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気を付けること

庭へと出ると、広いのでついて来ていた臣下はとても遠くなる。

侍女二人と渡と美穂の四人で、見せるために作った滝の前まで来ると、渡は振り返った。

「ここなら良い。」と、声を落として言った。「主、無理にこちらへ行けと言われたのではないか?否ならば、今我に申せ。帰れるように何とでも言うてやるゆえ。」

美穂は、驚いた顔をした。

「それは…お話がありました当初は、とても驚いて不安でありましたけれど、こんな我でもお役に立てると聞いて。今は、励みたいと思うております。」

渡は、息をついた。

「そうか。ならば良い。だが、里心がついたらいつでも申すのだぞ。未婚の皇女が、こんな宮へ来させられて不憫であるが、だからこそ気を付けておかねばならぬことがある。」

美穂は、渡が声を落として言うので、流れ落ちる滝の音で聞き取りづらいが、耳を澄ませた。

「はい。何でございましょう。」

渡は、頷いた。

「宮の外へ出たのは初めてだと申したの。主のような美しい女は、気を付けねば父親の居らぬ場ではいくらでも男が寄って参る。関とてそう。あれは我の皇子だが、あっさり主の手を取って、妃を伴わずに案内に出ようとしただろうが。ああいうのが、ならぬと言うのよ。分かるか?断るのだ、次に手を差し出して参ったら。分かったか。」

美穂は、あれはそういう事だったのかしらと真剣に頷いた。

「はい。あれは、その、そういうおつもりであられたとは思ってもみず。」

渡は、言った。

「気を見たら分かる。美穂、今少し疑うのだ。我も驚いたが、あやつはそういうつもりであった。というか、そういう興味を持ちおった。だから、我が咎めたのだ。あやつに嫁ぎたいなら咎めぬが、妃は二人居るぞ。まあ、主なら亜寿美を落として正妃になろうが、そんな立場で良いのか。誠に己が好ましい男にだけ、近付くのを許すのだ。他は無視しても良いぐらいぞ。分かったか?」

美穂は、ウンウンと頷いた。

「はい。渡様が仰るのなら、そのように。」

渡は、ため息をついた。

「初が居ればのう。我には子育てはからきしでな。特に皇女は自信がない。」

美穂は、首を傾げた。

「初様とは?」

渡は、答えた。

「我の妃。もう死んだ。老いてな。」

美穂は、少し眉を寄せた。

「我は子供ではありませぬ。」

渡は、苦笑した。

「我から見たら孫ほどの歳ぞ。我はもうすぐ七百であるからな。」

美穂は、頷いた。

「存じておりますが、渡様は我が祖父と同じく、お若いお姿ですから、問題ないかと。祖父の妃の綾様は、まだ三百まで少しのお歳です。ですから、渡様から見て我が子供だとは思わないでいただきたいのです。」

渡は結構ハッキリものを言う美穂に驚いたが、頷いた。

「そうか。ま、主がそう言うならそうかの。」

女に強く出られると、押しに弱い渡はそう言った。

それを聞いていた、侍女が美穂を軽く突いた。

「美穂様、なりませぬ。」

美穂は、言われてハッとした顔をした。

そして、慌てて頭を下げた。

「…申し訳ありませぬ!あの、常は外ではこのようでは…」

ということは、中ではこんな感じだということだ。

つまりは、見た目美穂はか弱そうな女だが、恐らく内では結構ハッキリ話す性質なのだろう。

渡は、神妙な顔で頷いた。

「いや、まあ慣れておるから。気にはせぬ。」

初もこんな感じだったし。

だが、美穂は悲壮な顔で言った。

「渡様、申し訳ありませぬ。あの、我は…母や祖母に似たのだとよう、叔母にも言われて。姉よりもものをハッキリ申すと、外ではそのようではならぬと言われておりましたのに…渡様が、我を気遣ってくださるので、つい、このように…。」

