本音と虚構
酒場の扉が勢いよく開かれ、その人物はまっすぐに俺のもとへ進んできた。心なしかその表情には怒気が見える。
「嘘は良くないぞ、少年!どこにも僕を呼ぶファンはいなかった!だから僕は決めた!やはり君に付いていくと!」
自称【貴公子】、もとい【ナルシー】の再登場だった。
コーダとライアはその存在に唖然と口を開けているのが、少し面白かった。あの時のヘレンさんとエッジさんもきっとこんな気持ちだったんだろう。
なんて、少しだけ現実逃避をしてみる。
改めて見ると、肝心の【ナルシー】の様子は若干おかしかった。
「いや、嘘はついてないんだが……おかしいですね」
「嘘かどうかはこの際どうでもいい!君たちは地下水路攻略に行くんだろう!?見たところ五人しかいないじゃないか。この僕が君たちのパーティーに入ってあげよう。感謝したまえ!これで万事全てがオーケーだ!」
捲し立てるように口を開く【ナルシー】に、俺はさっきと違って完全に圧され気味だった。迫力が違うというか、この人の本気度を感じてしまっているのか。
さあ、どうするべきか。
「とりあえず、それを決めるのはあなたじゃなくてですね……」
「ならば、いったい誰だい?ここのパーティーリーダーは!?」
まるで目を血走らすように、俺たちを見回す。その威力は凄い。そしてなぜか四人は一斉に俺の方を見ていた。
なんでだ。
「やっぱり君じゃないか!なぜそんな嘘を吐くんだ!?」
「これは本当に嘘じゃなくて……。てか何なんです?そんなに入りたいんですか?あなた、ベータ組ですよね?俺たちマイルームのクエストで行くんですけど、手伝いとかはいらないんで」
「そ、それは……」
途端に口ごもった男。
何かがおかしい。
なんだろう。違和感が、俺の中で急速に膨れ上がっていた。
今までの男は、本当に男の本性だったんだろうか。
「僕は、ただ……」
「もし、あなたが本当にパーティーに入りたいってんなら、相応の態度ってもんがあるんじゃないですか?少なくとも今のあなたじゃ信用できないし、到底パーティーに入れられないですし」
「なっ……!」
なぜ傷ついた顔をするんだ。本気で断られるとも思ってなかったのか、それともまた別の何かか。
「ぼ、僕は……」
何かに葛藤している様子だった。明らかに最初に出会った男とはまるで違う。
当然そんな様子はエッジさんたちも分かっているようで、皆黙ってその様子を見つめていた。
「くそーっ!入れてくれ!入れてくれ!僕を君たちのパーティーに入れてくれー!」
え?
男は俺の足を掴んで、土下座するように縋りついてきた。
いや、え?なんで?
こればかりは、本気で助けを求めるようにみんなを見渡すと、同じように全員が困惑した顔で俺と男を見比べていた。
「えっと……」
いったい何なんだこれは。
目の前の男の様子がどう見たっておかしい。
マーケットで見せた男の態度はいったい何だったというのか。
そういや、この人の名前って何だったかな。確か……。
「シュヴァルツさん?」
正直その名は不確かな記憶だったが、間違いではなかったらしい。
シュヴァルツさんは顔を上げて俺の顔を下から覗きこんでいた。
その瞳は気のせいでなければ、とても輝いていたはずだ。
「少年……。やっぱり僕のファンなのか!?」
「いや、それはないですね」
「……冗談だよ。僕のファンなんているわけないもんな……」
と思ったら、今度は黄昏れるように昏い瞳へと影を写す。
いったい何なんだ。
当の本人は、本気で傷ついた顔をしながらも自嘲するように少しだけ笑っていた。
「いや、なんでもないんだ。……実は僕はまだマイルームを持っていないんだよ」
「え?でもベータプレイヤーなんですよね?」
「それはそうなんだが……」
そんなことってあるのだろうか。まあなくはないのかもしれないが。
それでもベータプレイヤーの人がマイルームを持ってないのは釈然としなかった。
何かの事情があったのか。果たして。
「ちなみにレベルは幾つなんですか?」
「……20だ」
まじか。俺たちからすれば高いが、ベータ組からすると低い方なんだよな、これは。
そうは言っても地下水路だけで言うなら適正よりも高いのだが。
レベルだけで見るならマイルームのクエストはクリア出来るはずだ。むしろ他にも方法があるのだから、もっと低くても構わない。
その理由を聞いてみると、思わぬと言うべきか、彼らしい答えが返ってきた。
「何でだって?それはみんなが僕の偉大さに正気ではいられないからだろう。パーティーに入れてあげようと言っているのに皆僕を崇めて断ったのさ」
まあ訳すると、俺が最初に断ったのと同じってとこか。第一印象からしてお断りしたいもんな。自分に原因があるって本当に分かっていないのか。
けれどもしそうなら、今のように縋るように懇願してくるのだろうか。
「で、それが何で俺たちにだけ態度を変えたんです?」
「……それは、まあ別にいいじゃないか」
「良くないですよ」
「くっ……。とにかく、君たちがそのクエストを受けに行くんだと言うなら一緒に連れて行って欲しい!頼む、この通りだ!!」
ゴリ押しで来やがったよ、この人。
しかしどう考えても最初に会った彼と、印象はまるっきり正反対だ。いやむしろ、これが本当のシュヴァルツさんの姿なんだろうか。
何をどう判断したらいいか分からず、もう俺は何も言えなかった。
そんな状況に助け船を出すように発言したのはコーダとライアだ。
「いいんじゃね?俺たちクエストが目的なんだし、同じ目的ならベータも正式も関係ないだろ。それに、なんか可哀想だし、こいつ」
「そうね。レベルは少し高いけど、何か弱そうだしそんなに差はなさそう」
「なっ……!?」
さすが、コーダ。その発言にシュヴァルツさんは羞恥に震えるようにコーダを睨んでいた。ライアの発言に対しても反論したいのだろうが、何とか踏み止まっているのが分かる。
それでも彼の本性を垣間見た後としては、ただ優しく見守る気分だな。
結局全員がシュヴァルツさんのパーティー参加を認め、地下水路攻略の六人パーティーが結成されたのだった。
スキル紹介 狙う
――≪狙う≫ パッシブスキル
あらゆる行動の命中率を上昇させる。




