港に届いた日 ~クラウス&ユナ視点・ 後編〜
「港の混乱により、機材の到着が大幅に遅れております。申し訳ございません。」
クラウスが頭を下げると、劇場の支配人は困ったように眉を寄せた。
「仕方ありません。港が止まっているのでしたら……。」
その言葉を聞いていた一人の女性が、小さく首を傾げた。
「あら、港が止まっておりますの?」
振り向くとそこには、グランフェル公爵夫人マリアベル、そして隣にはヴィクトルも立っていた。
「はい。申し訳ございません。実は......」
クラウスは港で起きている状況を説明する。
管理者の気分次第で対応が変わること。
時には一か月近く荷物が止まること。
今回もその影響で、公演に必要な機材が開演までに届かないこと。
話を聞き終えたマリアベルは、小さく口元へ手を当てた。
「まぁ……。」
「それは困りましたわぁ。ロゼッタちゃんとアレン殿下の大事な演劇ですのに。」
マリアベルの手元を見ると、パンフレットが一冊握られていた。
その表紙には、大きく金の文字が主張している。
『世界を救いし聖女ロゼッタ ~愛と奇跡の物語~』
クラウスは静かに表紙を見つめる。
『涙が止まらないと王都中で話題!』
『主演・マリアベル公爵夫人推薦!』
「夫人が主演......されるのですか?」
「初日だけですわ❤️演技指導もしておりますの❤️」
「......そうなんですね。夫人は多才でいらっしゃる。その大切な初日に間に合わず申し訳ありませんでした。」
クラウスが申し訳なさそうに目を伏せると、マリアベルは頬に手を当てておっとりと微笑んだ。
「あなたの責任ではありませんわ。」
「でも、困りましたわ。ユナちゃんのところでしか機材は手に入らないですのに。」
「ヴィクトル様、何とかなりませんの?❤️」
「ははっ大丈夫だ!私に任せなさい!」
「まぁ❤️さすがパパですわぁ〜❤️」
(何を任せるんだろう……。)
クラウスは思わず2人を見比べる。
そして一週間後、その疑問は鮮やかに解消された。
港の管理責任者は更迭され、
王家は新たな管理体制を整えるまで、暫定管理者を置くことを決定した。
クラウスとユナの商会は優先的に通行が許され、無事にロゼッタ物語の開演初日を迎えることが出来た。
「ありがとうございました!公爵閣下!」
「はははっ気にするな!」
「さすがパパ、頼りになりますわぁ❤️」
「ではパパ。アレン殿下役、頑張ってくださいませ❤️」
「任せなさい!今日のために毎日練習してきたからな!」
「あぁ、そうだクラウス君。ついでに王に交易権を民間へ開放して競争させるよう進言しておいたから!」
ついでのように軽く言い残すと、2人は爽やかに舞台のほうへ去っていった。
舞台上ではユナが、ワイヤーアクションの最終確認。照明の配置等細かく指示を出している。
さらに後日
王家は港の交易権を民間へ開放し、競売を行うことを正式に発表した。
知らせを見つめながら、クラウスは小さく笑う。
「ヴィクトル公爵閣下は、本当に行動が早い方ですね。」
「ロゼッタ様絡みだと、特に凄いですね。」
二人は顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。
だが、競売要項へ目を移したクラウスの表情はすぐに真剣なものへ変わった。
「……なるほど。最低入札額だけでも、とても私たちには届きませんね。」
「すごい金額ですね。」
「えぇ。今の規模では到底無理です。」
「おそらく、王家と付き合いの深い大貴族か、大商会が落札するでしょう。」
「......」
「物流が良くなるかどうかは、その落札者次第です。」
「今の私たちに出来ることは。次の管理者が、良い方であることを願うくらいでしょう。」
その横で、ユナだけは競売要項をじっと見つめ続けていた。
「クラウスさん。」
「この交易権って。」
「私たちで買えませんか?」
「......難しいですね、今の私たちでは到底届きません。」
「せめて、今の倍近い利益が必要です。」
「倍、ですか。」
普通なら、到底届かないような金額だった。
ユナは静かにその数字に目を落とすと、ゆっくりと顔を上げる。
「分かりました。」
「倍ですね。稼ぎます。」
「……え?」
「ロゼッタ様の結婚式。」
「王国中から人が集まるんですよね?」
クラウスは、その言葉の意味を理解した瞬間、小さく息をのんだ。
「まさか……。」
「はい。」
ユナの目は決意に満ちて、輝いていた。
「演出機材一式。限定記念商品。協賛。プレミアム席に.....カップル席。」
「思いつく限り全部やります!」
「今は綺麗事を言ってる場合じゃありません。」
