軍神達
次の日はマーダーミステリーに興じた。
犯人は炎嘉、その共犯者に漸という最強の組み合わせで、維心も最後まで犯人の特定には難儀していたが、渡と関が探し出して来た証拠が揃い、維心は本当に最後の最後で炎嘉にたどり着いた。
それでも持ち前の饒舌さでかなりの神の説得に成功し、とりあえず半分の神は炎嘉を信じた。
最後まで悩んだ蒼は、維心を信じることにして、炎嘉に票を投じたことで、ゲームは真犯人にたどり着いて終わりを迎えた。
炎嘉は、がっくりと肩を落とした。
「…蒼か。蒼が我と維心なら維心を選ぶに決まっておるではないか。説得は無理ぞ。」
維心は、笑った。
「常日頃の関係性よ。主が饒舌に相手を言いくるめることを蒼は知っておるからの。月はそうそう騙せぬぞ?」
漸は、ため息をついた。
「行けそうだと思うたのに。証拠が出揃った時、まずいと思うたがこやつは上手いこと言うゆえ。半分は騙せたのだから大したものよ。」
焔は、プンプン怒って言った。
「炎嘉を信じたのに!もう主の言うことは信じぬからの!」
箔炎は、焔をなだめた。
「我も同じ心地だが、騙された我らが悪い。そういう遊びなのだからの。」
志心が、苦笑した。
「だから維心は間違っておらぬと言うたのに。とはいえ、こうして見ると、やはり炎嘉と維心の組み合わせは最強なのだ。維心が真っ当に攻め、炎嘉は脇から固めて行く。だからこそ、任せられるのだからの。それが分かったのだから良かったではないか。」
高彰が、言った。
「それにしても、関は頭が回るの。ようあの場所に情報がありそうだと判断できたな。ギリギリであったが、間に合ったゆえ我は間違えずに済んだ。我の考えは、本神の言葉より実、証拠優先であるから。あれで迷うことはなかった。」
関は、恐縮して言った。
「は。とにかく必死で。よう考えたら、あの侍女の行動範囲も見ておくべきだと父上に申して。探し出したのは父上でありました。」
渡は、笑った。
「主があそこにあるのではと特定してくれねば、我は探し出すことは叶わなかったわ。昔から、頭の回転の速い奴よ。」
つまり、関は文官タイプなのだろう。
それぞれ、得意分野があるのだ。
その日は、そのまま風呂へと向かい、酒を飲みながら時を過ごして二日目は終えた。
その最中でも、軍神達は訓練場に居た。
義心に指南してもらうためだったが、二日目はマーダーミステリーとかの進行役を務めるのだと、義心は来なかった。
各宮の筆頭軍神達は、お互いに悪いところを指摘し合い、間近に迫った立ち合いの会に備えて必死だった。
今居るのは、龍の宮なので龍の軍神達、そして鳥の宮の嘉張、鷹の宮の佐紀、鷲の宮の弦、白虎の宮の夕凪、犬神の宮の貫、月の宮の嘉韻、獅子の宮の岳、高彰の宮の大伊、翠明の宮の勝己、公明の宮の太弦、樹伊の宮の貞士、そして渡の宮の清だった。
今のところ、義心が居ない場では夕凪が一番に勝ちを上げていて、その次が嘉韻、次いで貫、嘉張という風に、大方の予想の通りの勝ち星の数だった。
皆の練習を見守っていた、帝羽が言った。
「皆、少し休憩して冷たい茶でもどうか。侍従が準備してくれておる。」
声を掛けられて、宙で立ち合っていた皆は振り返った。
そうして、夕凪が真っ先に降りて来て、帝羽の前に降り立った。
「すまぬな、帝羽殿。つい夢中になってしもうて、声を掛けられねばそんな事も忘れてしもうておった。確かに少し、休んだ方が良い。」
帝羽は、微笑んだ。
「主らの心地は分かるゆえ。我だって、では次席も立ち合えとか言われたら、今頃は気が気でなかっただろう。とはいえ、義心が居らぬからな。本日は、お役目を戴いて王達のお世話をしておる。」
降りて来た、嘉張が言った。
「ああ、王が話しておられたのを聞いたことがあるが、犯人捜しとかいう遊びであろう?何やら宮で事件が起こって、その犯人を当てるのだとか。己が犯人役に当たる時もあるのだと、王は楽しみにされておられた。」
