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かつての神

「蒼が話したいと?」

維心は、政務も一段落して居間へ戻って来たところだった。

維月は、深刻な顔で頷く。

「はい。月から先ほど申して参って。焦っておるようで、こちらに来るより月から話した方が早いと話し掛けて来ましたの。」

維心は、何事かと思ったが、月の宮が揺らぐ事などないので、そこまで緊急でもないだろうと頷いた。

「そうか。とりあえず着替える。」と、わらわら入って来た侍女達が、着物を捧げ持っているのを見もせずに、棒立ちになった。「それから話そう。」

維月は、急ぎと言ってるのにと思いながらも、維心を着替えさせるべく帯に手をかけた。

「はい。」

早く終わらせたら良いのだ。

維月は、ちゃっちゃと動いていつもより数段速い速度で着替えさせ始めた。

侍女達も、維月の手元を見て的確にサポートしてくれる。

維月の侍女と維心の侍女は、皆おっとり動く事もできるが、速くしなければならない時の連携は素晴らしい。

もう、こんなことには慣れているのだ。

他の侍女では、こうは行かなかった。

維心は、苦笑した。

「何ぞ、宮の存続に関わるような事ではないのだろう?」

維月は、手を止めずに頷く。

「はい。ですが、出来る限り早く対策を取った方が良い案件でありまして。」

維心は、いったい何だと眉を寄せた。

「早く?蒼が決められぬことか。」

維月は首を傾げた。

「いえ、蒼はもう決めておりますが、とりあえず維心様にお聞きしておかねばならないと。」

何だろう。

維心は、そう言われると気になって来た。

維月は、最高速度で維心を部屋着に着替えさせ、頭を下げた。

「終わりましてございます。」

維心は、頷いて維月の手を取ると、椅子へと収まった。

「それで、蒼。聴こえるか。」

蒼の声が答えた。

《はい、維心様。すみません、お疲れのところ。》

維心は、首を振った。

「疲れてはおらぬ。何事よ?」

蒼は答えた。

《はい。あの、今うちに柊が参っておりまして。》

柊?

維心は、眉を寄せた。

「ほう。主は確か、去年から柊とは仲が良かったよの。それで?」

蒼は言った。

《はい。それが、此度は柊は一人で参って。漸と諍いを起こしたようで、こちらに置いて欲しいと申すのです。オレは、別に燐だってそれでここに置いてるし、別に良いんですけどね。》

諍い?

維心は、柊がかなりできた皇子であったのを思い出していた。

漸の方が見ていて子のようで、ゆえに反面教師でああなったのかと思っていたものだった。

「主のところは駆け込み寺か。とはいえ、まあ主が良いならしばらく置いてやるが良いが、柊は今のところ跡取りであるからな。戻らねばならないが、漸はまた何をやったのだ。確かにあやつの適当で面倒を嫌う性質は、堅実そうな柊とは合わぬだろうがの。」

蒼が、言いにくそうに言った。

《それが…その、来年柊は成人でしょう?それで、宮でその話になった時に、そうしたら対外的なものも、半分やれと言ったみたいで。本来丸投げしたいとか言って。伯は反対したようだし、柊もどこの世界に宮の大事を皇子に丸投げする王が居る、とキレて出て来たみたいなんです。》

宮と宮との付き合いを皇子にか。

維心は、ため息をついて額に手を置いた。

「…まあ、あやつは面倒がっておったしな。己がやりたい事だけやって、後は柊にと考えたのだろう。全く…侍従の中に放り込まれて、少しはましになったようだったのに。慣れて来たらそれか。」

蒼は、頷いたようだった。

《はい。どう致しましょうか。オレは別に、頼りになる神が増えるし居てくれて良いですけど、今維心様が仰ったように跡取りですからね。でも…柊の気持ちを考えたら…。》

まあ、できる皇子なのだから父親の不出来な様には辛抱堪らぬわな。

「…それでも、父王と共に宮を守るのが皇子の務め。王族は、己を殺して臣下民のために宮を守って生きねばならぬ。柊ならそれが分かろうが…それでも出て来たのだろうから、大概堪忍袋の緒が切れたのだとは分かるがの。父王が愚かなら、斬ってでも宮を守らねばならぬのよ。宮を捨てる事は、己の責務を捨てる事と同義よ。早々に黄泉へ戻る事になるぞ。忘れておるだろうが、黄泉から出て参る時に、必ずそこに生まれて何をするのだと決めて来ておるからの。それを成せないと、地上に居る意味はない。」

