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感想

奥から出て来た二人を見て、炎嘉が言った。

「お、維心。もう何ともないようだの。」

維心は、維月の手を引いて正面の椅子へと座りながら、頷いた。

「まだ背が少し痛むが、特に問題はない。関の事を聞いたぞ。駿は帰ったのだの。」

志心が頷く。

「そう。そうか、維月は月から見ておったのだの。そうよ、碧黎が覚悟を持たせねばと言うので、那佐が絶縁状を送った。ゆえ、今頃あちらで己の身の振りを考えているのではないかの。」

維心は、ため息をついた。

「あれさえまともになれば、那佐が最上位に来ても問題ないのにの。とりあえず、此度の結果も踏まえて二番目三番目の序列を移動させようぞ。」

焔が、身を乗り出した。

「して?どうであったか。那佐以外は何も見えぬでイライラしたのだ。速すぎて何も見えぬでな。」

維心は、ため息をついた。

「何も。手も足も出ぬ様子よ。気弾を放っても全く手応えがないし、とりつく島もない状況ぞ。だが、やるだけやった。碧黎の髪を切り落としておった事は、その時は知らぬで維月から聞いた。」

炎嘉は、何度も頷いた。

「そうよ、それを言ってやれと。ようやったと何度も言うておった。何やら晴れ晴れとした顔をして。あれも楽しんだのかもの。」

箔炎が、首を振った。

「いや、あれは維心が成長しておって喜んでおったのではないかの。我にはそう見えたが。」

維月が、それに頷いた。

「はい、十六夜もそのように。父は立ち合い自体をあまり好まないので。」

漸が、ため息をついた。

「それにしても、我はもっと励まねばと思うたわ。維心や炎嘉に負けるのはそうかと納得できたが、志心や駿にも敵わずで。勝ったのは油断した箔炎と、高彰だけぞ。負けてばかりで、いったい何をしておるのかと己が情けなかった。貫に義心のことを言えぬわ。早う宮に帰って精進せねば。高彰も、じっとしておられぬと言うてさっさと帰った。」

そういえば、高彰が居ない。

恐らく、一勝しかできていなかった高彰も、同じ気持ちで帰ったのだろうと思われた。

炎嘉は、笑った。

「最上位とは皆、維心以外は並び立っておるからの。時の運よ。那佐が言うように、昨日は勝ったが次は分からぬのだ。」

渡が、頷く。

「能力が拮抗しておると、心持ち次第で立ち合いの結果は変わるもの。駿が志心や箔炎を下した事でも分かろうが。我とて、主らと一戦交えたかったわ。」

那佐には勝てるだろうか。

いや、勝てないかもしれない。

焔が、言った。

「とにかく主は最上位に来い!我らのメンツもあるわ。負けても同じ最上位であるのと、二番目であるのでは意味が違う。案じられるわ。」

渡は、苦笑した。

「何故に負ける事を先に考えるのかの。それがならぬと申すのだ。我は維心にだって、いざ対峙すれば勝つ気でおるわ。」

主はそうだろうな。

皆は思ったが、漸は立ち上がった。

「落ち着かぬ。我は帰る。宮で貫相手に一からやり直すわ。関に言えぬ、覚悟が足りぬと己で気付いたゆえ。」

さっさと出て行こうとする漸に、炎嘉は慌てて言った。

「こら、まだ来たばかりなのに。」と、ため息をついた。「ま、もう我らも帰るか。三日遊んだゆえ、宮が案じられる。駿からの報告も待たねばならぬしの。」

志心も、頷いて立ち上がった。

「維心が無事だと分かったゆえ、もう良いわ。では、もう戻ろう。」

皆がそれに倣い、王達は次々と居間を出て行ったのだった。


駿からは、関が自ら望んで宮の役に立つために、軍神ではなく文官で仕えると言い出して、今は文官の最下位から励んでいるのだと知らせて来ていた。

だが駿が言うには、関は王をしていただけあって博識で、筆頭重臣の帥斗(すいと)が拾い物だと喜んで、もう重用し始めているらしい。

帥斗は重臣なので関の名は知っていたが、しかしまさかあの皇子であった関だとは思ってもおらず、ただ別の宮の臣下が龍の宮で粗相を犯して宮を放り出されたのだと思っているらしい。

