Ⅱ.Encounter
少し文字数が少ないです。
始まりの閑話です。
――それにしても、あの「転生者」というものは、中々面白い。
――少し似通っているというだけで、あの様な「原作知識」などを信じ込んで、そうならない様に動いている。
――あの「神」の玩具だろうと高を括っていたが、中々どうして面白いじゃないか。
「――――精々、舞台の上で足掻けばいい。そうして、全てを知り、絶望したその先に――――……」
――――「世界の歴史」に、手が届くだろう。
■
――世界は動く。
――既に舞台から降ろされた役者を望んで、予想もつかない方向へと転がりだす。
「――ねえマリア、お願いがあるのだけど」
――――アルファルド王国の、冒険者ギルドに行ってきてくれないかしら?
――少しずつ、でも確かに。
――物語は、動き出す。
■
「ふふ」
「どうしたのダンテ。何だか随分面白そうね」
ガーデンチェアに優雅に座り、ティーカップを手に持ちながら笑みを漏らす彼女に向かって、彼女——ダンタリオンの親友である王女、オリヴィアが首を傾げた。
ダンタリオンとオリヴィアの付き合いはかなり長いのだが、その中でもこんなに――一目にも分かる程に笑っていることはなかったからである。オリヴィアの中のダンタリオンは可愛いがしかしいつも落ち着いていて、滅多に感情を表に出さない少女であり、それ故に今の嬉しそうな感情を思いきり表に出しているダンタリオンはとても珍しかった。
「………「悪役令嬢」に「ハメられたヒロイン」。「世界の変革」に、「世界の歴史」――。あまりにも面白いことが多過ぎて、ああ、とても興味深くて素晴らしいわって思ってたのよ」
――本当に。
――本当に本当に本当にホントウニ、我ノコノ体ニ感謝ヲ――。
「”ワタシ”の目で全てを見ることができるなんて――幸せだわ」
――「世界の観測者」は歓喜する。
――己の「飽き」を解消し、自身の本懐を果たすことが出来るであろう「世界」と「転生者」達に向かって。
――――只々、歓喜し狂喜する――――。
■
「――――ここが、王国のギルド、ですか」
一人のメイド姿の少女が、レンガ建てのがっしりとした建物の前に立っていた。
長く美しい銀髪を腰まで伸ばした、クラシックなメイド姿の少女だがその可憐な姿から向けられるのは、恐ろしいほどの殺気であった。
時節彼女の美しさを見かねた者達が彼女に近づこうとするも、瞬間に向けられる氷のような視線を耐えられず逃げていく。
そんな彼女の手の中には、主人から賜った探し人の写真があった。
茶髪のロングヘアに、サイドをツインテールで結んでいる、活発そうな少女の写真だ。「美しい」というよりは、「可愛い」タイプの美少女だが、メイド姿の少女はその事には全く興味は無い。それは、彼女が女性で同性である事も勿論あるが、一番は単純に主人――ダンタリオンの事にしか興味が無いからであった。
――彼女こそがダンタリオンの一番の腹心……専属メイドである「マリア」である。
今は敬愛する主人の命で、主人のいう「探し人」を探しにきている最中なのであった。
「――フェリシア・カルケード………ですか。ああ、今は「フェリシア」でしたっけ」
かつては「カルケード」の名を持つ「貴族」――、「カルケード子爵」にその見目の美しさを買われ養女となった平民の少女であり、そしてとある勝負に負け一切合切すべてを失うことになった哀れな「少女」の名前を見て、マリアは一人その名前を呟いた。
主曰く「転生者」という特別な存在であり、それ故に全てを失う事にもなったのだと。
「確か……オリヴィア様に推薦され魔法学園に入り、その魔法の才を伸ばすものの、「うっかり」ダンタリオン様の妹様の婚約者である王太子様に惚れてしまい、妹様を蹴落とす為に画策するものの「見事に」それを妹様に見破られ、妹様を陥れる予定が、逆に自身が追放されてしまうという哀れな結果となったのでしたか。……何か間違っていらっしゃいましたか?「フェリシア」殿」
「……間違ってはいないわ。あの時の私は、どこかおかしかったのは事実よ」
気配を消して現れたのだろうか、突如としてマリアの傍に現れた、茶髪のツインテールが特徴的な美少女。
彼女はマリアの言葉を溜息をつくように受け、自身の掌を思い切り握り占めた。
「――転生者、ね。ヒロインが転生者なのも、「悪役令嬢」が転生者なのも沢山知っていたはずなのに。立場が逆になるのも、沢山読んだのにね。結局私は、あの女の踏み台でしか無かったのよ。現実を、現実だと受け止められていなかったの」
その声音はまるで全てを諦めた者のようで、だがしかしまだ何処かにその事を諦められない――現実を受け入れたくないという感情がこもっていた。
子爵と使用人の母親の不貞の子供であるが故に市井に捨て置かれるものの、その容姿の良さからかつての母親のように子爵家に引き取られるという、かなり複雑な生い立ちと暮らしを送ってきた少女。
マリアは「転生者」という言葉を深くは知らないし、知るつもりは無いが――それでも彼女――フェリシアが俗に言う「普通」の生まれでは無いことくらい容易に察することが出来るし、母親が市井の者であるという事からの身分の差、市井の身から貴族の身になる事などの苦労なども並大抵のものでは無いことくらいわかる。
――実の所、マリアはフェリシアを、そこまで周囲の人間が言い貶めるような「悪女」であるようには思えなかったのである。
流石に彼女の行いすべてを「悪ではない」と断じることは出来ない。
実際彼女は王太子に懸想して、主の妹を陥れようとしたのは事実であるし、王太子以外の他の重鎮の子供達を軒並み篭絡したのも本当だ。結果的に王太子と主の妹が愛し合っていたせいかそれは成功せず、逆に陥れようとした彼女自身が陥れられ振り落とされたが、それでやった事全てが無に帰るなんて事は勿論ある訳が無い。
……マリアには、彼女の言っている「ヒロイン」や「悪役令嬢」が何のことかはわからない。けれども、それだけつらい暮らしを余儀なくされてきたのなら、彼女がそういうものに頼ってしまったり信じ込んでしまうのもまあ、わからなくはないのだ。
「……馬鹿よね、私。現実と物語を混合して。現実と空想が違うことくらい、一番よく分かっていたのよ」
「――貴方は、何をお望みでいらっしゃるのですか?」
マリアの急な問いかけに、ふと顔を上げるフェリシア。
彼女の前には、一人の美しい銀髪のロングヘアが特徴的なメイドが無表情で立っていた。
「……どういうことよ、それに、貴方は一体」
「ああ。こちらは貴方を知っているのですが、貴方は私達をお知りになられませんでしたね。……申し遅れました、私はマリア。わが主、ダンタリオン様の命で貴方――フェリシア様に会いに来たのです」
マリアはフェリシアに向かってメイドドレスの長い裾を掴み、優雅にお辞儀をした。




