誰にするのか
維月は、妃達と共に頭を下げた。
「王。ただ今戻りました。」
維心が、答えた。
「待っておった。几帳の中へ。」
維月は頷いて、シズシズと几帳へと進んだ。
テーブルの前に並んで座るのを待って、維心は言った。
「今、渡の宮に指南に参る女神の話をしておったのだ。渡は娶るつもりはないと申すし、ならばそれほど構える事もなく派遣できるかと話しておっての。ただ、婚期もあるゆえ、あくまでも数人に絞って本神の意思を聞きたいのだ。今、美穂の話をしておったのだが、どう思う。」
維月は、答えた。
「美穂殿ならば、綾様がご教育に携わっておられるので、問題ないかと。ですが、やはり緑翠様のご意見も聞かぬことには、我には何とも。」
炎嘉は、頷いた。
「そうだの。後は、ここには居らぬが覚の娘の夏音も、天音ができるし想像はつく。恐らくいけると思うておる。」
箔炎が、言った。
「後は快都の娘の茉奈だが、想像が付かぬよな。あやつは誰を娶っておったかの。」
渡が答える。
「快都の妃は瀬奈。峽の妹ぞ。」
ならば、二番目の宮の皇女。
「だったら問題ないの。峽は天音の父だし、瀬奈は天音の叔母ぞ。しっかり躾られておると見て間違いない。」
志心は、頷いた。
「では、その三人ぞ。」と、公明を見た。「楓は否よな?主の先ほどの反応から見ると。」
公明は、答えた。
「は。何しろあれは宮の役に立っておって…公青に手が掛かるので、かなり手伝ってくれておるので。」
ならば外そう。
皆は、頷き合った。
「では…渡が娶らぬと言うし、婚姻ではないと通達した上で、指南に行けるかどうか宮に問い合わせようぞ。」
しかしそこで、綾が言った。
「…お待ちを。」皆が、こちらを向く。綾は続けた。「王、確かに志穂が炎月様に嫁いで長く、美穂は歳も離れておるとはいえ、宮の中だけしか知りませぬ。このまま嫁いで世間知らずと言われるのではと、我は案じておりましたの。ですから、一度渡様の宮へ参って、腕試しをしてからでも良いのではないかと思うのです。」
翠明は、驚いた顔をした。
「え、主は美穂を渡の宮へと?」
綾は、頷いた。
「はい。婚期の事は、確かに気になることではありますが、あの子ができると思うておるのは我らだけ。実際に宮を回した実績がありませぬ。ですから、渡様の宮で実績を積めば、嫁ぎ先も自然あちらからやって来るのではないかと。このまま宮の中に置いておっても、あの子の存在を見ていただける機会はありませぬ。我としては、美穂に行かせるのが、あの子の幸福への道ではないかと思うのです。」
翠明は驚いているが、維月には綾の言っている事が分かった。
渡が、思っていたよりずっと妃を大切にする王なので、ここは接しさせて嫁ぐ方向に持って行きたいと思っているのだろう。
翠明は、言った。
「…主がそう申すのなら、確かにこちらは助かるがの。ならば、まずは話を持ち帰って美穂と緑翠に聞いてみるか。基本、受ける方向で。」
綾は、頷いた。
「はい。良いお話だと思いまする。」
妃達の方では、綾の気持ちは理解していたが、王の方では何の事やらと呆気に取られていた。
炎嘉が、言った。
「ま、まあ、綾がそう言うてくれたらこちらは助かる。志心の娘の子であるし、何より姉の志穂がそれはできた皇女であるからな。見なくても美穂ができるのは分かっておるから。」
維心は、頷いた。
「ならばそれで。もし、美穂が絶対否とか申したら、残りの二人に問い合わせようぞ。」
焔が、言った。
「決まったの。」と、続けた。「では、何をする?楽は飽きたな、他のものが良い。」
「もう夕刻であるのにか?」志心は、苦笑する。「では、何をするかのう。汗をかくものは否ぞ、風呂に入ったばかりだし。蒼、何かないか。」
蒼は、苦笑し返した。
「オレですか?そうですね…双六でもします?」
箔炎が言う。
「今から人の人生をやるのか?疲れるではないか。」
「ならば主は見ておれ。」焔が言った。「蒼、持って来させよ。」
蒼は頷いて、維心を見た。
維心も、苦笑しながら頷き返したので、蒼は持って来ていた双六を、こちらへ持って来させることにしたのだった。
