生贄と強敵
ここからボス戦が始まります。気付いたら長くなってしまったので、しばらくお付き合いください。
俺の選択は間違ってはいなかったはずだ。
何せ今、俺の目の前にはオーロラのような境界線が敷かれているのだから。
赤く揺らめくそれは、業火の如く俺たちを妨げているようにすら思える。
それは俺だけでなく、きっと他の三人も同じはずだ。
「まあ予想はしちゃいたけどな……」
「改めて見ると不安でしかないわね」
イサナギもミカンも冷や汗を垂らすように目の前を見つめていた。
【コンダクター】と呼ばれる一匹狼の男ですら、心なしか鋭い視線を向けている気がする。
その理由も、目の前の境界線がイサナギたちにとっても赤色だからだろう。
赤色の意味は敵のレベルが5以上離れているということだ。
ただでさえ、さっきのゴブリンたちがイサナギにとって緑色という同レベルのモンスターだったのだ。当然ボスがいるならそれ以上のレベルは推して知るべしだ。
ボスなのだから格上は当たり前だとしても、この状況においては未知数でしかない。
さらにはこちらは五人いるが、一人は子供、俺も戦闘力に乏しい低レベルだ。
不幸中の幸いでもあるのが、イサナギ、ミカン、男の三人のスタイルがタンク、ヒーラー、アタッカーと分かれているとこか。そこに微弱ながらも、バッファーとして俺が歌えばあるいは可能性が万に一つあるかもしれない。
違うな。散々自問してきたが、勝たなければいけないはずだ。
待っててくれよ、チャン!
「行こう」
俺の合図にみんなが頷き、イサナギを先頭に動き出した。最も男だけは例外で何の反応も示さないが。
まあ、そんなことはこの短い時間で慣れたものである。
境界線を抜けるとそこは大広間の中へと抜けた。
外壁はもちろんここまでの遺跡と同じなので、違和感は特には感じなかった。ナナメ四方に天井まで伸びる支柱が深々と建っており、正面奥には棺ともいえるような禍々しい何か。そしてその周りにはそれを称えるように彩った数々のオブジェ。
祭壇だった。
「ボスが見えないな……。タクト、不意打ちに注意しろよ」
「……あぁ」
不吉な祭壇から目を離せずに頷いた。
俺にとってボス戦は二回目。トロスト鉱山でのボスは最初から出てきたが、そうではないパターンもあるらしい。
だが、ボスだけではない。チャンの姿も見えなかった。
そして、それと同時に尚強く視線を奪う祭壇の棺。
一瞬、嫌な考えが脳裏にも浮かんでしまう。
確かめたい。その想いに囚われ、硬直しているこの場から祭壇に走りたかった。
「チャム!?」
その想いが伝染したのかは分からない。背後にいたチャムが我先にと走り出す。
ダメだ。止まれ!
そう口にして後を追いたいのに、誰もがその後ろ姿を見ていることしか出来なかった。
まるでこれがイベントの一幕だというかのように。
そしてチャムが棺の前へと辿り着くこと、一瞬。それでも未だに周囲には何の変化もない。
「チャン!ここにいるの!?無事だよね!?」
チャムが乱暴に、幼い力でたどたどしく棺の蓋を開く。
そこには――チャンの姿が見えた。
「チャン!!」
そこで初めて俺の足は動いた。
真っ先に走り、チャムの後ろから間近にチャンの姿を覗く。
両手を胸の前で組み横になる姿は、いとも簡単に最悪な想像を巡らせる。
眠っている、もしくは気を失っている。そうであって欲しいという想いと、この状況から連想される状態。
俺の目には何の判別が付かなかった。
触れば、何か分かるか。
そう直感して手を伸ばし、チャンの身体に触れる。
刹那――
「誰ダ!贄ニ触レル愚カナ輩ハ!?」
チャンの上空――俺の目の前――に現れた禍々しい瘴気の塊。
「タクト!!」
背後からイサナギの慌てた声が聞こえてきたが、それより前に本能的に俺はチャムを連れて後ろへと飛びずさった。
ヤバすぎる。何なんだ、これは!
