謁見ー1
何となく寝苦しくて意識が浮上する。
ゆらゆらと持ち上がっていくような感覚と共に瞼越しに暖かい光を感じた。
今日の朝ごはんは何にしよう?
卵があったはずだから簡単にスクランブルエッグと、ベーコンも焼いてバターを薄くぬったトーストに乗せて食べればいいか…
それから、仕事に行って…________
「_____…い、…きろ。、…さだ。」
「…んぅ。」
「…レイ」
「んー…う?」
光に導かれるままに重いまぶたを持ち上げれば、壮年の男が私の顔を覗き込んでいた。
濃い紫色の瞳は朝日に照らされて少し明るい。
「起きたか。」
「…ぇっと、、、?」
「寝ぼけているのか?」
「…あ、いえ。__おはよう、ございます。ダンさん」
「ああ。」
_____そうだ。
私、転生?してダンさんに拾われて、王都に来たんだ。
で、「レイ」っていう名前ももらって…フィーリさんとキアラさんに会って…それから…?
顔を持ち上げれはそこには目元に深いシワを持つ40代後半と思われる男性がいて。
…あ、この方はダンさんという人で、濃い紫色の髪と目が特徴だ。
会った時よりもだいぶラフな格好でいらっしゃる。ワイシャツとパンツスタイル。ワイシャツだって第2ボタンまで開けている。
おぉ…立派な胸筋だ…。
ダンさんはこの国、アルベールの国王様…レオニア様の黒賊だ。
黒賊とは王族に仕える暗殺者?的なもので選ばれた隷属しかなることができない特別な護衛?のことをいう。その中でもダンさんはこの国のトップ、国王様の黒賊だからきっととても強い。そして怖い。
「朝食ができている。食べに来い」
「わかりました。」
この空腹感からあの懐かしい夢を見たのだろうか?
自然と「仕事に行かなきゃ」と思っていたあたり、たぶん以前は社会人として働いていたんだろう。
前の記憶がまったくないだけに、こういった拍子に何となく思い出せるのは、何だか自分がどういう人間であったのか知れるような気がして嬉しく感じた。
確かに前世に“自分“というものが存在していて、そこには“習慣“があって“生活“があったということに安心感を覚える。
自分の存在はひどく曖昧で今この瞬間だって不確かで不安定でしかない。
だからこそ、この世界で両足つけて生きていくためにも前の自分を知ることは重要だと考えていた。
「(一つでも多く前のこと、思い出したい…)…____」
「レイ、…どうした?」
「いえ、何でもないです」
「…そうか」
なら早く来い。
そう言ってダンさんはスタスタと扉の向こうに歩いて行ってしまった。
一人残された部屋でぼーっとその後姿を見送る。
窓を見れば柔らかな日差しが差し込んでいて、ベッドを丸ごと包み込んでいた。
この世界の陽光に起こされるのは二回目だ。
一時、その光を堪能してからいそいそと起き上がる。ベッドに腰掛けると床に足が着かず、そういえば幼児になってしまっていたと思い出した。
服は来た当初の黒いワンピースのままで、服までこんな色(嫌われる色)を着て居たら生き残れないだろうな、なんて他人事のように思った。
ゆっくりと慎重に床に足をつけて立ち上がる。
立ちくらみも起こすことなく、私もダンさんが消えた扉の先へと向かった。
緊張の最中ドアノブを握り、ゆっくりと回して開けてみる。
覗いて見るとそこには昨日よりも明るく朝日に照らされた部屋で、やっとこの部屋の全体像がわかった。
昼と夜とではこうも雰囲気が違うのかと少し驚く。
「レイは起きました?」
「ああ。若干寝ぼけていたが時期来る。」
「どっかの誰かさんと同じで朝は弱いみたいっすねぇ〜」
「私のことを言っているのならその首を胴体から切り離すわよ?」
「おお怖っ。冗談だってまったく」
和気藹々とした空気に少し気が抜ける。
交わされていた会話は殺伐としていたけれど…。
確か、深い緑の髪の男性が「フィーリさん」で、茶色の髪の女性が「キアラさん」だったはずだ。
ダンさんと3人で食卓を囲んでいるその姿は何だか違和感があって面白かった。
「起きたならこっちに来いレイ。」
「!!」
目も合っていないのに突然話しかけられてビクッと体が震える。
ば、バレた?!
