死霊魔法と無力さ
魔属性?初めて聞く言葉だった。
無論それは無知な俺だからこそと思ったのだが、そうではないようだった。
「何、それ……聞いたこともない!」
嘘でしょ、と言いたげにミカンが震える瞳で男を見る。
だが男はその視線を無視するように、険しい双眸でゴブリンシャーマンから目を離さなかった。
違うな。男ですら、ゴブリンシャーマンに危険を抱いてるんだ。それにこの状況で男が嘘をつくはずもないし、そもそもこまれで男は嘘を吐いたことは一度もなかったはずだ。
属性――それはゲームにとっては必ずあって然るべきものだろう。
魔法にとってはあたりまえのように分類されるし、モンスターにもそれぞれ属性がある。まだ見たことはないけど、武器や防具にだって属性が付与されているものだってあるんだろう。
確かこのゲームの属性は火水風土氷雷の六属性と光と闇を合わせた八属性。魔法なんかはそれぞれに用意されてるし、後は何も属性のない無属性と、現状では名前だけ存在している死属性と聖属性だ。
この辺りはゲームを始めた当初にイサナギたちや、兄貴から教えられていた。これだけがゲームの中にある属性だと。
だが、男が口にした属性はそのどれにも当てはまらない。
魔属性、か。
最もこのゲームは正式サービスが開始されてから間もない。隠されていることだって数多いんだろう。この異様なゴブリンに加えて聞いたこともない属性。更に言えば、こいつのレベルは50だ。現状俺たちの最高レベルのモンスターなんだ。それくらいのこと、あってもおかしくはないのかもしれない。
そう、思い込もうと俺たちは思った。
何であれ、退くわけにもいかないんだからな。
「愚カナ人間ドモ!貴様ラモ死シテ贄トナルガイイ!!」
そして、遂にゴブリンシャーマンが動き出した。
杖を両手に持ち、灰色のモヤを浮かばせる。
魔法だ。
「あれは……!≪死霊魔法≫!?」
≪死霊魔法≫!?何だよ、そのおぞましい魔法は!
「召喚系の魔法の一種だ!呼べるのは一体だけだけど、気を付けろよ!」
注意を促すイサナギと同時にボスの詠唱は完了していた。
ボスの隣に吹きだす煙の中から出てきたのは、一体のモンスター。
二メートルくらいの体長。黒い杖を手に持ち、漆黒のローブに身を纏う。その顔は骸骨の顔をしていながらも、身体は青白く光る霊体そのものである意味神々しさ感じられた。地に足をつけない悠然と浮かぶその姿は、多くのゲームでも見たことがある。
リッチ。不死の王だ。
「カカカカカカカ!!」
雄叫びを上げ、首を傾けてその視線は俺たちを向ける。
ゾクッと、冷たい感覚が身体中を駆け抜ける。
「タクト!!」
ッ!?
ボケっとするな!と言うようにイサナギから一喝された。すでにイサナギはそれぞれ挑発と攻撃によって、ボスとリッチ、二体のタゲを持ち始めたのだ。
馬鹿野郎!怯んでる暇はない!
「力の歌!守りの歌!魔攻の歌!精神の歌!技巧の歌!」
俺が持てる歌を全て掛ける。
レベルが上がったとはいえ、まだまだ効果はそこまで高くない。だが、この歌がこの場では俺の存在意義ともいえた。
「ぐっ……!まじかよ……!」
「イサナギ!!」
二体の攻撃によりイサナギのHPは二割以上削れていく。
五体のゴブリンをものともしなかった、あのイサナギがだ。
そりゃ勿論レベル差はかなり大きい。だが、これはただの通常攻撃だ。しかも見るからに敵二体は魔法型。その二体の通常攻撃で、タンクのHPが二割も削れるのだ。
これこそレベル差の暴力と言っていいくらいなはずだ。
「……シールド!」
イサナギが真剣な表情で≪盾術≫のシールドを掛ける。
それに続くミカンが――
「ごめん、タクト」
え?突然の謝罪に俺は何事かと思ったが、それはすぐ後に分かった。
「バイタリティ!マインド!ストレングス!アジリティ!」
ミカンが魔法を掛ける声が耳にゆっくり入った。
これは、≪付与魔法≫だ。間違いない。
バイタリティとマインドのVITとMNDを上げる魔法をイサナギに掛け、ストレングスとアジリティのSTRとAGIを上げる魔法をアタッカーである男に掛けた。当然それらは俺の歌を上書きしていく。だがその効果は全然違ったであろう。
ミカン、≪付与魔法≫を持っていたのか。ここまでそれを使わなかったのは、明らかに俺のせいだ。俺の≪歌≫が現状≪付与魔法≫に敵わないと説明してくれたのは他ならぬミカンたちだ。
俺に気を使ってミカンはこれまで≪付与魔法≫を使ってこなかった。だが、今はそんなことを考えている場合じゃないのは誰の目にも明白だ。だからこそ、ミカンは謝罪して≪付与魔法≫を使ったんだろう。
