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Carnival  作者: ハル
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死霊と魔属性

 戦況は刻々と変わる。

 リッチの激しい抵抗に合いながらも、イサナギとミカンと男の攻撃によりそのHPは着実と減っていく。

 残りリッチのHPは二割。ここまで戦いは五分を経ていた。当然の如く、本体であるゴブリンシャーマンのHPバーはほぼ満タンである。

 その事実だけで、俺たち全員は厳しい面持ちを浮かべていた。長期戦は必至である。

 ここでボスたちの攻撃が変わる。

 ここまで怒涛の通常攻撃しかしてこなかった、リッチとゴブリンシャーマンが、二体揃って詠唱を開始したのだ。


「まずい!!」


 タンクのほとんどは物理特化で育てられる。グイナスさんもそうだったが、魔法に弱いのはほとんどのタンクがそうであった。稀にパラディン型とも呼ばれる魔法防御力にも力を入れているタンクもいるが、現状のレベルを考えるとその数は少ない。

 そしてイサナギもまた、例に漏れず魔法の耐性は決して高くはないという。


「マジックシールド!」


 すかさず、ミカンは≪光魔法≫の一つ、魔法防御力を上げる魔法をイサナギに掛ける。そしてすぐさま次の詠唱を唱える。

 その僅か後、リッチとゴブリンシャーマンの詠唱が完了していた。


「喰ラウガイイ!」

「カカカカカ!」


 けたたましい声と共に放たれたのは、≪闇魔法≫と≪風魔法≫。

 さっきミカンが放ったエクレールソードを彷彿とされる――けれど反対の属性でもある闇の剣。そして風の衝撃が共にイサナギを襲っていく。


「ぐぅぅッ!!」


 力強く耐えようと踏ん張るイサナギ。そのHPは盛大に減っていき、レッドゾーンまで余裕で辿り着いていた。僅かほんの少しでようやく止まったそのHPに、イサナギは九死に一生を得た感覚だっただろう。

 そしてそれと同時に今度はミカンの詠唱が完了する。


「……ハイヒール!」


 ≪光魔法≫のヒールの上位版だ。あらかじめ先に詠唱を唱えて、敵の攻撃の直後に回復を差し込む。他のゲームにもある技術であるが、VRという性質上とてもシビアなタイミングが要求される。

 それをこなしたミカンの技術はヒーラーとして一流であり、イサナギとのコンビ力を悠然と物語るかのようだった。

 魔法の硬直で動きを止めるリッチを目前に、男がまず畳みかけるように≪銃術≫を放っていく。


「ラピッドショット!……バーストショット!」


 それに続けるようにイサナギとミカンも攻撃の手を緩めない。

 僅かの後、ようやくと呼べるほどにリッチを倒すことに成功した。

 ここまでで多大な苦労だ。だが、倒したのはボスが召喚したリッチに過ぎない。肝心のボスはまだHPを僅かにしか削れてない状況だ。

 ま、こんなこと言ってるが俺は文字通り何一つしてないけどな。

 ホント笑える。

 だが、それでもいい。

 どれだけ惨めであろうと、無力であろうと、この戦いだけは負けられない。俺のちっぽけなプライドなど何の戦力にもならないんだ。

 それにだからといって、俺のやるべきことが全くないわけではない。

 必ずあるはずだ。今はなくても、これからどのように戦況が変わっていくかもわからないのだから。


「ナルホドナルホド。人間ニシテハ中々。ダガ、マダマダ。カカカカカカ!」


 そしてボスが次に移した行動には、もはや絶望するしかなかった。

 灰色のモヤを纏う≪死霊魔法≫。またしてもそれが成されようとしていたのだ。


「嘘だろ、おい……」


 あまりにも呆然としかけた俺たちよよそに、ボスは何が楽しいのかけたたましい笑い声を上げながらそれを完成させる。

 再び吹き上がる煙。

 通常であるならば倒されたばかりのリッチが現れるわけがない。それは分かっていながらも、敵は未知のボスでもあるのだ。

 まさか、という想いが全員を掛け巡る。

 だが現れたのはリッチではなかった。

 体長は一メートルほど。人型で二足歩行。下半身にせめてもとという感じに腰布を巻いただけで、他に身に着けているものはなかった。頭部はやけに腫上がっており、目が異様に大きく不気味な様相。何より物語るのが、そいつから発せられる死臭の匂い。