関も、自分が皇子であったことは一切口にはせず、ただ黙々と務めに邁進しているようだ。

その様が、皇子や王の頃よりずっとしっかりとしているように見えるのは、皮肉なことだった。


一方、月の宮では、やっと蒼の人型が安定して、落ち着いて宮に居るようになったと連絡があった。

これまでは、十六夜に教えられて人型として降りて来ても、気を抜くとすぐに光になって月へと戻ってしまったりしていたので、安定せずに知らせられる状態ではなかったのだ。

何とか落ち着いたので、維心に挨拶に来たいと先触れが来たのだ。

維心は、居間で維月と並んで蒼を待ちながら、言った。

「良かったことよ。月を見上げても十六夜ばかりで蒼は居らぬが、何やら頻繁に蒼の気配が戻るような気配があるなと思うておったのだ。そういう事だったのだの。」

維月は、頷いた。

「はい。十六夜も難儀しておって、どうして戻って来るんだよと蒼に怒ったりしておりましたけど、慣れておらぬのですから仕方がありませぬわ。私達は慣れておって息をするように地上に居りますが、蒼は気を抜くと本体である月へと戻ろうとするのを、抑えることができずで居たのです。」

維心は、息をついた。

「そうか。我らも人型で居るのは幼い頃からであるし、生まれる時もこの型であるが、確かに龍身の方が楽であるから戻りたい時もあるの。この型で居る時は、自然力を抑えつけておる状態であるからな。」

だからあの時も、龍身になったのね。

維月は、思っていた。

碧黎に追い詰められて、力を抑えるタガも外れてああなっていたのだろう。

そこへ、鵬が入って来て膝をついた。

「王。蒼様がご到着でございます。」

維心は、頷いた。

「これへ。」

鵬は頭を下げて、扉へと引き返す。

そして、扉を開くと、蒼がそこに立っていて、いつもより更に癒しの気をまとった状態で、薄っすらと微笑んでこちらを見ていた。

「維心様。」

蒼は、中へと入って来て、頭を下げた。

維心は、微笑んで言った。

「よう来たの、蒼よ。まあ座れ。」と、蒼が座るのを待って、続けた。「やはり誠に本体が月となったからか。いつもよりずっと癒される心地がするの。」

蒼は、苦笑した。

「最初は大変で。髪が銀髪になるんですよ、十六夜と同じで。瞳の色はちょっと金色に近いぐらいなんですけど、髪だけはややこしいから黒くしろとか十六夜が言うし、人型になるのも必死なのに、そんなにあっちこっち変えられないと喧嘩ばかりでした。今は、何とかこんな感じで。」

確かに、前は鳶色だった目が、少し金色に見える。

これで髪が銀髪だったら、確かに十六夜とややこしいだろう。

「落ち着いたようで良かったことよ。こうなってみれば、主はそれで良かったと思う。人の体は限界を迎えておったと碧黎も言うておったし。維月とて、前世人の体を出産で酷使し過ぎて失ったが、それから月としての能力がこれを守るので、我も格段に安心できるようになったもの。主とて、これまで立ち合いができぬと申しておったが、これで恐らく己の身ぐらいは己で守れるようになろう。結果として、良かったのだ。」

蒼は、頷いた。

「維心様と碧黎様の戦いは、月から見ておりました。あれだけの戦いを、模擬でしておかねばならない未来が迫っておるのだとしたら、オレも安穏と結界内で籠っている場合ではないなと。もし、必要なら出て行けるだけの力を持っていないと、まずかったのかもしれません。オレがあの時ああして人の体を捨てて黄泉の道へと行ったのも、運命だったのかもしれません。」

維心は、頷いた。

「そうだの。後に何が起こるのか分からぬが、しかし碧黎は備えだけはさせたいようだった。そう大きな事にはならぬように務めるが、我も分からぬからの。主が手伝ってくれるのなら、我も助かるものよ。」

蒼は、嬉しそうに微笑んだ。

「はい!」

すると、目の前に十六夜がパッと出て来た。

「わ!!」

驚かすように声を上げる十六夜に、維心と維月と蒼がびっくりして固まる。

「え」

と思うと、蒼の髪がすーっと銀色に戻って、体が光に戻ったかと思うと、月へと打ち上がって行った。

《なんでいきなり出て来るんだよーーー!!》

蒼の声が、遠ざかって行く。

維心と維月が茫然とそれを見送っていると、十六夜が腰に手を当ててため息をついた。

「やっぱりまだ駄目じゃねぇか。調子に乗ってるから、戒めに来たんでぇ。お前はまだまだ頑張らなきゃいけねぇの!基本的な事だぞ。全く。」

維心は、眉を寄せて言った。

「こら。蒼をあまり困らせるでないわ。」

十六夜は、維心を見た。

「あいつはよお、まだびっくりしたりしたら、ああして月に戻って来るんだよ。なのに安定したとか何とか言って、お前に会いに行きたいからって無理してさ。確かに普段は戻って来ねぇようになった。だが、こうして何かあったら気が反れて戻って来る。それが現状だって、お前にも教えてやらにゃと思ったんでぇ。じゃ、帰るわ。」

十六夜は、言いたいことだけ言ってスッと消えて行った。

維心と維月は、顔を見合わせて呆れたようにため息をついたのだった。

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