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心の誠

維月は、それを聞いて涙を流した。

十六夜が、黙って維月の肩を抱いてルシウスと維心を見下ろしていた。

元は、ルシウスが島の神達と話すというので、不安だから見ておって欲しいと、維心に頼まれて見ていたことだった。

もちろん、維月もルシウスが気になったので、ずっと上からその様子を十六夜と共に見ていた。

ルシウスが維心と二人きりになってまで話したかったのは、維月の事だった。

ルシウスの、他の心を読み取る能力は、維月の無理を感じ取り、それが誰ゆえであるのかも気取っていた。

一刻も早く維月の懸念を消すために、ルシウスはそこへ行ったのだろう。

十六夜は、言った。

《…どうする?お前の性格だったら維心が言うようにルシウス優勢だろうなあとは思う。思っていたより、あいつはお前の事を理解していたんだな。びっくりしたよ。》

維月は、泣きながら頷いた。

《そうなの…。前に会った時も、自分には私が理解できるって言ってたけど、深くは話していなかったし、闇の部分だけだよなって思っていたのに、ルシウスは私の記憶の断片を見ていたんだわ。だから、分かってた。ルシウスは、ただ私を楽にしたいと思っているだけなのよ。》と、涙で霞む視界を整えようと何度も瞬きした。《…維心様がまだ、お心を残してくださっているのは素直に嬉しいと思う。でも…駄目なの、何かが壊れてしまっていて。多分、維心様も同じなのよ。私達、元には戻れないわ。戻っても、きっとこれまでと何かが違う。お互いにまだ、他の相手をと思うと、嫉妬するぐらいには好きなのだろうけど、あれほど想い合っていた時には、きっともう戻れないんだって…。それこそ、記憶を失くしてもう一度、出会いでもしなければ無理かもしれない。前が幸福過ぎたから、きっと比べてしまうのよ。私達…もう、駄目なのかも。愛していても。》

維月自身、ルシウスの気持ちが嬉しくて涙が出るのか、維心との終わりを感じて涙が出るのか、維月には分からない。

十六夜も、慰めることもできなくて、仕方なくまた、二人を見守ったのだった。


ルシウスは、言った。

「…では、我は()ぬ。」ルシウスが立ち上がったので、維心はそちらを見た。ルシウスは維心に困ったように笑った。「…我には、分かったがしかし、これは後は主らの事だろう。」

維心は、訴えるように言った。

「何が分かった。ここまで申したのなら、最後まで申せ。」

ルシウスは、ため息をついた。

「…主は、確かに維月を愛しておる。だが、これまでとは違う。もし、これまでのような溺れる愛情が欲しいと思うなら、一度黄泉へ参って全て忘れて参るしかない。お互いにの。」と、窓から空を見上げた。「…維月も同じ。まだ愛しておるが、しかし前とは違ってもう、同じ場所には戻れない。そんな心地ぞ。後は主ら次第。我には、そこから先は踏み込めぬ。主らが決めるが良い。我にできるのはここまでぞ。」