「グオオオオッ」


 ゾンビ。ではない。

 それの上に位置する屍食鬼グールだ。

 正直言って視界にいれたいものではない。そういう意味ではまだリッチの方が遥かにマシだ。それに臭いですら言い難いものがある。

 いろんな意味でリアルすぎた。


「これはこれで……」


 呻くように唸るミカン。その気持ちは十分に分かる。

 幸いともいうべきなのが、リッチほどには戦闘に関しては高くないと予想できることか。むしろその強さより精神面できつい気もする。


「文句言ってられねぇな……挑発!」


 イサナギが召喚されたグールを挑発し、再び二体をターゲットに持つ。

 ここまでも僅かながらボスに攻撃を当てていた男も、攻撃する対象をグールへと向ける。

 だが――


「待て!そいつに攻撃するな!」


 唐突の男の停止。それにイサナギもミカンも攻撃の手を止めた。

 何事かと思ったのは俺だけで、その言葉の意味を二人も瞬時に理解したらしい。


「そうか……!この程度ならいけるか!頼むぞ、ミカン」

「任せて!」


 そして三人は攻撃を再開するが、その対象はグールではなくボスであるゴブリンシャーマンの方だった。

 なぜ、と真っ先に俺は思う。それはまだまだ初心者の俺だからこそ思う疑問であり、男の言葉に理解したイサナギとミカンはトッププレイヤーであるからなんだろう。


「≪死霊魔法≫は一体しか召喚することが出来ない。グールがいる限り、次の召喚がされることはない」


 意外にも、俺の疑問に答えたのは男だった。その手を止めずに攻撃を続けながらも、俺に聞こえるように口にしてくれたのだ。

 グールの攻撃はリッチに比べ、遥かに低い。だからこそなんだろう。


「エクレールソード!」


 ミカンが≪光魔法≫をボスに放つ。上空に現れる光の剣。それがボスを貫いていく――


「やっぱり……!魔法が効いてない!!」


 半ば予想していたのか、ミカンは予想通りの現実を悲痛に叫んだ。

 イサナギの攻撃も男の攻撃も、僅かながらボスにはダメージを与えている。だがミカンの魔法だけはダメージを通していないのだ。


「なるほど。これが魔属性か」


 何かを理解するように男が呟いていた。

 魔属性。それは魔法属性。全ての魔法に耐性を持つ属性であり、本来なら有り得るはずない上位属性の一つだった。

 こうなってはミカンはサポートに徹するしかない。


「ったく、先が長すぎだろ……!」


 二体の攻撃を絶え間なく凌ぎながら攻撃するイサナギ。どんな攻撃も後ろへと逃さない気迫は確かに守護神にしか見えなかった。

 そんな親友を誇らしく思うと同時に、その隣で戦えない自分に不甲斐なく思う。

 今はまだ、戦況を見ていることしか出来ない。ボスに集中する三人を前に、俺が観察していたのはグールの方だ。

 グールは腕を大きく振り上げた通常攻撃に加え、噛み付き、頭突きと様々な攻撃モーションがある。そして見たこともない構えを始めた。


「危ない、イサナギ!」


 嫌な予感が巡り、イサナギに注意を促す。同時にグールの口から緑色の霧が発せられる。

 まじで臭そうだ。

 そしてそれはきっと間違いではなかった。イサナギが悶えるように膝を地についていた。


「……猛毒だ!」


 気づけばイサナギはバッドステータス猛毒状態に陥っていた。

 猛毒とは毒の上位バージョンであり、そのダメージは放っておけば間違いなく死に至るとされる。

 急ぎ、ミカンが治療していく。


「……キュアー!」


 ≪回復魔法≫のキュアーにより、イサナギの猛毒は治療される。その間10秒にも満たない。それでも猛毒はイサナギのHPを大きく減らしていた。それこそ、リッチの通常攻撃よりも大きな威力だ。


「助かった!」


 放っておけばイサナギは死んでいたかもしれない。

 すかさずミカンはハイヒールを掛けるし、ムーンライトは効果が切れる度に更新している。それでも尚、危ういイサナギのHP。

 むしろここまで保っている方が奇跡にも近い状況だった。


「よし……」


 俺の直感が囁いた。あのグールの攻撃は最後の技だと。

 ここで俺は初めて前線へと躍り出る。


「強パンチ!強キック!」

「タクト!?」


 標的はイサナギに張り付くグールだ。イサナギとミカンの声を他所に、俺は行動を止めない。

 弱くても攻撃を繰り返し、グールのヘイトを自分へと移した。


「このまま見てるわけにもいかないだろ!こいつは俺が持つ。お前らはボスに集中しろ!」


 リッチだったなら勿論無理だっただろう。だけどこのグール相手ならば、その攻撃を避けることが出来ると俺は判断した。そのためだけに、こいつを観察し続けていたんだ。

 通常攻撃一発すら耐えられるかも怪しい。それでも、俺のやるべきことがここで一つ生まれたのは間違いではなかった。


スキル紹介 死霊魔法


――≪死霊魔法≫ 魔法スキル

死霊となるモンスターを一体呼ぶことが出来る。≪召喚魔法≫とは厳密に言って異なる。

レベル1 ゾンビ

レベル5 スケルトン

レベル10 グール

レベル15 ???

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