渡は、首を振った。

「だから良いと申すに。我に気遣いなど不要ぞ。そも、今も言うたように初がそんな風だったし、我は慣れておる。それより、素がそれであったら鬱積が溜まるのではないか?主にとり、こちらは全てが外であろう。ずっと隠しておれると思うか。」

言われて、美穂は下を向いた。

確かに、今のようについ、出てしまうかもしれない。

「ですが…やり遂げようと思うております。」

渡は、苦笑した。

「まあ良い、ならばやってみよ。とはいえ、息抜きも必要であろうし、憂さを晴らしたかったら我を訪ねるが良い。今も言うたように、我は慣れておるし、主が何と言うても我から見たら主は娘や孫ほどの若い娘ぞ。少々のことは構わぬから。」

美穂は、もう素を見られてしまったのだしと、困ったように渡を見上げた。

「ですが…奥宮へ参るのは、渡様のご迷惑になりますでしょう?」

渡は、そうだったと頷いた。

「我というより主が困るわ。娶るだ娶らぬだという話になる。では、そうだのう、我の結界内であるし、話がしたければ部屋で我に申せ。聴こえたら、庭にでも出るわ。」

美穂は、ホッと肩の力を抜いて、頷いた。

「はい。ありがとうございます。」


そんな話をしているとは知らず、滝は流れ落ちる滝の音で全く話し声が聴こえないのにイライラしながら、話している渡と美穂を見ていた。

隣りに立つ、次席の(よし)が言う。

「聴こえぬが、何を話しておられるのかのう。どうにも、色好いことではないような。」

滝は、渋い顔で頷いた。

「そも、王はあのご様子であるし、娶ろうなどとは露ほども思われておらぬ。とはいえ、関様はひと目で気に入られたのか、先ほどのあの性急なご様子。我らが欲しいのは、那佐様のお子であって関様のお子ではない。亜寿美様も妙様もいらして、皇子も居られるのだからもう、これ以上関様に妃は要らぬ。確かに夢見るように美しいかたであるし、できたら那佐様に娶って頂きたいのだがの。」

芳は、ため息をついた。

「難しいやもなあ。何しろ、娘のように思われておるふしがある。つい最近まで老いたお姿であったのだから、わからいでもないがの。昔はよう、侍女に手を付けたりなさって娶りもせずに、困ったお方であったのに、どうも那佐様のご記憶を戻されてからはそんな事もなく。精神的なご年齢が高くでいらっしゃるのが悪いのやもな。」

滝も、ため息をついた。

「まあ、あれだけお美しい皇女であられるのだ。身分もこれ以上ない。根気強くお見守りして参ろう。くれぐれも、関様が忍ぶようなことが無いよう、我らも気を付けておこうぞ。」

二人は頷いて、話す渡と美穂を見ていたが、二人は特に親し気な様子もなく、気が付いたら渡は、またさっさと侍女達二人に挟まれた、美穂を背に戻って来たのだった。


こちらへと戻って来た、渡が言った。

「では、美穂を部屋へ案内せよ。ああ、関を我の居間へ。話しておかねばならぬ事がある。」

滝は、頭を下げた。

「は。亜寿美様が、落ち着いたら改めて茶でもと申しておられましたが、そちらはどう致しましょうか。」

渡は、首を傾げた。

「そうだのう。」と、美穂を振り返った。「主、どうする。亜寿美が茶を飲みたいのだと。」

美穂は、頷いた。

「はい。我も、亜寿美様と仲良くさせていただきたいと思うておりますし、それでしたらお部屋へ戻って着替えました後で。」

渡は、頷いた。

「そういう事だそうだ。亜寿美には、美穂からの知らせを待てと伝えよ。」と歩き出した。「ではの。困った事があったら、この滝と芳になんなり申せ。足りぬものがあったら出させたら良い。翠明の宮や志心の宮と比べたら、そんなに質も良いか分からぬが、物だけはある。ではな。」

渡は、さっさと歩いて去って行った。

相変わらずあっさりとしている渡だったが、美穂はもう、綾が言った通り、渡があれで、あれこれ気遣ってくれるという事を知っていたので、頭を下げてそれを見送ったのだった。

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