜息をついていたから引っ張り込まれたんだと思い出す。


「いや……まぁ、ちょいと失敗してな」

「ふぅん。ただ失敗した程度で溜息を付くほど引きずるような貴方ではないでしょうに」


 言外に、それ以上に何か問題があるんでしょう、とそう問い詰められた気がする。

 そしてその通りなので反論のしようもない。


「エリーには敵わんな。その、実はな、収穫祭の葡萄踏みに一緒に出ないかと、マリーを誘ったんだ」


 正直、あまり口に出したくはないのだが、これが切っ掛けなんだから仕方無い。

 そしてこれを聞いたエリーは予想通りの反応をしてれた。


「あら、あらあらあら。そうですの。振られたくらいで情けないですわね」

「違う!……わけでも無いような気もするんだが、多分違う」

「煮えきらない上に女々しいですわ。どういう事ですの?」

「いやだからな、俺が男女で葡萄踏みに出る事の意味を知らなくてだな、その状態でマリーを誘ったもんだから、こう、変な空気になっちまったんだよ」


 勘違いとはいえ、マリーにプロポーズした事と同意なわけだから変な空気になるのは仕方無いはず、なんだが、なんというか、俺の考えているような空気とはちょっと違ったんだよなぁ。


「ふぅん?それで?マリーはなんと?」

「クラウスさんは葡萄踏みの意味を知らなかったんですねー私の事は気にせずクラウスさんは芋掘り大会に出て下さいねーって」

「……そう。それで、クラウスはなんと答えたんですの?」

「分かった、と」

「…………はぁぁぁぁぁぁ」


 一通りの経緯をざっくりと聞いたエリーは、大きな溜息と共に頭を抱えてしまった。

 なんか、クロンとアリアも似たような反応していたような気がする。


「クラウス、貴方の様な男に出すお茶も料理もありませんわ。さっさとお帰りなさい」

「は、はぁぁ?おいちょっと待て、俺が一体何をしたっていうんだ」

「だまらっしゃい!分からないなら一生出禁にしますわよ!それが嫌ならその空っぽの頭を少しでも働かせて考えてごらんなさいな!」


 おぉぉ……なんか、エリーと初めてあった時の事を思い出す。

 あの時は走る子馬亭が潰れる寸前だったにも関わらず自分を頼ってくれなかったマリーに対して、憤りをも含んだ心配をぶつけていたっけ。


「わ、分かった!分かった!強引に引っ張ってこられたと思えば今度は強制退出かよ」

「何か文句がありまして!?」

「いーや、無い。エリーは理不尽な事を強要するような奴じゃない。ということは、間違いなく俺に非があるんだろう?」

「全く……そういうところの察しは良いというのに、なんで……」

「ん?」

「なんでもありません!さっさとお帰りなさい!」


 久々に聞いたエリーの怒声を背中にそそくさと店を後にする。

 あぁパンケーキとやら、食べてみたかったが……それはまた後の機会ということにしよう。

 エリーの言いたい事はなんとなく、分かる。

 俺自身がどうするべきなのかも、なんとなく理解している。

 ただ、それが本当に正しいのかも分からないし、その後どうなってしまうのかも分からないから、選択肢として考えないようにしていた。

 

 そうだ、俺は怖いんだよ。

 

 初めてのダンジョンに挑戦する時ですらこんなに怖気づいた事は無かったように思う。

 やるべきという思いと、やりたくないという思いが頭の中でフワフワと揺れ動きながら、眠る穴熊亭を背にトボトボと歩き出した。

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