蒼は、しばらく黙った。

十六夜が、割り込んだ。

《…維心、お前ちょっとこっちへ来い。》維心が、眉を上げると、十六夜は続けた。《柊が話したい事があるってよ。》

維心は、また面倒だなと言った。

「あのな、我は龍王であるぞ。話があるなら己が来いと申せ。」

十六夜は、言った。

《あー!もう面倒だな!》と、目の前にパッと柊が出て来た。《ほれ。これでいいか?》

良くない。

維心は思ったが、当の柊も仰天した顔で回りを見回した。

そして、目の前に維心が居るのを見て、慌てて膝をついた。

「も、申し訳ございませぬ!このような無礼な事になるなど、思いもせず!」

維心と維月は、驚いて固まっていたが、もう仕方ないと言った。

「…良い。主のせいではない。十六夜がいきなり運んだのだ。」と、椅子を示した。「座れ。それで、話したい事とは?」

柊は、心ならずも自分がとんでもなく無礼な事をしたのが分かっているので、そのまま答えた。

「は。実は我は、前王怜の第二皇子、柊の記憶を持って生まれた神でありまして。」

維心は、え、と目を見開いた。

「主、あれの兄の柊か。」

柊は、頷いた。

「は。誠に弟の行いで皆様にはご迷惑をお掛けしており、申し訳なく思うておりまする。」

そうか、だからか。

維心は、幼い頃に政務を丸投げされてそれをこなしたという話に、いくら優秀でもそんなことがと思っていたが、前世の記憶があるからできたのだと思った。

この落ち着いた様も、それゆえなのだ。

「…そうか。とにかくもう良いゆえ、座れ。」言われて柊は、やっとおずおずと椅子へと座った。維心は続けた。「こと、最上位に到っては、そういう事が多いゆえもはや驚かぬ。漸が樂であるのは知っておるか?」

柊は、頷いた。

「は。それは黄泉から来る前に父が申しておりましたので。ゆえに、案じずとも大丈夫だろうから下りぬで良いと言われたのですが、あれに王座に座れと言うたのは我であるので。性質を知っておりましたし、案じて降りたのです。そうしたら、思うておった以上にあんな感じで。己が兄であることを明かして、宮を出てしまい申した。やればできる奴なのは知っておるのですが、何しろやらぬので。」

維心は、ため息をついた。

確かに、マーダーミステリーをした時でもわかったが、漸は優秀な男だった。

あれこれ気を回す事も、その気になれば難なくできる。

それだけ優秀なのだが、如何せん面倒を極端に嫌うので、やればできる事も、やらないのだ。

「あれができる奴なのは知っておる。これまでいろいろ見て参ったしな。だが、何しろ面倒がって、ともすればまた引っ込むのではないかと我らは危惧して強う言えぬでな。少しずつでも変えて行けたらと会う度忠言するのだが、それがまた面倒なのだろう。とはいえ、どうしたものか。松も関係を解消したし、こちらの事を教える者が側におらぬ。王として、大した理由もなく責務を皇子に丸投げなど、こちらではあってはならぬ所業ぞ。」

柊は、言った。

「それは、いくら犬神の宮でも同じでありまする。王が王としての務めを果たさずで、何故に王かとなり申す。ですが、今の漸にそれを申したら、我に譲位をとか言い出しそうで、言えぬでありました。我は、王になりとうて戻ったのではありませぬから。今は、伯や貫がまだ若く、宮を抑えておるので漸もあれで王として君臨できておりますが、あのまま行けば長い王族の生、伯や貫も老いて力を失くします。王座を巡って面倒が起きるのではと危惧しております。」

そうなるわな。

維心は、他神の宮の事まで面倒見きれぬと思ったが、しかし神世に戻ったばかりの宮だ。

その辺の宮ならいざ知らず、力があって最上位に据えた宮。

勝手にしろと放置するわけにも行かなかった。

「…あい分かった。」維心は、言った。「とりあえず他の王達と話してみるわ。主はしばらく蒼の厄介になるが良い。あそこには、同じ理由で宮を出て、その後に和解したが戻っておらぬ鷲の宮の皇子である、燐が居る。話が合うだろうし、燐とも話しておくが良い。焔も大概漸のような性質でな。だが、あそこまでではないし、やることはやっておる。今では宮の中でも落ち着いた様子らしい。漸もそうなるように、心根を正せるように考えようぞ。」

柊は、頭を下げた。

「は!誠にお手間をお掛け致します。」

言うが早いか、柊はその場から消えた。

どうやら、十六夜が回収して行ったようだった。

維心は、大会合が近いので、その時にでも話すかと、また大きなため息をついていたのだった。

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