帝羽は、苦笑した。
「こちらは準備にてんてこ舞いぞ。とはいえ、皆様がお楽しみになるのならこれよりはない。」と、空を見上げた。「そろそろ、日も傾いて来ておるし、終わるのではないかの。義心が戻って参るだろう。主らは、まだ続けるのだろう?」
それには、弦が頷いた。
「あれに指南してもらわねば始まらぬ。我が王は、何しろ勝ちを求めておられて。我とてそろそろ歳であるし、ならば王は龍王様に勝てるのかと愚痴りたくもなるのだ。」
弦は、焔の筆頭軍神だ。
帝羽は、笑った。
「こら、焔様が聞かれたら何とする。まあ、我が王に勝てる神など居らぬから。義心も、その王を目指して精進してあのようになった。主らも、諦めずに励むよりないわ。」
弦は、鼻を鳴らした。
「死ぬまでその域には参れぬような気がするものよ。」
王と軍神は、似て来るのだな。
そんな様を見て、帝羽は思った。
夕凪が、言った。
「弦、そのように愚痴るでない。我だってそう若くもないが励んでおるのに。そうそう、嘉韻も相当な歳であるよな。老いが止まっておるから。」
嘉韻は、美しい顔でフッと微笑んだ。
「そうよ。だが我が王は、別に勝てぬでも問題ないとおっとりされておって。この訓練も、行きたければ行けば良いが、無理をするなと仰せつかっておるほど。」
嘉韻の王は蒼なので、それはそう言うだろう。
獅子の宮の、岳が言った。
「蒼様ならそうおっしゃるだろうの。我が王は、別に全部勝てとは言わぬが、無様な姿だけは見せてくれるなと仰せで。主らは皆手練れであるし、必死にもなる。」
それは、どこの王も言うだろうし、言わなくても思っていることだろう。
もちろん、蒼以外だが。
そう思うと、嘉韻が長生きなのは、蒼が王だからのような気もして来る。
何しろ、蒼ほど臣下思いの王は居ないのだ。
「嘉韻は羨ましいのう。我は、よう燐様にお届け物などで月の宮へ参るが、主らはしょっちゅう休みがあるよの。七日に二休とか。」
弦が言うのに、嘉韻は苦笑した。
「確かに、月の宮に軍というものが出来てから、そうなったと聞いておる。人世がそうなのだそうだ。だが、王が龍の宮でも七日一休を導入したゆえ、他もそうなって来ておるのだと聞いておるが、鷲の宮では違うのか?」
弦は、ため息をついた。
「そう。うちの宮でも王がそうせよと仰った。だが具体的にそれをするには、うちはやる事が多過ぎる。うちの領地は山岳地帯のこともあって、見回りに多くの軍神を駆り出す必要があっての。見ることが多いのよ。」
それには、夕凪が嫌な顔をした。
「あー、山か。面倒だよの。岩とか木々とか川とか面倒がよう起こるし。」
弦は、夕凪を見て何度も頷いた。
「分かるか。そうなのよ、何ならうちは、宮自体が山にへばりつく形で建っておるから、誠に大変で。ゆえ、軍神はいくら居っても足りぬほど。それなのに、休めと申すわ出掛けるから警護に行けといきなり申すわ、物を持っていけと申すわで、そんな暇がないのよ。お蔭で皆、休みの代わりの品をもらうので、宿舎が満員ぞ。消費する暇もない。」
そんなに大変なのか。
皆は、同じ軍神なだけに、弦の気持ちが分かって同情気味に弦を見た。
「主…大変だの。そんな時に、筆頭軍神の立ち合いの会か。」
夕凪が言うのに、弦は頷いた。
「そう。我もそろそろ退役かとか言うておったが、できぬ。訓練しておる暇もないほどあちこち忙しいのに。此度はなので、助かったのだ。こうして任務でついて来ている場所で、訓練できるからの。」
もしかしたら、鷲の宮はあれこれ見直す機会なのかもしれない。
王達は、最上位の宮を精査に行ってはいないが、もしかしたらこの機会に手が入るかもしれないのだ。
嘉韻は、そんな弦が気の毒に思えて来て、少し蒼に、雑談程度にこの事を話しておこうと思っていたのだった。




