↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/191

思惑

炎嘉は、まだじっと立っている碧黎を見上げて睨んだ。

「…維心は居らぬが、聞いておかねばならぬ。移転の話はまさか、冗談だったと言うのではないだろうの。我らが、これほどに必死になっておったのに、我らを騙したのか。」

碧黎は、答えた。

「騙したのではない。そも、将来的にはそうする気持ちがあるのは確か。だが、我も維心が言うたように、まだ早いと思うておる。ただ、我としては蒼があのように感情的に軋轢を持ったし、ならばあれを心底納得させるため、維心が世の太平のために、どれほどその身を捧げておるのか見せたいと思うておった。さすれば、あやつはあんなに簡単に憤る事など無いと考えた。小さな感情の軋轢は、積もり積もって面倒な事になる。ゆえ、先にその芽を摘もうと、主らが我と島を懸けて必死に戦う様を、見せたいと思うた。それが…その前に、主らが死闘を演じるのを目の前で見て、蒼の心が耐えきれなんだのだろう。それが、誤算だった。まさか…まさか、あれほど臆病で優柔不断な蒼が、いきなりこんな思い切った事をするなどと思いもせず。」

志心は、涙を浮かべて言った。

「蒼は、心優しい男なのだ。我らが、傷を負って必死に戦うのを目の前にして、それが己のせいだと己を責めたのだろう。己の命一つで皆がそんな想いをせずで済むならと…あやつが大切にしておるのは、何も臣下だけではなかった。我らのことも、等しく思うておったのだ。」

嘉韻の肩が傷ついただけで、あれだけ怒った蒼なのだ。

長い間、共に神世を歩いて助け合って来た王達が、傷つけあうのを見て、平気なはずがなかった。

命を懸けて助けたいと、蒼は願ったのだ。

そう思うと、健気に思えて分かっていても、碧黎が許せなかった。

「…主が!蒼の反応を見誤っておらねば、こんなことには!蒼が誠に死んだら、我は主を許さぬぞ!これから、何一つ主の思う通りにはせぬからの!」

焔が、傍目も気にせず涙を流して叫ぶ。

皆が同じ気持ちだったが、維月が言った。

「…父は、蒼の気持ちを助けようとやったことだったのですわ。それが…思いもよらずこんな光景を目の当たりにすることになって。もっと面倒なことになりました。でも、よく考えたら蒼は私と十六夜の息子。命だけで生まれて人の体に宿っておった、もとは純粋な個性のない命でした。やり方があるはずです。」

箔炎は、言った。

「そうなのか?碧黎、蒼は戻るのか。」

碧黎は、頷いた。

「戻る。そもそも月の命は死なぬのだ。維心が黄泉から連れ帰ることさえできたら、門をくぐらずにいたら、こちらへ戻して月へ上げ、実体化して戻る事ができる。少し…慣れるまで時は掛かるが。」

維月は、言った。

「十六夜と二人、入っても大丈夫なのですか?私が場所を空けても良いですが。地になるだけですし。」

碧黎は、首を振った。

「陰の月はそもそもいきなりできるものではない。それに、別に主らの命の大きさならば、いくらでも月に入るわ。維心と十六夜なら、少々幅を取るやも知れぬが、蒼ぐらい。」

そんなものなのか。

炎嘉は、ため息をついた。

「では、蒼のことは問題なく任せるとして、つまりは、我らを本気にさせたかっただけで、主は島を見捨てるつもりはなかったのだの。」

碧黎は、頷いた。

「ない。何のためにここに重要な命を集めていたと思う。だが、最近維心はダレておった。主らは維心に任せきりで必死になることもないし、せっかくの能力が腐りきっておる状態。もし、この先戦などがあった時、いきなり本調子で事に当たるためにも少し、思い出させておく必要があったのだ。維心は此れだけやってもまだ、その能力を全開で使ってはおらぬ。あれが焦って必死になるのも分かる。錆び付いた体で、本来の力を出せるはずなどないからだ。」

錆び付いたと。あれでか。

炎嘉は、目を見開いた。

維心はここを守るため、かなりの力をあの体に秘めているのだ。

志心が、言った。

「…維心一人に任せきりな我らは悪いと思う。だが、あやつを本気にさせることは我らにはできぬ。己の命を落とすからぞ。維心はあれで、我らが殺しに掛かっておるのに手を控える瞬間がいくつもあった。こちらを殺してはとまだ、考えているということぞ。あやつを本気にさせるのは、我らには無理。そう望むなら、主がやるしかない。」

