気遣い
妃達は、楽しく風呂で話していた。
亜寿美も、父王が思ったよりずっと礼儀に明るかったので、肩の荷が降りたようだ。
風呂で浴衣を着ないのには驚いたようだったが、開放的な様に喜んでいた。
「…それにしても、お父様は我には何もお教えくださらず。気が付いたら礼儀がまずいと言って、ならば香合わせと琴だけでも己が教えて送り出すと言って、それまでは嗜む程度でしたのに、関様との婚姻が決まった後もそれは厳しくて。お母様がご無理なのが分かっていらしたのなら、我を他の宮に行儀見習いに出して欲しかったと思うほどです。」
確かにそうかも。
皆は思ったが、言った。
「それでも、初様が在りし時にいろいろお教えくださったのでしょう。これから励めば良いのですわ。御父君は優れた神であられるようですし、これからですわ。」
綾が言うのに、維月は頷いた。
「その通りですわ。渡様も…そういえば、ご指南役にいろいろな姫の名が挙がっておりましたけれど、まだ決まっておりませぬの。渡様は妃を娶るおつもりはないのだと仰っておるので、本当に指南だけなのですが。綾様、そちらの宮の、美穂殿の名も挙がっておりましたわ。」
綾は、驚いた顔をした。
「まあ、確かに緑翠の皇女で我も躾に携わりましたが、確かにあの娘は、我が申すのもですがかなり出来る子ですわ。歳は、280で…嫁ぎ先を探しておる状況で。宮に上がっておったら、また婚期が遅れるやもと案じられますけれど。」
維月は、頷いた。
「あくまでも幾人かの中のお一人に過ぎませぬ。北西の方々の名もありました。あくまでも王達がお決めになるかとは思いまするが。」
亜寿美は、言った。
「綾様の、縁の方なら我も安心して教われるのですが。確かに、嫁入り前にとはご無理を言えぬ状況でありますね。」
綾は、困ったように微笑んだ。
「何事も王がお決めになることですし、美穂も志穂が嫁いでからは退屈に過ごしておるようです。それならいっそ、誰かの役に立つことをとも思うのですが…本神の意思を聞かぬことには。」
何年かかるかわからないものね。
維月は、思った。
300を過ぎると、本当に政略でぐらいしかなかなか話が来なかったりするので、せっかくの出来る皇女なら、良い場があれば嫁いだ方がと思うのだろう。
椿が言う。
「他には、どなたのお名が?」
維月は、答えた。
「そうですね、こちらの島の皇女でありましたら、公明様の御妹君の楓様のお名もありました。覚様の第一皇女の夏音様も。天音様がいらしたら、きっとお気を揉まれたのでしょうけれど。」
桜は、驚いた顔をした。
「まあ、楓殿も?確かに、楓殿は350におなりで、公明様がもう、嫁ぐのは良いから何か宮の事をと先日申されておりましたわ。楓殿は公青のお世話も手伝ってくださるし、誠に助かっておりますの。」
ということは、手が掛かると聞いている公青の世話係が減る事になるので、楓に決まると桜は困るだろう。
「…気が揉めますこと。」維月は、言った。「それぞれ今のお役目を降りて渡様の宮へ参られる事になりまするし。ご無理を言いたくありませぬ。とはいえ、王はお構い無く決めておしまいになるだろうし。」
綾が、苦笑した。
「何事も王が仰るように。我らは、何があっても責任を取る事はできませぬ。ここは信じてお任せするのが良いかと。」
綾の言う通りなので、皆は頷いた。
だが誰に決まるのだろうかと、内心気になって仕方がなかったのだった。
王達は、先に風呂から上がってまた、応接室に戻っていた。
そこで、蒼が持ってきてくれたビールを皆で飲みながら、座って妃が戻るのを待っていた。
志心が、言った。
「…そういえば、話の途中であったの。」何のことかと皆が顔を上げるのに、志心は思い出させようと言った。「そら、指南役ぞ。渡の宮の。」
そうだった、と炎嘉が言った。
「そうだったの、皇女よ。奥を取り仕切ることが出来る女神がどれぐらい居るのかと鵬から聞き出そうとして…横槍が入った。」
維心が、答えた。
「ああ、先ほど聞いて参ったのよ。きちんと躾られておって問題なく宮を回せそうな皇女は居らぬかと。緑翠の第二皇女、美穂280、公明の妹の楓350、北西の宇洲の第三皇女の庄子300、彰炎の皇女の結華250、麗華300、聡華310、快都の第二皇女、茉奈230、覚の第一皇女、夏音200。面識があるのはそれぐらいかと。」
皆が、目を丸くする。