「カカカ!!人間カ!ココヘ来ル人間ナド、ドレクライブリダロウナ!ダガ邪魔ハサセン!贄ガ死ス時、扉ハ開カレルノダカラ!儀式ノ邪魔ヲスル者ハ何人タリトモ許サン!!」
さっきと同じ声が広間に響く。間違うはずはない。その声はこの瘴気の塊から発せられているのだ。
それと同時に増大していく不気味な禍々しさ。
そして――塊はその姿を現した。
「これが、ボスか!!」
「下がって、タクト!」
体長三メートル以上もある人型の姿。顔は不気味な仮面に覆われ、何も見えない。頭には羽根で覆われた帽子に近いものを付けており、服装は軽装だ。ほとんど素肌を見せていると言っていい。けれどそれは歴とした装束でありながらも、邪悪な気を放っていた。首から骨で出来たネックレスを付け、中央には札のようなものをぶら下げている。そして手にはこれまた禍々しい髑髏を先端に付けた杖を持っていた。極めつけはその肌、緑色の肌だ。
特徴ともいえるその肌色の人型モンスターなど一種類しかいない。
「ゴブリンなのか……?」
恐れるように呟く形となった。
イサナギもミカンも返事を返さない。
二人も何も分からなかったからだ。
俺だけじゃない。二人もそうなんだろう。
目の前の存在は、名前すら分からなかったのだ。
「赤ネームだろうとこれまで名前が見えないなんてことはなかったんだけどな……」
「まさかとは思うけど、敵まで≪認識阻害≫を持ってるってこと?」
こいつがボスなのは間違いない。ターゲットも出来る。
ただ見えるのは赤色の???という文字だけだ。何の情報すら出てこない。
いや、違う。何でもではない。
こいつは言った。
――贄が死す時、と。
どう考えても、この場で贄というのはチャンでしかない。
つまりはまだ、チャンは死んではいないということだ。それだけがせめてもの救いであり、俺にとっての希望でもあった。
「どんだけ強かろうが……やってやるよ!チャンは返してもらう!!」
目の前の凶悪なモンスターを前に啖呵を切って見せた。
それにいち早く反応したのはイサナギだ。
「ハッ、一番弱いタクトがそう言ってんだ。こりゃ本当に負けられねぇよなあ、ミカン」
「……そうね。男たちだけに格好いい真似はさせられないわ」
ミカンもまた、奮い立つようにボスを睨みつける。
そして最後の一人、男は――
「……ゴブリンシャーマン、か」
誰に聞かせたいわけでもなかったのだろう。
だが、その声は俺たちの耳に響く。
名前だ。ボスの名前に違いなかった。
「おいっ!お前、こいつの名前が分かるのか!?」
「そっか!≪見識≫ね。だからあいつの名前が分かったのね?」
ミカンがすぐに理解したように男に聞いた。
≪見識≫は相手の情報を見るスキルだ。兄貴もパーティーに一人は付けておくべきだと言っていた。それがこういったことなのだろう。
確信を以て尋ねたミカンだが、男はまたしてもそれに答えはしないが、肯定するようにボスの名を再び口にする。
「強欲のゴブリンシャーマン。レベル50」
50!?
一瞬で絶望に近い波が俺たちを襲った。
イサナギもミカンも驚いて男とボスを見比べて凝視する。
だが凶悪な情報はそれだけではなかった。
これこそ、男にとって一番未知数なことだったのだろう。
「種族は亜人。だが属性は……魔属性」
その言葉の意味を俺は何も知らなかった。
スキル紹介 見識
――≪見識≫ パッシブスキル
レベルにより、対象のステータスや弱点、弱点部位など様々な情報を見通すことが出来るようになる。
スキル≪認識阻害≫とは対称に効果が及ぼす関係でもある。




