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目覚め

 こことは似て非なる世界の、とある海底。

 その場所に建てられた、封印の神が住まうといわれている神城(かみじろ)、そこで目覚める者が二人……。


「ん〜……よう寝たのう……ふあぁ……そういえば妾は……」


 少女は老人のような口調で話し、伸びをしながら大きな欠伸(あくび)をした。


 少女の名は天珠(てんじゅ)。かつて二つの天災と恐れられた内の一人である。


 髪は短く、前下がりに切りそろえられた髪型で、頭の左側に薔薇の髪飾りをつけている。髪色は路考茶(ろこうちゃ)、瞳は蘇芳色(すおういろ)をしている。


 九つの尾を持ち、何十もの神を一人で相手取り、大怪我を負わせた天狐(てんこ)だ。


 見た目こそ長い長い眠りの間で、(つや)やかさが消え、可愛らしい幼子になったものの、その力は(おとろ)えてはいないだろう。


「ふむ、ヤンロンはまだ目覚めておらぬか」


 天珠は、自分が眠っていた台座の隣に並べてある、もうひとつの台座に目を向ける。


 その台座にはもう一人の天災……古龍のヤンロン(炎龍)が眠っており、彼の姿もまた、長い長い眠の間に、青年から幼子となっていた。


「悪戯でもしかけてやろうかの」


 ニヤリと天珠が悪い顔を浮かべた時、ヤンロンの、横髪だけ少し長く、後ろ髪は首にかかる位の赤髪が揺れる。

 その直後、ゆっくりとヤンロンの瞼が上がり、金色の龍の目が覗いた。


「ん……こ、こは……」

「ここは我らが昔、人の子にまとめて封印された場所じゃ。まあ、恐らく我らが戦っていた海の底にあった神城じゃろうて」

「あぁ、そういえば……」


 眠たそうな声ではあったものの、ヤンロンも自分たちがいる場所を理解した様だ。


「俺たちが戦っている時に乱入してきた人間か。まだ生きてるのか?」

「さあのう。妾達がどれくらい眠っておったかすら分からぬ故、なんとも言えぬ」


 二人で顎に手をあてて考える。

 するとふと、自分たちが眠っていた台座のすぐ近く、眠っていた二人の足元に、何かがある事に気づく。


「何じゃ、…っ」

「……」

「な……?」

「……人間の白骨遺体だな」

「それは見れば分かるわい……。妾はなぜ、こんな所にあるのかと」

「封印を維持するための生け贄とか」

「いや、それであれば一人だけな訳なかろう」


 細かい年数は分からずとも、何百年と経っていることは天珠も分かっている。

 何故ならば……


「よく見ろヤンロン」

「なにを」

「我らの姿じゃ」

「は? 姿って……何も……」


 そこまで言って、ヤンロンの言葉が止まる。

 そう。今の二人は長い長い眠りによって体が幼子になっているのだ。


「我らの体、(わらべ)の姿をしておるじゃろう?」

「……なぜ」


 ヤンロンが瞠目する。その姿を見た天珠は、呆れて大きなため息をついた。


「お主、分からぬのか? それでも妾と互角にやり合った炎龍かえ?」

「な……!! 失礼だな! あんたより若いんだ仕方ないだろう!」


 天珠の言葉を聞き、炎龍らしく短気なヤンロンは憤慨する。


「あ〜……そう言えばお主、あの時も少々調子に乗っておったな」

「な!?」

「事実じゃろう? お主、()の国からわざわざ妾がおる紅月(あかつき)の国にやって来て、妾に直接戦いを挑みに……」

「……」


 ヤンロンが無言で片手を使って顔の半分を覆う。


「俺の方が強い。と言ってきおって」

「……やめてくれ……若気の至りというやつだ……黒歴史だ……」

「まあ、その様な戯れは置いておいてだ」

「無駄な茶番だったな!?」


 天珠の適当な始め方と終わらせ方にヤンロンがツッコんだ。


「すまんのう。お主が起きる前に悪戯でも……と思っておったのじゃが、すーぐにお主が目を覚ましてしまってのぅ。つまらなんだのじゃ」

「知らん! 早く本題に入れババア!」

「だぁれがババアじゃ小童(こわっぱ)が!!」

「あんたの方が五百は上だろう!?」

「そうじゃがな!! ……はぁ、まあよい。説明してやろう」


 軽い口喧嘩を早々に切り上げ、天珠が自分たちの体が小さくなっている理由を話す。


「我らは封印されていた。そこまでは()いな?」

「当たり前だろう」

「それもそうじゃな。して、体が小さくなった理由だが。それはな、時間じゃ」

「時間?」

「ああ、そうじゃ。我らのような強大な力を持つ存在は、定期的に発散することで、姿と理性を保っておるじゃろう」

「ああ」


 そうなのだ。強大な力は抑えれば抑えるほど体に負荷がかかる。それにより、理性も損なわれていく。人々が痛みで気絶をするのと同じ様に、だ。


「それがどうじゃ。何十年もの戦いでお互い疲弊していたとはいえ、人間の術者により我らは封印された。では、我らが眠っている場合、どう力の発散をする?」

「……どうしようもないな。何せ眠っている。暴れて発散することは叶わない」

「そうじゃろう? だから、体が勝手に封印の術を力の封印を利用して、力を封ずるのだ」

「……待て。俺達の力が封印されたから、体が眠るのではないか?」

「いいや、逆だ。人間ごときがあの短時間で我らの様な天災の力を封じられる訳がなかろう。あやつらは我々が大人しくしてくれれば良かったのだ。だから、意識を封じて眠らせた」

