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ラプラスの瞳  作者: TyrNoa
「Innocence」
1/13

Ⅰ.Tea-Party



「――――――」


 白に染まった「世界」で唯揺蕩う「存在」がいた。

 どこともわからない場所で、ひたすらに世界を「観測」し続けていた。


 過去も未来も「観測」するその存在には、名前はない。

 だが、「観測」した先の生き物は、知覚出来ないはずのその「存在」を様々な名称をつけて呼んだ。


 その存在に、既知はあっても未知はない。

 白に塗り潰された「世界」で漂うだけのその「存在」は識り続けていた。

 ——世界のありとあらゆる事象も、現象も全て「観測」し続けていた。


「――――、――――――――」


 ――触れたのだろうか。

「観測」していたその「存在」は、その白い「世界」にシミが広がるように、別の色が混ざったのを知覚した。


「世界」に現れたその異物に、「存在」を伸ばす。

 少し「触れれば」儚く消えていくその容れ物に、「存在」を伸ばし、呑み込んだ。




 ――――――

 ――――


「――ダンタリオン様、オリヴィア様がお越しになりました」

「……そう。ローズマリーの紅茶は?」

「勿論準備できておりますわ。丁度天気もいいですので、良かったらガーデンの近くでなさいますか?」

「――ヴィーに聞いてからね」


 少しずつ、少しずつ世界が変化していく過渡期の中。

 色々な国で不穏な情報が錯綜し、流れていく中、ここ——「アルファルド王国」では全く変化が起こる事もなく、平穏で静かな、変わらない平和と日常を当然の如く享受していた。

 アルファルド王国の貴族――それも最高位である「公爵」であり、アルファルド王家とも繋がりの深い「エルピス家」の長女――「ダンタリオン・エルピス」もそれはまた変わる事もなく、何時もと同じようなゆったりとした時間を過ごしている人間の一人である。


 ダンタリオンの近くに侍っていた銀髪の美しいメイド、マリアに答えてから、ダンタリオンはゆっくりと立ち上がった。

 床に渦を巻いていた長い白金色の髪がゆらゆらと揺れて、ダンタリオンの幼い体つきを隠す。周囲の高位の貴族の令嬢達の成長したグラマラスなボディとは明らかに違う幼い体つき。実年齢とはかけ離れた、まだ成長期にさえ入っていないように見える体を純白のワンピースドレスに金の刺繍や宝石、フリルで飾られた上品なもので包んでいた。

 「公爵令嬢」という高い身分にも関わらず、派手なドレスではない、シンプルなワンピースドレス。だがシンプルであるがゆえに、元から美しかったダンタリオンをより引き立てており、非常に似合っていた。


 彼女が立ち上がると同時に、彼女の「世界」が変化した。

「世界」を映し出していた「何か」が消滅し、どこか神秘的なものを思わせる雰囲気から元の感じの良いお洒落で品の良い公爵家令嬢の部屋へ。

 この部屋で何が起こったのかを知っているのは、唯一彼女のことを知るメイドだけ。

 そのメイドも、この事について何か知っていたのだろうか。突如変化した雰囲気に驚くことはなく、唯自分が仕えている主を見て微笑むだけだった。


「――相変わらず、”世界”は喧騒に包まれているようね。ここはまだ、そうではないようだけど……」

「一応、まだこの辺りは静かですが……その平穏もいつまで続くのか分かりませんものね。オリヴィア様達が動いていらっしゃるようですが。どうなることやら」


 他の貴族とメイドの関係では在り得ないような親密な会話をする二人の立ち位置は、ダンタリオンの後ろにマリアが付き従う、主と従者の関係を示すいつもの形であった。

「少し」他の令嬢とは違うダンタリオンが信用し、信頼する唯一人の「人間の」メイドである彼女。

 少々面倒な経緯を経てダンタリオンの従者になった過去があるからだろうか。他のどの人間よりも信頼が置ける存在ではあるし、ダンタリオン自身にはよく分からないのだが、マリアは強く自身の事を敬愛しているようだから、親密な関係を持っているのは別に可笑しい事では無いのだろう。


 ダンタリオンは足首程迄伸びてしまった自らの髪を、屋敷の近くにある森林からだろうか、吹き込んでくる清浄な風に遊ばせつつ、彼女の親友である待ち人のいる部屋へと歩いて行った。