それから、結局箔炎も入って双六に興じた。
焔は相変わらず出目に嫌われてなかなか上がれず大騒ぎだったが、今回は意外にも漸が一番乗りで上がった。
渡はまた意外にも堅実に進むルートを選択し、真っ先に上がる事はなかったが、漸の次にそこそこの財を築いて上がった。
綾が、隣りの維月に小声で言った。
「…渡様を誤解しておりました。あの方は、見た目ほど粗野でも考えなしでもありませぬ。あの進み方を見ても分かります。加えて、妃に対する考え方。我なら適齢期の娘を持っておったら、まずあの方を選びますわ。」
維月は、頷く。
「はい。当初は何と粗暴な方かと思うておりましたものを。ご記憶を戻されて、更に良い方向に変わられたようにお見受けしますわ。本来のご性質も分かりましたし、良いご縁かと。」
椿が、言った。
「うちの菖は鷹でありますから、龍と同じく他の種族に嫁ぐ事ができないのが口惜しいですわ。王は、軍神に降嫁させるおつもりのようですけど。」
維月は、頷いた。
「確かに。我らは同じ種族の子しか生みませぬから。仕方がありませんわ。」
王達は、ワアワアと誰が一番だと騒いでいる。
妃達は、それを見て顔を見合せて、困ったように笑いあっていたのだった。
双六が終わった頃、もう月が高く昇っていたので、全員で控えに戻って行った。
維心と維月は、二人並んで奥宮の王の居間へと戻って来た。
明日は、犯人捜しだと皆喜んでいたので、維月はその準備を鵬に命じて、義心と臣下達は今頃、一生懸命励んでいるはずだった。
維心の着替えを手伝って、維月は言った。
「…渡様には、驚きましたわ。思うておったより、ずっと思慮深いかたなのだと、妃の間では思って見ておりましたの。」
維心は、クックと笑った。
「そうだの。那佐の頃は、とにかく戦うのが好きなヤツ、という印象であったが、よう考えたらあやつは討った相手をいちいち弔ったり、忙しい奴だった。気の良い男だったのだな、と今は思う。あの頃は、面倒なことばかりもの好きなヤツだなと思うておっただけだったがの。双六の進め方を見ても、案外に考えるヤツであるのだなと思うた。」
維心は、そう言いながら渡が女の気持ち云々言っていた事を思い出したのだが、維月には言わなかった…何も言われなくても、そうやって考える王も居るのにと、自分が責められるような気がしたのだ。
だが、維月は維心の着替えを終えて、言った。
「終わりましてございます。」と、自分も着替え始めながら、続けた。「それだけではありませぬの。我ら、王達が話しておるのを、扉の外で聞いておりました。渡様は、誰に促されるわけでもなく、我ら女の気持ちを考えてくださるお心の深いおかた。亜寿美様に聞きましても、嫁いだ初め、よく声を掛けておったようなのです。帰りたいならなんとでも理由をつけていつでも里へ帰してやるゆえ、できる限りやってみよと。亜寿美様は、それをよすがに励めたのだと申しておりました。ですから、誠にそういうお考えのかたなのですわ。だからこそ、綾様も美穂殿と、あわよくばとお考えになって、あのように仰ったのだと思います。」
そうだったのか。
維心は、話に夢中になって妃がそこまで戻っているのを見ていなかったのを後悔した。
自分達が誰かを嫁がせるとか平気で決めるのに、渡がああして庇う考えの王だと知られてしまったからだ。
「…だからか。とはいえ、渡のように考えておっては神世は回らぬのよ。我は必要であるから婚姻など命じたりする。あれは、そんな環境におらなんだだけで。」
維月は、苦笑した。
「維心様をお責めしているわけではありませぬわ。分かっております。ですが、年頃の皇女を持つとしたらあのような王に嫁がせるのが一番だと思うこともまた、ご理解いただきたいのです。大切にしていただけると、保証されておるようなものですから。」
責めてはいないと言うが、維心は自分が責められているような気がした。
そんな維心の心情を感じ取って、維月はそれ以上、渡のことは話題にしないことにしたのだった。