なんだよ、それ。そんなことに気を使う必要ないじゃんか。
馬鹿だ、ミカン。と思いながらも、その気持ちは有難かった。そして同時に、この場で自分の無力さだけが際立つことに歯がゆい想いしかなかった。
≪付与魔法≫を受けた男も、イサナギのヘイトが安定した頃を見て行動に移す。
まず男はゴブリンたちを操った時に見せた指揮棒を取り出し――
「アダージョ!ピアニッシモ!グラーヴェ!」
男から出でる音楽の波が敵二体へと襲う。どんな効果かは正確に測れるものではないが、クラシック音楽を身につける俺としてはその意味はなんとなく理解した。
弱体系のスキルだ。それに音楽のスキル。
間違いなく、この男は音楽系のスキルを持っている。この状況じゃなきゃ、手放しに喜んでいただろうに。
最もそんなことを考える余裕さえ今はなかった。
それから男は武器を銃に持ち替え、攻撃を始めていく。
「充填!……スラストバレット!!」
銃を構えた後、その攻撃は二体を貫通して貫いていく。
それに続くようにイサナギもミカンも攻撃を続けた。
「二連撃!」
「……プリズムレイ!」
イサナギの剣とミカンの魔法が敵を貫いていく。
三人の初撃を受けたボスたち。
そのHPは。
「マジか……」
リッチのHPは一割くらいは削れていた。そこまでHPが高いわけではないんだろう。
だがゴブリンシャーマンのHPは見ただけでは何の変化もなかった。
無論ダメージが0だったわけではないはずだ。仰け反る姿もあったし、攻撃は確かに通った。それでもボスのHPバーにほとんど変化が見られないのは、ボスのHPが高く、且つ攻撃のダメージが低かっただけなんだろう。
そして反撃とばかりに、二体の攻撃は勢いを増していく。それでもまだ、通常攻撃だけだ。
「ヒール!」
唯一のヒーラーであるミカンがイサナギのHPを回復していく。だが、それ以上にイサナギのHPは削られていく。
≪回復魔法≫の初期スキルであるヒールだけでは、ボス二体の通常攻撃すら上回れないのだ。同レベルのモンスターでなら、有り得ない光景のはずだ。
「なら、これで!……ムーンライト!」
ミカンの詠唱と共に、イサナギの頭上に浮かぶ小さな月。その月から真下にいるイサナギに向けて優しい光が降り注ぐ。
ムーンライト。≪光魔法≫が持つ回復スキルであり、≪回復魔法≫にもない持続回復タイプのスキルだった。これがあるからこそ、ヒーラーは≪光魔法≫を取得するのが常でもあるのだ。
最も本来の≪回復魔法≫にない回復方法であるのだから、回復量自体はそこまで高いわけでもない。それでも持続回復とは大いに戦場を役立てる。
「サンキュ、ミカン。今のうちに、先にリッチから倒そう!」
それが最善であるのは明白だった。どう見ても耐久力もHPもリッチのが低いし、イサナギも二体相手ではきついんだろう。俺はそう思ったし、それは決して間違いではなかった。
だがそれ以上に、俺は知らなかったが≪死霊魔法≫で召喚されたモンスターは一定時間経たなければ再召喚出来ない理由があったのだ。
イサナギの声に従い、ミカンも男も攻撃をしていく。
「バーストショット!」
「…………エクレールソード!!」
男の銃口から炸裂する一撃に、今までよりも一際長い詠唱の果てに放たれる光の剣。
どちらもさっきの攻撃よりも一際強いものだった。
畳みかけるように攻撃していく三人。
その後ろでただ、戦況を眺めることしか出来ない俺。
無力だ。余りにも無力でしかない。
もちろんレベル差だって大きい。俺とボスの間には40にも近いレベル差があるのだ。通常攻撃だけでなく、余波ですら死ぬ可能性も大きい。それでもなけなしの≪歌≫があると信じていたが、ミカンの≪付与魔法≫にあっけなくも立場を奪われてしまった。
文字通り、何もやることがないのだ。
そして何よりも辛いのが、こんな俺に初めから何も期待されていなかったことだ。
お荷物なのは分かりきっていた。
助けになればと、三人に協力したのも俺自身だ。
けれどこの戦いの発端であるクエストを受けたのも俺なのだ。
そんな俺が、三人が戦う後ろで見守ることしか出来ない歯痒さ。
なんて惨めなでしかないんだろうな。
スキル紹介 付与魔法
――付与魔法 魔法スキル
対象相手に様々な効果を付与することが出来る。
レベル1 ストレングス
レベル5 バイタリティ
レベル10 インテリジェンス
レベル15 マインド
レベル20 デクステリティ
レベル25 アジリティ
レベル30 ???
・
・
適正武器 杖




