後日談
めでたく雪都と両想いになったあと、仕切り直してお祭りを楽しんでいたら。
雪都の高校の友人だという初対面の男女二人に遭遇した。
「そのかんざし可愛いね~。浴衣と同じお店で見つけたの? 私もクリップじゃなくてかんざしにすれば良かった~。あ、お店のアドレスだけ教えてくれないかな」
緋菜海の左腕に腕を絡めながら、鮮やかな水色浴衣の藤堂 沙織子が器用に空いた手で巾着からスマホを取り出した。
「いやこれ、琉球ガラスでしょ。沖縄で沖浜が熱心に選んでたじゃん」
緋菜海の右側からかんざしをじっと観察して、黒地に縞模様の浴衣を粋に着こなす黒澤 玲が目を細めてにやりと笑った。
「えっと。お土産で先月ゆきちゃ……沖浜君が送ってくれまして」
ぐいぐいくる二人に両側を固められて、緋菜海は若干引きながら答えた。
いつものゆきちゃん呼びはまずかろうと、彼らに合わせて雪都を『沖浜君』と呼んでみる。出会った時からゆきちゃん呼びしかしてこなかったので、違和感が半端ない。
「ゆきちゃんだって!! きゃわいいっ」
「俺たちが呼んだら、目からブリザード放たれて殺されるな」
「え。ゆきちゃんの目からはブリザードは出ないよ?」
雪都は涙くらいしか出せない。そのはず。思わず首を傾げる。因みに緋菜海の親戚には、ビームを出せる魔界人が居る。
「違うのよ緋菜海ちゃん。沖浜君は優しい草食系に見せかけて、その実、敵対者には虫を見るような目も出来る万能系主席合格野郎なんだよ」
「なに沙織子、まだ入試で主席取られたの根に持ってんの。二年以上前でしょ。……まあ、ブリザードは出なくても、秋波を目で封じるくらいはやるから。視線一つで告白すらさせないって凄いよな」
二人が語る高校での雪都は全く想像がつかなくて、緋菜海は少しだけ疎外感に蝕まれそうになる。
「僕はな~んにも変わってないよ。ひなちゃんが大好きな雪都のまんまです」
けれど後ろから抱きしめられて、もやもやした思いはすぐに霧散してしまう。
告白から先、雪都は手つなぎよりもひっつき虫になっている。ちょっとだけ暑い。あと恥ずかしい。
「ゆきちゃん……人前ですけど」
緋菜海は赤くなりながら振り返った。
「うん。でもこれから数年分のひなちゃん補給しなきゃだから仕方ないよね」
そのまま緋菜海は五分ほど、本日二回目になる雪都からのホールドに耐えた。勿論一回目は、秘密を告白した木の上である。……冷静に考えると木の上ってどうなんだろうか。
「ほんとかんざし似合ってる、可愛い。僕の用意した物を身につけてくれるとか、これは全部僕のものに等しいよね? 嬉しい。会えて幸せ、大好き」
「あ、ありがとう? 私も会えて嬉しいよゆきちゃん」
緋菜海は雪都がいつもの僕という一人称に戻っていることに、密かにほっとしながら答える。何故だろう。種としては圧倒的に緋菜海が強者のはずなのに……。
「うわー本当に別人! あの駅前にたむろしてた女子どもが見たら発狂すんだろ」
「発狂する前に今遭遇したら、人格否定で彼女達全員を再起不能にしちゃいそうだなぁ。僕の彼女さんを悲しませた訳ですし」
「彼女……」
「中学卒業の時に告白したけど、それとなく保留にされたんだよねー」
――ね、根に持ってる! めっちゃ根に持ってるっ。
そうなのである。
実は進路が別れる中学の卒業式、緋菜海は雪都に告白されていたのだ。
「だって、お付き合いしたら打ち明けないなんて不誠実だから……」
「うんうん。だから打ち明けてくれた今は、お付き合いしてるってことだよね! えっと、三十分前から恋人同士ってことでいいのかな」
腕時計を見て、付き合い始めの時刻をチェックするのはどうなのだろうか。
その後二人だけで屋台を回った。
人ごみの中、左手を雪都の右手としっかりと繋いで歩く。流石にホールドのままじゃなくてほっとした。蛇族の特性で汗をかかないとはいえ、密着は緊張するし歩きづらいので。
いつもなら目当ての屋台が近づくと、何も言わずに雪都は止まって振り返り「ひなちゃん、今年も七夕仕様のわたあめだよ。お土産に買ってくよね?」そう聞いてくれるのに。
今夜は全く目に入らないらしく、通り過ぎてしまった。
家の玄関まで送り届けてくれて、はっとした顔で青褪める雪都は可愛かった。
恋人同士になって初めてのデートが嬉しくて、緊張しているのは自分だけじゃないって分かって、かなり嬉しかったのは緋菜海だけの秘密だ。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
時間との勝負に足を取られた感じです。当日に書くスリリングさよ……。
『おまけ』
その後二人がどうなったのかというと。
インターン研修と称して予想よりもずっと早く、在学中から雪都は魔界に出入りし始めた。というより、ちゃっかり緋菜海の生家に居候までしている。
因みに魔界に戻った緋菜海は全開で序列を上げて、魔王候補に名を連ねるまでになってしまった。
魔王になってしまうと苗字が佐藤になる、魔界の不思議風習をいつ伝えるべきか、と悩む今日この頃である。