「なるほど」


 要するに人間は、力が強大すぎて封印出来ないのであれば、本人達に大人しくしていて欲しかった。だから強制的に眠らせ、しばしの安寧を……。それだけを望んだ封印だったと言う訳だ。

 あわよくば、二人が眠っている間に力を封じることが出来れば、人々は永久に平和に過ごせる。


「続けるぞ。意識は封印されていても体は封印されていない。だから勝手に動けるのだが、起き上がれたりするわけではなくてのう。この神城に流れていた力を取り込んで、長い時間をかけて力を封ずるくらいしかできなかったのだろうよ」

「それで、なぜ小さく……?」

「まだ分からぬのか? お主今までどうやって……まあ、いい。また話が逸れてしまう。力を最大限封印した事で、そこまで大きな器を保っておく必要が無くなったのじゃ」

「ああ、だから……!」

「やっとかえ? お主のことを妾は、常々(つねづね)炎龍らしくなく、水龍の様だと思っておったが、しっかりと炎龍よの……」


 炎龍の特徴は、赤い髪色と金の龍の目だけではない。水龍より力は強いが短気で、少々頭の回転が水龍より遅いのも、特徴の一つだった。


「……今のは侮辱か?」

「いいや、(うい)いと思うてのう……」


 そう言って、ヤンロンの頭を撫でる天珠。その姿は姉と弟のようであり、母親と息子のようでもある。

 ヤンロンは自分の頭を撫でる天珠の手を払う。


「やめろ」

「お主は仕方がない子だのう……」


 心底残念そうに肩を落とす天珠だった。


「子供扱いはしないでもらいたい」

「実際にお主は子供じゃろう。妾から見ればまだ千歳もいっておらぬような童じゃ」

「ふん。で、この白骨遺体はどうするんだ」

「うむ……。まずこの者の遺志を読まねば、どうしてこの様な場所におるのか、分からぬな」

「俺がやろう」


 すっかり冷静さを取り戻したヤンロンは、静かに遺体の頭に手をかざす。


「お主にできるかえ? 死者の記憶の読み取りなどと、繊細な力加減が必要なもの」

「その程度も出来ないと思うか?」

「……ふむ。ではやってみれば良い」

「ああ。言われずとも……」


 ヤンロンは目を閉じ、遺体の頭にかざした手に集中する。


 その遺体は女性で、華の国の者のようだった。そして、彼女の人生の記憶を見ていると、この神城のこの部屋に祈りに来た頃から、特に強い遺志を感じる。


 ────どうか。どうか……。その強大な力をもって我らをお救いくださいませ……。

 ────荒れた神を、暴走する神獣を、止めてくださいませ……。


「……荒れた神と、暴走する神獣?」

「なに……?」


 ヤンロンは遺体から手を離し、すぐ天珠に向き直り、今自分が見た全てを天珠に話した。


「神が荒れれば、神獣も暴走する、ということかのう……」

「それを早急に大人しくさせて欲しい、というのが、彼女の最も強い思いだった。」

「ふむ……」

「じゃあ、神をどうにかすればいいのか?」


 天珠は顎に手をあてて考え込む。


「いや、しかし、妾が何十の神とやり合って大怪我を負わせた神の一人であった戦神は、雌狐(めすぎつね)などに神である我がやられるなどあってはならぬのだ!と言って荒れに荒れたがのう。紅月の国の神獣らは暴走などしておらなんだが……」

「そうなのか?」

「ああ。そうだったはずじゃ。ヤマタノオロチなども暴走しておらなんだ」

「華の国と紅月の国で違いがあるか?」

「いや、紅月の国は華の国の影響をよく受けておるのだし、そこまでの違いはなかったはずじゃが」


 今度は二人して考え込んだ。


「む」


 と、そこで天珠はもっと近い疑問が頭に浮かぶ。


「のう、ヤンロン?」

「なんだ?」

「ここは海底、じゃ」

「ああ。あんたが思うには、海底の神城、なんだろう?」


 そう、海底。ここは海底であるはずだ。それなのに、遺体は『人間』の女性。

 深海という程の深さでは無いものの、海底は海底だ。身一つで辿り着けるはずがないのだ。

 仮に海底までこれたとしても、神城の中に入り、天珠とヤンロンが眠るこの部屋まで息を止めていられるはずがない。

 それなのに、この女性はこの部屋まで辿り着き、まして天珠とヤンロンに祈ることが出来ている。


「間違いなく、人間のはずだ。記憶を読み取ったが俺達のような存在でもなかった」

「では、なぜ……」


 ガチャリ、と部屋にある一つの扉がゆっくりと開き、二人がそちらに視線をやれば、そこから一人の少年が、室内に入る。


「それは、ぼくが説明します」


 白髪で気弱そうな少年が、桃色の龍の目を二人に向けた。

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