呼ばれたのなら行かないわけにはいかない。
そーっとドアを開けるとキアラさんとフィーリさんの視線が一斉にこちらに向いた。
「あの、おはよう、ございます」
「おおー、起きたのな、はよっ!よく寝れたか?」
「改めて見てみても本当に真っ黒ね」
ハーフアップにまとめた髪を揺らしてニカッと笑うフィーリさんに、紹介してもらった時にももらった視線を再びよこしたキアラさん。
ダンさんは私に目もくれず、トーストに干し肉のようなものを乗せた朝食をかじっていた。
それはきっと初めて私がこちらに来て食べたものと同じものだろう。
「ほらほら突っ立ってないで、こっちに来て一緒に飯食おうぜ?」
あらかじめ用意してくれていたのか、すでに私の分の朝食まで準備されていた。
なんだか寝坊して申し訳ない。
「い、いただきます」
「はいどーぞ」
いただきます文化になんの反応もなく受け入れてもらえたことから食前、食後のあいさつはこちらにもどうやらあるみらしいと推測した。用意されていた椅子にかさ増し用のクッションが置かれていて、少し恥ずかしいけれど大人しくそれに座る。
なんだか屈辱的だと思ってしまったが、これがないとテーブルに手が届かないのだから仕方がない…。
子供の身長では他3人が囲んでいるテーブルは大きいのだ。
たとえクッションで座高を増したとしてもまだ若干遠く感じるくらいには…。
羞恥心を抑えて座り、鼻腔をくすぐる香辛料のおいしそうな香りに舌鼓を打って、幸せな気持ちに浸る。
これぞ朝食。
「レイ、それ食い終わったらレオニアに会いに行くぞ」
「レオニアさん…??」
「いや、国王様だよ国王様っ!!」
「おぉ…」
フィーリさんから鋭いツッコミをもらいながらゆっくりと朝食を咀嚼する。
早々に食べ終えたダンさんは準備しとけとだけ言ってさっきまで私が寝ていた寝室に引っ込んで行った。
「準備って…?」
「服とかよ。まさか、その真っ黒な衣装を纏って会おうなんて考えていないわよね?それにあなた昨日お風呂とか入ってないでしょ?そういうことよ」
「っ!!」
もしかして、私臭う!?
一瞬で血の気が引いた気がした。
それは非常によろしくない、日本人たるものお風呂は絶対で不衛生ではいけないのだ。
それにキアラさんのいう通り、この真っ黒なワンピースを着て城内を歩くことは不可能だろう。
何より、この王城の中を黒いワンピースを着て歩き回る勇気はない。
ゆっくりと味わっていた優雅な朝食が一転、急いで残りのごはんを詰め込み、キアラさんに案内してもらったお風呂場に駆け込んだ。
「1人で大丈夫?」
「大丈夫です!」
「そう…?じゃあ上がるまでに着替えを用意しておくから、何かあったらすぐに呼びなさい。」
「はい!」
キアラさんが脱衣所を後にしたのを見届けた瞬間、私は目にも留まらぬ早さでワンピースを脱ぎ捨てた。
胸だって5歳児?じゃあ無いようなものだからブラはいらないし楽だ。
でも改めて見て、本当に幼児になっているんだと身体中をペタペタ触ってしまう。
どこもかしこもプニプニしていて柔らかい。それにまだなんとなくもっちりとしている。
そして腰まである長い黒髪。私にとっては見慣れた色だけど、この世界では好まれない色。
しばらく体を観察したり髪の毛を弄っていたりしていたが、私のお風呂待ちだったことを思い出し、いそいそとお風呂に入った。
そこにはバスタブ?湯船だけ用意されていて、前世のようなシャワーや蛇口などは存在しない。
そばに置いてあった桶のようなものでお湯を汲み頭から勢いよく被った。
「ふーーー。」
これぞ日本人。
生き返る気分だ。
シャワーがないから頭を洗ったりするのに一苦労だけど、一応石鹸はあってそれで全身ゴシゴシとこれでもかってくらい磨いてやった。
そして大人5人くらい余裕で入りそうな大きな湯船にゆっくりと体を沈める。
「ふぃー」
ちょっと熱めかな?ってくらいのお湯加減で体の芯までじんわりと温まる。
(これから、国王様(レオニア様)に会って…それから。どうなるかな)
____私は隷属の中でもかなり黒い方みたいだし、でも髪は黒いくせに目は銀色?なんていうイレギュラーだし、だからと言って自分に魔力的なものがあるのかと言われれば全くその自覚はないし。
透き通ったお湯に自分の顔を映してみた。
黒い髪に縁取られた顔に子供独特の大きくて丸い瞳、その瞳はユラユラと湯船に揺れて銀色に輝いているのが見える。
でもその表情は自分で見ても浮かない顔をしていた。
レイっていう名前をつけてもらって、自分の存在の危うさを救ってくれたダンさんを想い、本当について来て良かったと思う。
拾ってもらえなかったら、という未来を想像しただけで恐ろしい。
この先の未来だってどうなるかわかったものじゃないけど…。
人殺しになる未来が一番高いんだろうけど…。
それでも今、ここに自分がいて息をしているのが事実だ。
勢いよく湯船に顔を突っ込んでブクブクとする。
世の女子がこうして悶々としている様を思い出して、意外と落ち着くものだなぁと思った。顔も含め体全体がお湯に包まれて安心する。
(そろそろ上がらなきゃ)
ダンさんを待たせているし…
とは言ってもそれほど寝坊したとは思えないからそんなに遅い時間ではないと思うんだけど…
そもそも、国王様に会って、私はどうしたらいいんだろう?
何を言えばいいの?
挨拶?
これからの意気込み?
でも王族に対する礼儀とか作法なんて知らないし…
「プハッ!!!」
ずっとお湯の中で息を止めて考えていたからか、息が苦しくなってゼェゼェと勢いよく顔を上げた。
次は自分の意思に関係なく心肺が止まる…。
転生早々、風呂場で死ぬなんてカッコ悪すぎる…それだけは避けないと…。
ふーふーと息を整えて湯船からゆっくりと上がった。
ダンさんが仕えるこの国の王様、レオニア様?にどうやって挨拶しようとシミュレーションしながらお風呂を後にした。