異世界ラ・ロンド
「Are you ready―― !?」
マリンがマイクを使って声を張り上げる。
テント内は、魔族がわずかにパチパチと拍手をするだけで、あとは静まり返っていた。
二百名余りを収納できるはずのテントの中に、総勢三百五十名がひしめき合って座っていた。人間の隣に魔族。魔族の隣に人間。貴婦人たちは恐れて隅の方に固まり、紳士は戦々恐々として魔族の隣に座る。魔族がフレンドリーに微笑めば微笑むほど、人間はその牙を見てヒッと息を呑み縮こまっている。
マリンがもう一度、「のってるかーい!」と声を上げた。
こういうノリの悪い客を前にしたことは何度かあった。金を払って来ているのに、イヤイヤ感を出すのはなぜなのか。マリンはいまだにわからない。だが、ここでマリンまでも白けてしまっては劇団スピネルの名が廃るというもの。
無理にでものせるしかないのだ。まずはリラックスさせるための静かな曲目をミラーボールの上から指示を出す。即興が得意なマリンは、テントの上の方で照明役として配置された魔族に柔らかなピンク色の照明を頼んだ。
一人の魔族の目から光線が出た。色は自在に変えられるらしい。
「便利ねえ」
ちょっとビビったものの、気を取り直してキャバレー・バーレスク・ソングを歌い始めた。ちょっとレトロなラブソングから。
そこでアレックスが登場した。
スタッズキャップを被り、スパイクのついた首輪をつけ、しゃなり、しゃなりとステージに上がった。音楽に合わせて腰を捻り、尻を突き出す。赤いハイヒールを高く振り上げ素足を晒すと、会場の空気が変わった。
魔族がピューッと口笛を吹くと縮こまっていた淑女たちが座り直して身を乗り出してきた。
それを見たマリンは次第にテンポの速い曲へと移行していく。
「なんて破廉恥な……」
という声の間から、桃色の吐息が混じる。
アレックの腰から鞭をほどき、パァンと床を打つとヒッという声とともに皆の背が伸びた。
よし。呑まれた。
観客の視線をステージに釘付けにできれば、あとはこちらのものである。
アレックスがすっと片足を前に伸ばす。美しく見える手の動きで、艶かしく差し出した足をつま先から腿の上まで撫でると視線が刺さる。足を下ろして尻を突き出す様な格好で両手を腰に。そして、一気にスラックスの脇を裂いた。
アレックスの履いていたスラックスはマジックテープで脇を閉じてある仕様で、指を這わせれば、裂けるようになっていた。ウエストバンドだけで支えられたスラックスから優美な生足が顕になり、会場からは悲鳴が上がる。
しかしアレックスの魅力はそれだけではなかった。
バレエダンサーの様に、ハイヒールを履いたまま踊るアレックスに会場はほう、と感嘆の声を上げる。ハイヒールがすっぽ抜ける様に足を振り上げると、靴に仕込んであったバラの花びらが舞い散った。
「きゃあっ」
すっぽ抜けたハイヒールを受け止めた令嬢が、真っ赤になってハイヒールを抱きしめると、周囲の女性陣がキャアキャアと騒ぎ立てる。
それに対し、流し目で令嬢を支配したアレックスはパチンとウインクを飛ばした。
「ヒャゥ……っ」
と子猫の様な声を上げた令嬢が真っ赤になって失神した。
「フランソワ!」
隣で威嚇していたのは王太子のアルハンソロ。どうやら令嬢は婚約者だったらしい。
怒りか嫉妬か。真っ赤な顔で舞台に上がってくるところで、マリンがミラーボールから滑り降りた。
アルハンソロが上がろうとしていた階段からマリンまでの距離1m。手の届きそうな目の前にマリンの豊かな双丘が広がり、アルハンソロはぴたりと動きを止めた。マリンが肩を左右にゆすれば双丘も揺れる。アルハンソロの瞳も揺れた。
「……っ」
鼻息荒く、手を伸ばそうとしたアルハンソロに、マリンの長い足が伸びて。あろうことかアルハンソロの肩にヒールを乗せた。
周囲からは息を呑む音がする。
不敬だ。
勇者に向かって、そう言えるのか。
だが、マリンはそのまま足を滑らせて膝裏をアルハンソロの肩に預け、そのまま身を寄せたのである。アミタイツを履いているとはいえ、太腿がアルハンソロの胸元に密着し、そして指先でアルハンソロの頬を撫でて――。
「お触りは、なしよ」
と、投げキッスを飛ばしたのである。
そのまま足は宙へ高く上げられ、体は半回転。そしてお尻を突き出す形で、アルハンソロを舞台外へ突き飛ばした。
コロリと固まった形のまま、アルハンソロは階段から転げ落ち、体から煙が上がるのでは、というほど真っ赤に染めていた。
それを横目で見届けたマリンは、舞台で歌い、踊り、観衆はアルハンソロをほったらかしにしたまま、湧きあがった。
「さすがマリン」
裏でダミアンは満足げに頷く。
魔族だけでなく、どうやら人間もかなり素直な世界。金と契約に縛られていたダミアンは、ちょっとこの世界が好きになりそうだった。
盛況の中、アレックスが前座の最終形態に入る。つまり。
スラックスが完全に剥ぎ取られた。もちろんそういう仕様である。
「きゃーーーーっっっ!!!」
スラックスの下に履いていたのは皮の黒パンツ。隠す所の少ないGストリングで大開脚である。女性陣が声のあらん限りに叫ぶ。中には太い声もあったから、男性陣にも需要があるらしい。
「パンツも投げてぇぇぇ!」
叫んだのは王妃だった。
うむ。
王様も、頑張ってほしいところだ。
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