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偽物は叩く

「どうする、天珠」

「そうじゃのう……。とりあえず弱体化させて殴ろうか」


 梅とタオを模した水龍の分身は、二人によく似た笑顔をたたえていた。が、しかし二人にとってそれらは多少躊躇すれども、本人でないのは明白であるため、殴れないものでは無い。


「弱体化?」

「弱体化じゃ。妾が札で弱らせ、お主が殴れば良いのではないか?」

「札貼ってあんたがそのまま殴ればいいだろう?」

「それでは妾の力だけが解放されてしまうぞ。良いのか?」


 今の二人はその辺の妖よりは強いが、二割も力を出せない状態だ。自分で自分に掛けた封印を解くには、力を少しずつ出し、体に力が必要であると分からせねばならない。


「一気に解放すると、今の我らの姿では持たぬじゃろう。少しずつ必要であると分からせて、順々に体を戻すなりなんなりする方が安心安全じゃ」

「……ふぅん。分かった」


 ヤンロンが獣の爪のように指を曲げた手を構える。天珠はその一歩後ろから姉弟の偽物へと走り出した。


「ではゆくぞ小童」

「分かってんだよババア」


 天珠が走った勢いそのままに、地面を蹴って偽物の目の前で飛び上がる。次いで懐から「土」と一文字書かれただけの札を取り出し、それを偽物が顔を上げた瞬間、素早く顔面に叩きつける様に貼る。


「ヤンロン!!」

「ああ!」


 天珠が着地と共にヤンロンに声を掛ければ、彼も飛び出す。

 天珠の「土」札を顔面に貼られた水龍の分身は、必死にそれを取ろうとして顔に手を付けていたが、ヤンロンは構わず二体の顔を手で掴み、地面に沈めた。だが、分身体はじたばたとヤンロンの下でもがく。