 部屋から出て屋敷の渡り廊下を渡って、エルピス家の持つガーデンへと向かう。

 そよ風を受け、ふとダンタリオンは頭上を見上げた。吹き抜けになっている頭上には、蒼く澄んだ空。雲一つない晴天は、まるで何の枷も存在しないような「外」という自由を表しているかのようだった。


 ダンタリオンは知っている。

 ――今も、この世界の何処かで名も知らぬ誰かが戦っているという事を、自身の特異性から識ることが出来る。

 「世界の変革」。

 どうやらまだこのあたりの地域までは及んでいないだろうが、それも時間の問題だろう。

 近い内にここも飲み込まれ、"変革"を受け入れざるを得なくなる。


 ――だってそれが、「世界」というものであり「歴史」というものなのだから。

 唯今回の「転換点」は、かなり大きいものであるというだけで。


「…………ままならないものね」

 小さな呟きは、憎らしい程蒼い空に吸い込まれて儚げに消えていった。



 ■


「ふふ、ご機嫌よう、ダンテ。相変わらずここは綺麗ね」

「……世辞は要らないわ。ヴィー、御機嫌よう。そしていらっしゃい」


 蒼穹の空の下、綺麗に手入れされた瑞々しい紅の薔薇が咲き誇る美しいガーデンのテラスにあるテーブルにはマリアの淹れた紅茶と、エルピス家の料理長が手腕をふるって作った菓子が並んでいる。

 ガーデンチェアに座って上品に菓子をつまむ、空と同じ色のドレスに映える絹のような長い金の髪。

 ――アルファルド王国第一王女、オリヴィア・カラ・アルファルドその人が、ダンタリオンの目の前に座っていた。

 ダンタリオンの幼馴染であり、彼女の「秘密」を知る、数少ない人物の一人である。聡明で、勤勉で美しい第一王女――なのだが、何故かダンタリオンには甘い。

 王宮で少しでも暇を見つけたら、必ずここ――エルピス公爵家に来てダンタリオンに会いに来る為、王族だというのに、気心の知れた仲でもあった。

 余りにも気心が知れすぎているため、最早一国の王女だというのにメイドや御伴の一人をつけなくても誰にも何も言われない。それだけ馴染んでいる、とも言えるが、それは恐らくこのエルピス公爵家が王家の一番の忠誠を誓っている家臣であるという事もあるのだろう。エルピス公爵の妻――ダンタリオンの母親が現王の妹であり、婚姻関係もあるという深い関係からくる信頼は、このような所にも表れるのだろうか。


「……相変わらず、自由なのね。兄の苦言も、あるでしょうに」

「あんなの、放っておけばいいのよ。ダンテの妹――いや、あんなぶりっ子が妹だなんて、ダンテも大変ねえ」

 二人だけだからか、王族としての口調ではなく砕けた口調で話すオリヴィア。

 紅茶のカップを手にもって、優雅に飲む姿だけは様になっていた。


 いつもの目を閉じた様な表情で、静かにオリヴィアの話を聞いていたダンタリオンが物憂げな表情を浮かべる。

「……そうね、今までは、放っておいたのだけど。まさか」

「まさか、兄を篭絡してそれでも飽き足らず、ダンテを使って弟まで手籠めにしようとはねえ。見た目は清純なのに、あそこまでアレだとは、流石の私でさえも予想できなかったわ」


 ダンタリオンの溜息と共に吐き出された言葉にかぶせるように、オリヴィアも言葉を吐き出す。聡明で他人をいとも簡単に見抜く彼女でも、ダンタリオンの妹の「仮面」を見抜くことは難しかったらしい。

 ダンタリオンの妹――ソレイユ・エルピス。

 国立魔導学園であるアステール魔導学園に通う、エルピス家の二女である彼女は、ダンタリオンとは真逆の明るく、頑張り屋の金髪の波打つ髪が美しい清純な少女だった。

 ――見かけは、という言葉がつくが。


「子爵令嬢にハメられた時は、ざまあ!って思ったものだけどねえ。まさかあの愚兄が完全にあのぶりっ子に惚れてたせいで、断罪するはずだった子爵令嬢が逆に断罪されるなんて。普通思わないわよ」