「え、楓でありますか?」
公明が、言った。
「まあ、候補というだけよ。」維心は、言った。「この中からではないかと。」
炎嘉が言う。
「彰炎の娘は華やかでこれ見よがしに美しいが、宴に連れて来ておったのをチラと見ただけであるからな。彰炎は妃が多くて、宮にはまだまとめて売るほど居るとか言うておったゆえ、しっかり躾まで手が回っておるのか疑問ぞ。宇州の娘達は、瑤子も燈子もあれだけできるのだから庄子もできると分かるが、上の二人がこちらへ来てアレであるし、確かに燈子は高彰の母親なので安定して生活しておるが、瑤子を不幸にしてしもうたゆえなあ。声を掛けづらいわ。」
駿が、渋い顔をする。
瑤子を不幸にした張本人が、駿だからだ。
「…まあ、北西には最後の手段として、志心よ。美穂はどうか?」
志心は、首を傾げた。
「嫁にやった娘の子であるし、我はあれが里帰りして来た時ぐらいしか顔を見ぬからなあ。翠明の方が知っておろうが。」
翠明は、うーんと唸った。
「もちろん、綾が躾に携わっておるからいろいろ完璧ぞ。ただ、最近綾は美穂の嫁ぎ先に悩んでおったし、指南役としての役についておったらそれもままなるまい?良いと申すかどうか。」
渡が、先に言った。
「だからといって、娶れとか申すなよ。若い女神が我になど哀れではないか。考えてもみよ、我はこのようだがもう六百を過ぎて七百近く。またいつどうなるか分からぬのに。」
炎嘉が、言った。
「あのな、我が幾年生きておると思うのよ。まだ七百ほどならまだまだ死ねぬわ。己だけ楽になろうとするでないわ。」
渡は、ウーと唸った。
「主らは嫁ぐ女の心地を考えてやらぬからぞ。顔も見たことがない男に嫁げなど、乱暴だとは思わぬか。初だって…父王同士が勝手に決めて来て、あやつは婚礼の初対面の時、あれだけ気強い女であるのに怯えてガタガタ震えておったのだぞ。あまりに哀れで、その時妃はあれだけにしようと決めた。」
皆が、呆気に取られて渡を見た。
関も、まさか渡がそんなことを思っていたなど思いもしなかったので、呆然としている。
「え…だが、初は死んだよの?それでもあれだけと?」
焔が言うのに、渡はイライラと言った。
「だからそういうことではないと言うに。初のことはもう良い、死ぬまで面倒は見たからの。ではなくて、その皇女よ。我のことなど想うてもおらぬのに、必要だから嫁げとは乱暴だと申しておるのだ。どうしても我に嫁ぎたいと言う女が居ったら考える。主らが勝手に決めるでないわ。女をなんだと思うておるのよ。」
渡は、こんな考えなのだ。
あまりにも雰囲気と違い過ぎて、皆が言葉をつげずに居ると、扉が開いた。
「王妃様、お戻りでございます。」
鵬が告げた。
その少し前、維月達は風呂から上がって楽しく話しながら戻って来た。
扉の前に到着した時、ふと、中の話が聴こえて来た。
鵬が維月に気付いて声を出そうとした時、維月は手を上げて静かにとそれを制して、じっと中の話を聞いた。
自然、女神達も静かになって、維月に倣って耳をそばだてる。
すると、王達は、渡の宮に派遣する皇女について、話し合っていた。
維月は、囁くように言った。
「…少し、聞きましょう。」
皆は、頷く。
中からは、娶る娶らないの話が聴こえて来ていた。
何より驚いたのは、渡の考えだ。
誰に強制されるでもなく、渡は女の気持ちを考えることのできる神らしい。
あまりにも意外過ぎて、皆が顔を見合せるほどだった。
「…まあ。」綾が、ため息のように言う。「渡様は、あんな風なのに何とお優しいご気質であられることか。」
亜寿美は、頷いた。
「…はい。あの、関様はそうでもないのですが、渡様はよく、嫁いだ初めはお声を掛けてくださいました。」え、と皆が見ると、亜寿美は続けた。「つらくはないかとか、里に帰りたければ秘かに言うたらいくらでも理由をつけていつでも帰してやるから、できる限りやってみよ、と。いつでも帰れると思うたので、初様が厳しくとも、我はがんばれましたの。」
ということは、渡は不器用なだけで、その実とても優しいのだ。
「…でしたら、美穂をお任せするのにこれよりはありませぬ。」綾は、言った。「世にあんな考えの王は他にそう、居りませぬから。」
維月は頷いて、鵬に頷き掛けた。
鵬は、言った。
「王妃様、お戻りでございます。」
そうして、妃達は王達が居る応接室へと足を踏み入れた。