「げ。まだ動くのかよ。頭打っただろう」

「こやつらに頭があるかは知らぬが、それにしても元気じゃのう」

「言ってる場合かよ」

「ふむ……」


 天珠は懐に手を雑に突っ込み、何枚か札を出す。


「おお、これじゃ」

「また土……。ああ、なるほど五行か」

「そうじゃ。そういえば華の国の考え方じゃったか? そもそもが妾や清明の使う陰陽道が華の国から紅月の国に流れたのじゃったな」

「そうなのか」

「そこは知らぬのか……」


 ヤンロンの微妙な知識に呆れた様にため息をつくも、天珠は取り出した札をヤンロンの手の上に貼った。


「何故俺の手の上から……」

「そやつらはお主が手を離した瞬間にまた動き出すじゃろう」

「それはそうだろうが……」

「ほれ、更に大人しくなって来たぞ」

「もう数発殴るか?」

「そうじゃのう、殴るか。二人でタコ殴りじゃ」


 ヤンロンの言葉に天珠は冗談混じりで返すが、二人がそれを実行する前に、水龍の分身体は姉弟の姿を模す事が出来なくなり、徐々に水の塊になっていく。


「お」

「なんじゃつまらぬのう……」

「おい。……いや少し分かるが」

「タオと梅本人は殴らぬが、まだ水の塊となっても動くようなら、是非とも殴りたいのう」

「水龍に打撃は効くだろうか?」

「さてな。妾も霧に大分目が慣れてきた、こやつらを片付けたら下見の続きを再開するとしよう」

「ああ」


 水の塊が大人しくなり、ただの水溜まりになるのを認めると、二人は番傘の方へ歩いた。ヤンロンはフラフラと天珠の後ろを歩いていた。


「……傘があっても我らは既にびしょ濡れじゃ」

「……あいつらのせいだな……力が抜ける……」

「やはりお主に水はよく効くようじゃな」

「うるせぇババア……。眠る前ならこの程度なんともなかった……」

「反論にいつもの勢いがないのう小童」


 天珠は肩を竦め、今にも倒れそうなヤンロンの手を取る。


「はっ……?」

「この辺りに雨風がしのげる洞穴などないかえ?」

「な、ないだろ……多分……。獣も居ないし……」

「ふむ……」


 天珠は考える素振りをして、近くの崖下へ歩いた。そして確かめる様に岩肌をパンパンと二、三度軽く叩き頷く。


「ここで良いかのう」

「なにをするんだ……? 」


 未だに困惑したままのヤンロンの手を片手で握りながら、天珠はもう方方の手で拳を作った。

 その手に力が集まる。


「よっこらせっっ!!」


 ドォン!と大きな音を立て、天珠が崖に穴を開ける。奥に道が続くそこは、洞穴だった。

 目を見開くヤンロンの横で彼の手を取ったまま、片手で岩に穴を開けた当の本人はなんでもないような顔をして奥に進む。


「ほれ、ここで休むぞ」

「あ、あぁ……」

「ないものは作れ、じゃ」

「作るって……うわ。この洞穴、崩れない程度に力加減されてやがる……」

「妾にかかればこんなものは朝飯前じゃ」


 ふん、と得意気な顔をする。が、すぐ思い出したように手を叩く。


「あぁ、じゃが。薪やらは集めてこねばならぬか」

「そんなもんいらねぇだろ……」

「はて?」

「俺は炎龍だし……、あんたも火の技持ってんだろ……」


 まだ体調はあまり良くないようだが、それでも死にかけの顔をしていた時よりは雨がない分、幾分かマシな顔色だった。


「火ィ、だせ」

「相分かった。狐火」


 ぼうっと音を立て、天珠の人差し指の爪先に大きな火が現れる。


「まだ完全じゃないし、弱いが……、あんたの火を長く持たせるくらいはできるからな」


 続いて、ヤンロンが何も唱えず天珠と同じく人差し指の爪先に小さな炎を出して彼女の出した火に混ぜた。そしてそれを、二人の丁度間に置く。


「おぉ……温いのう……妾の狐火とお主の炎は」

「……石で囲めよ。火の調節は必要ないが、あんたが開けた穴から風が入ってくるんだ」

「どの洞穴でも同じじゃろう」

「そうだ。だから置けって言ってるんだ」

「ふむ……。ではやはり、外へ出て作ってくるかのう」


 天珠は立ち上がり、外へ出た。


「全く世話の焼ける……」

 

 天珠が番傘を開いて歩きだそうとしたその時、目の前に水の塊が現れる。水龍の分身体である。


「!!」


 それは天珠が大昔、天に見送った姿形に変わっていった。それに気づいた瞬間、天珠の怒りは一瞬で限界を越える。


「貴様……っ!! 誰の許可を得て、あやつになろうというのだ!! ただの分身体如きが、調子に乗るでないっっ!!」


 天珠は持っていた開きかけの番傘を捨て、それに向かっていった。


「狐火!!」


 炎に包まれたがそれも元は水。天珠の放った火は火力を弱め、消えていく。すると間髪入れずに天珠は懐から「土」と書かれた札を取り出し、それに投げ、札を貼る。


「ぐぁあ」


 天珠の大事な人間の姿をしたそれは、人の声と獣の鳴き声が混じったような声を上げて札を外そうとする。


「外れぬ。それだけの力を込めた。貴様如き下等分身に剥せるはずがなかろう」


 先程とは少し変わった天珠の怒りの表情は、氷よりも冷たく、札を外そうと暴れる偽物を睨む。


「貴様如きが、あやつになろうとするから、そうなるのだ。よいか? 今度またその姿で、分身体が現れるようならば、その札よりも更に力を込め、且つ本体まで届くほど強力な毒か刃を呪いとして仕込む」


 冷たい表情をした天珠は、口元を歪め、笑う。


「知っておるのだろう。あやつは、今の妾を作った全て。それを少しでも穢すようなら、貴様とて妾に消し去られても文句は言えまい? のう、シュイロン」


 その言葉は、本体に届いたのか、それとも分身体だけが聞いたのかは誰も知らない。



 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫


 天珠が出ていった穴の外から、物凄い怒気を感じ、ヤンロンは目を見開いて穴を見る。


「なんだ……?」


 彼女は、そうそうあそこまでの怒りをあらわにする様な人物ではない。だが唯一、天珠の激しい怒りの引き金になるものにヤンロンは心当たりがあった。


「もしかして……」


 ヤンロンは本調子ではない体を動かし、穴に足を向ける。

 二人が目覚めてから今まで遭遇した水龍の分身体は、対峙する相手の記憶から、手を出しにくいものを選んでその水の体の姿を変え、身を守る事を得意としていた。しかしながら知能は高くないため、選択を間違うこともあるだろう。


 その間違いの結果が、コレだ。


 止まない雨の中、長方形の水の塊に戻った分身体を番傘で刺し貫いて持ち上げている天珠がヤンロンの目に入る。


「天珠……」

「……」


 天珠はヤンロンを一瞥するも、すぐに視線を分身体に戻し、番傘を払って水の塊を地面に叩きつけた。そしてまだ足りないとばかりに地面に叩きつけられたそれを何度も無言で踏み潰し、更に蹴り飛ばして、岩肌にぶつける。そしてやっとただの水に戻ったらしい分身体は岩肌にシミを作って消えた。


「…………」


 未だ口を開かずに、分身体の作ったシミを無感情に眺める天珠の横顔は、ヤンロンに心底美しいと思わせたのだった。

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