ルシウスは、維心に背を向けて会合の間から出て行った。

維心は、お互いに愛していても、もうあの時には戻れないと聞いた時、それが真実なのだと悟り、涙が溢れて来て、一人そこで、涙を流したのだった。


ルシウスは、どこへ行けば良いのか分からなかったが、会合の間を出て歩き始めると、急いでさっきの案内の軍神が寄って来て頭を下げた。

「ご案内致します。皆様宴の席にご移動なさっておられまして。」

ルシウスは、眉を上げた。

「宴?話は終わったのに、サイラスは帰らぬのか。」

義心は、困って言った。

「あの、ではサイラス様に直接お伺いくださいませ。我は命じられた通りに。」

ルシウスは、黙って頷いた。

何か知らないが、この神は困っていて、そして一人会合の間に残っている維心を心から案じている。

ルシウスは、歩きながら言った。

「主。」義心は、こちらを向いた。「維心を真に案じておるなら、あれが己から出て参るまで待て。入るでないぞ。」

義心は、驚いた顔をしたが、頷く。

ルシウスは、少し歩いた隣りの、会合の宮大広間へと案内されて行った。


中へと入ると、皆が一斉にこちらを向く。

義心が頭を下げて下がって行くのに、炎嘉が言った。

「主だけか。維心は?あれはどうした。」

ルシウスは答えた。

「あれがこちらへ参る気になるまで待つが良い。」と、サイラスを見た。「主は宴に出るのか?」

サイラスは、頷いた。

「それが礼儀であるからの。主は否か?ならば共に帰るか。」

ルシウスは、首を振った。

「良い、勝手に帰るゆえ。主は居れ。」と、形を崩した。《さっさと帰る。この方が早いのだ。主は行きと同じように輿で戻れば良いぞ。》

真っ黒い大きな霧が塊になって目の前に現れたので皆が思わず己を庇おうとする中、その霧はこちらへ襲い掛かる様子もなく、スーッと流れて霧散して行った。

サイラスは、それを見てため息をついた。

「だわな。あれが宴と座っておるはずはないわな。」

炎嘉は、ソワソワと扉の方を見た。

「…いったい、何を話したのだ。維心は大丈夫なのか。」

サイラスは、炎嘉を見た。

「問題ないわ。ルシウスは頭の良い奴だし、龍王に何かしたら共存などなくなることは知っておる。維月に忠実なのに、おかしなことにはならぬわ。」

そうは言っても気になって仕方がない。

炎嘉は、腰を上げた。

「ちょっと見て参る。」

志心が、それを止めた。

「待て。維心が一人で考えねばならぬと思うておるなら、我らが口出しせぬ方が良いのだ。案じるのは分かるが、ルシウスが言うように己からこちらへ来るのを待つが良い。」

炎嘉は、またストンとそこに座った。

「…あれは、思い詰めるところがあるから。既に維月とルシウスが情を交わしておったりしたら、あれはまだどこかで維月を想うておるようなのに。」

焔が、言った。

「何にしろ、他の宮の奥のことぞ。主に話したければ、出て参る。とにかく待て。」

炎嘉は、ため息をついた。

…いったい、維心は今何を思うのよ。

酒を飲んだが、味がしなかった。


維心は、ひとしきり涙を流した後、顔を上げた。

結局は、それでもやり直そうと思うかどうかなのだ。

一度死んで何もかも忘れて黄泉から戻ったとしても、必ずまた、何かが起こる。

乗り越えられないのなら、いくら愛していても別れるしかない。

何より、自分の中であの、溺れるような愛情とルシウスが表現したあの時は、もう戻らないのだと悟った。

次は、それからなのだ。

それから、自分と維月がどうしたいのかなのだ。

闇の力を持つ維月は、維心がそうと知らずにその恩恵を受け、維心の望みを体現した維月に執心していたからあったことだ。

それを自覚してしまった今では、維月と個として向かい合い、そういった性愛以外の面でも、それが無くても、愛し合っていけるかどうかなのだ。

十六夜と維月は、もうずっとそうして来た。

十六夜が、そんなものは超越したかも知れねぇとか言っていた、その意味が今、重くのし掛かって来る。

碧黎もそうだった。

陰の月が司る欲に属する肉欲も、どちらでも良いという考えで、あっても無くても維月を愛していた。

維心は、それも含めて愛していたのに、闇は拒絶するというおかしな行動をしていた。

維心自身も、維月を愛して行きたいのなら、そうならねばならない。

ルシウスは、言っていた。

…月が神と共に生活するなど、あちらが合わせねば成立することではない。我が、主らに合わせねばこうして対面すらできぬようにの。陽の月なら益しかないが、陰の月は褥の中ぐらいしか益はない。なので、全てを抑圧して生きる選択をせねば無理なのだ。

維月は、それをやっていた。

他ならぬ維心のために、やっていたのだ。

その努力を当然として、闇を否定するなど、本来できないことであったのに。

維心は、維月と話してみよう、と思っていた。

これから先は、自分の番なのだ。

自分が十六夜や碧黎のようになれなければ、もう別れるしか選択肢はないのだ。

維心は覚悟を持って、窓へと歩み寄った。

空は明るく、まだ月はハッキリ見えない。

維心は、思いきって空に向かい、口を開いた。

「…維月。話せぬか…?」

月から、戸惑うような気が降りて来た。

維心は、返答を待った。

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