碧黎は、言った。

「…その通りぞ。」

炎嘉は、ハッとした。

つまりは、碧黎は維心の本気の能力を一度思い出させておくために、良い機会とあんなことを言ったのか。

「…だからか。碧黎、主は蒼云々より、これから起こる未知の何かに備えさせるために、維心に思い出させようと思うたのか。己の能力の限界を。」

碧黎は、息をついた。

「その通りよ。蒼はついで。あやつを追い詰めて、髪でも切らせてそれで手打ちにするかと思うておった。そうでもせねば、あやつは敵わぬと我に本気で勝とうとはせぬだろうが。義心に向かって行った、他の軍神達や、維心に向かって行く主らのようにの。」

そうだったのか。

それなのに、その前にこちらで自分達が必死に維心を本気にさせようと戦う姿を、蒼に見せてしまった。

何も知らない蒼は、それで心が折れてしまったのだ。

「…そうか、しくじった。我らもだが、主も。蒼がここへ来たのは間違いだった。主の思惑通りには行かなかった。」

碧黎は、頷いた。

「何事も、我の思う通りに進むことは難しい。此度は主らが思うたより深刻に受け止めた事と、蒼の土壇場の思い切りと勇気を見誤った我の責ぞ。蒼が、戻ると申せば良いが…」と、亀裂の方を見上げた。「…やはり、ごねるよな。覚悟の上で行ったからの。我がまだ、本気で移転をと思っているように思うておる。我も行くか。」

炎嘉が、せっついた。

「何でも良いから行って来い!蒼とこんな形で別れとうないわ!それにしても…どうやって黄泉へ。突然に。」

碧黎は、亀裂へ向かいながら答えた。

「やろうと思うて月にできぬ事はない。蒼はただ、黄泉へ行くと強い心地で願っただけぞ。だから魂魄が体から離れ、あり得ないほど長く使った人の体はすぐに霧散した。体を失った魂魄は黄泉の道へ入った。それだけよ。」

たったそれだけの事で。

皆は思ったが、何も言わなかった。

碧黎は皆に見守られる中、黄泉の亀裂へと入って行ったのだった。


残された、維月は言った。

「…義心、治癒の者をこれへ。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

良く見ると、全員が己で止血はしているものの、あちこち大変な様になっている。

こんなに本気で戦ったのは、遠い前世の記憶の中でもない。

炎嘉は、苦笑して隣りに立つ箔炎を見た。

「主、何やら懐かしい姿ぞ。まだ龍と対峙していた頃に一度あったかの。」

箔炎は、同じように苦笑した。

「かもな。」と、志心を見た。「志心など白いゆえ目立ってしようがないわ。大層な怪我をしておるように見えるのよ、いつなり。」

志心は、笑った。

「父上と共に龍と戦った子供の頃を思い出す。ついぞここまで死ぬかも知れぬと思うて戦った事はなかったわ。やはり、維心は手強い…手強すぎた。」

駿が、脇腹を押さえて呻いた。

「う…何ぞ、急に痛みが。」

岳が慌てて痛み止めの気を発しながら寄って行く。

焔が、顔をしかめながら変な笑い方をした。

「戦っておる時は痛みなど感じぬからぞ。我もなんだかあちこち痛む。結構やられた。」

高彰が、ため息をついた。

「我など一度腕が飛んで慌てて掴んで繋いだゆえ、何やらまだおかしい。ここの治癒の神は優秀であるし、繋ぎ直してもらう。」

維月がギョッとした顔をしたが、漸が笑った。

「我の目の前だったゆえなあ。あ、腕が落ちたわと思うておったら急いで繋いでおったから、その間庇ってやったのだぞ?そのせいで我は手首を半分ほどやられて。今少しで飛ぶ所だったわ。感謝して欲しいほどよ。」

皆笑っているが、維月も軍神達ですら笑えなかった。

それだけの傷を負いながらも、その場で己で治療しながら、戦うのが戦国の常だったのが、透けて見えたのだ。

治癒の者達が急いでやって来る中、維月は何の手当ても無しに黄泉の道へと向かった、維心を案じていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。