「……未来は確定されてはいないわ。私達の行動で幾らでも変わる、最初に言ったじゃない。それに、もしあの子が断罪されて婚約破棄されたら、あの子だけではなく私達、エルピス公爵家も影響を受けるのだけど」

「大丈夫よ、もし万が一の事があっても、わ・た・し・が!ダンテを助けるわ」

「……その気持ちはとても嬉しいのだけど。貴方は大丈夫だったの?子爵令嬢を推薦したのは貴方なんでしょう」

 ダンタリオンの珍しくも心配するような言葉に、でれっとその美しい顔を緩ませてオリヴィアはダンタリオンに花の咲くような笑顔を向けた。

「ダンテ……ふふ、私は「頭脳明晰で容姿の良い、魔法の発展に必要な人物」として名を挙げたまでよ。実際、彼女の魔法の才自体は素晴らしいものだったじゃない。……まあ、”まさか”王太子に惚れるなんて思わなかったのだけどね?」


 オリヴィアが悪戯っ気な笑みを浮かべて、紅茶に口を付けるのを見て、ダンタリオンも小さく笑みを浮かべた。

「……そう言えば、そうだったわね」


 一人の王女と一人の公爵家の長女である令嬢にあるまじき話だが、彼女達にとってはいつもの事である。

 ”世界の観測者”たる一人の少女の姿をした「」と、それを知る一国の王女。

 余りにも無機質で無味乾燥な「つまらない」王宮に飽き飽きしていた王女と、”世界”に繋がる故に、あらゆるものが既知となってしまい「つまらない」令嬢。

 境遇は違うけれど、心象は同じようなものだった。


「――所でダンテ。”相変わらず”世界は喧騒に包まれているのかしら」

「……”世界の変革”は、もう既に始まっているわ。「皇国」は既に民が主流となって、皇族に反乱を起こし、「王国」は瓦解して「共和国」として新たに世界に生まれ直した」


 ダンタリオンが緩やかに手を振ると、小さな「窓」が開く。宙に浮かぶそれには「遠い異国の様子」が流れていた。

 それを見つめるオリヴィアを見て、ダンタリオンは「何時もと同じように」繰り返し、そしてオリヴィアもまた「何時ものように」返答を返す。

 それは一人の令嬢(ダンテ)一人の王女(ヴィー)という「親友」同士の会話ではなく、一つの個たる「観測者(「  」)」と「人間(オリヴィア)」の会話であった。


「”世界”は変革を望んでいる。”観測者”たる”ワタシ”は、それを”観測”するだけの存在。ヴィーがこれを見て、どんな行動を起こしたとしても、”ワタシ”はそれを拒絶しない。」

「「貴方」は内側に在る故に――全てを知り、そしてこれから先の事を選択できる唯一つの存在なのだから。」


「……わかっているわ。私が何をすべきなのかは。――私は「アルファルド王国」の王家の第一王女なのだから。」

「国家間の争いでの「情報」というものは、物理的な武力とは違って誰も傷つくことのない――血の流れない理想的な解決をする為の大きなアドバンテージとなるわ。また、「情報」は機密の多い「国家」にとっての一番の武器となり対抗策となるでしょう。この王国はきっと……いや必ず”世界の変革”に飲み込まれる。……私は断言してもいいわ。この国は未だに古い風習やしきたり、絶対的な身分制度があり、それによって王国民を縛っているのだから。そうなる前に、私がやれるだけの事はやっておきたいの。それが民に対する王家の務めだと、私は思っているからよ」


 そう言ってから、オリヴィアはダンタリオンに向けて微笑んだ。


「でもまあ……幸い、民はあまり王家に不満は抱いていないわ。愚兄どもは兎も角、私が動けばこの国に変化を与えることができるでしょ。私の存在って結構大きいのよ?お父様――王に意見を求められる事だってあるんだから」


 可憐で美しい見た目と様子にそぐわない、「らしくない」二人の黒い話を聴く者は主に心酔する一人のメイドだけ。


 第一王女と公爵令嬢の長女である少女。

「未知」を求める二人の少女達(探究者達)は、思う存分お茶会とその見た目にそぐわない会話を楽しむのであった。

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