「港を買うためなら、絞れるところ全部絞ります!」
クラウスは思わず苦笑した。
「……商人ですね。」
「はい!『商人として、それ以上の夢はない。』でしょう?」
それから数か月間。
ユナはロゼッタの結婚式準備へ、誰よりも積極的に参加した。
演出を考え。
新しい席を作り。
限定商品を企画し。
アレンの論文の顧問料の値段も調整した。
利益になる案を思いつくたび、寝る間も惜しんで帳簿を書き換えていく。
令嬢たちは「素敵ですわぁ❤️」と盛り上がり、
アレンは真剣に演出案を増やし、
マリアベルは「もっとロゼッタちゃんを輝かせますわ❤️」と予算を追加していく。
安全提案の中にバージンロードの爆発も入っていたが、笑顔で賛成した。
この結婚式準備中、ユナだけは、ずっと数字を見ていた。
港まで、あとどれだけで手が届くのか。ただそれだけを考え続けていた。
結婚式当日。
祝砲が王都の空を埋め尽くしていた。
無線機をそっと置いたユナは、震える指で帳簿を開いた。
祝砲特別席
限定記念商品
協賛金
プレミアム観覧席
カップルシート
どの数字も、これまで見たことのない売上を記録している。
「……これは。」
「えぇ!感動的な売り上げよ!!」
「これで......やっと港に届く!」
クラウスはもう一度数字を見つめた。
4年前、夜空へ光を届けたいと思った。
今は、その光をもっと遠くまで届けようと、一緒に夢を見てくれる少女が隣にいる。
「あなたは、本当にすごい人ですね。」
「まぁ、それは否定しませんけど!」
「けど、クラウスさんが最初に夢を見せてくれたんですよ。」
「今ここにいるのもそう。クラウスさんが私を見つけてくれたからです。」
二人は顔を見合わせる
帳簿の上には、港に手が届くほどの数字が並んでいる。
その数字が、何よりも嬉しかった。
競売当日
「――落札。」
静まり返った会場に、競売人の木槌が高らかに鳴り響いた。
「港交易権は、クラウス商会へ。」
(本当に、届いた......。)
「クラウスさん!呼ばれてますよ。」
隣でユナが、嬉しそうに袖を引っ張る。
「あ……。」
ようやく我に返り、契約書の前へ歩み出る。
たった一枚。
その契約書が、とても重く感じた。
――そして
商会へ戻った頃にはすっかり日が暮れていた。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った執務室で、クラウスは机へ一枚の契約書を置く。
『港交易権譲渡契約書』
その文字を見つめても、まだどこか現実味がなかった。
花火を完成させることだけを夢見ていた自分が、まさか港を手にする日が来るなど、想像したこともなかった。
静かな部屋に、控えめなノックが響く。
「失礼します。」
両手に湯気の立つ紅茶を二つ抱え、ユナがいつものように笑っている。
「お疲れさまでした。」
「……ありがとうございます。」
向かいへ腰を下ろしたユナは、机の契約書へ目を向けた。
「終わりましたね。」
「ええ。」
「終わったというより……。」
「また新しい始まりですね。」
それを聞いたユナも、小さく笑った。
「ですね。」
少しだけ穏やかな時間が流れる。
その静けさが、どこか心地よかった。
4年前、空へ届く光を夢見た青年。
今は、その光をもっと遠くまで届ける道を手に入れた。
ユナは契約書の横に置かれた一本の万年筆へ視線を移す。
「その万年筆。いつも使ってますよね。」
クラウスはそっとそれを手に取ると、ペン先を優しく撫でながら、小さく笑った。
「ええ。大事なものなんです。」
「大事な契約は、いつもこれで書いています。」
ユナはしばらく万年筆を見つめ、それから少し照れくさそうに笑った。
「じゃあ。」
「もう一枚だけ、契約しませんか?」
「契約……ですか?」
ユナは机の上に一枚の紙を置いた。
『契約更新申込書』
「更新?」
「そうです!」
「契約期間が書いてありませんでしたから。」
「確かに、決めていませんでしたね。」
「そうです。だから……」
ユナは真っ直ぐクラウスを見つめた。
「これから先も。」
「嬉しい時も、失敗した時も。」
「一緒に商売をすること!」
「だから。永久契約です!」
クラウスは永久の文字をそっと指でなぞると、万年筆を手に取った。
インクが紙へ染み込んでいく。
その日、父から受け継いだ万年筆で交わした2枚の契約。
一枚は、商会の未来を変えた契約。
そしてもう一枚は、その未来を共に歩む約束だった。
港の向こうでは、今日も何隻もの船がゆっくりと出港していく。
もう、この港で理不尽に荷物が止められることはないだろう。
本当はユナも競売にかけられる予定だったんですけど……
どう頑張っても今回の話に入れ込めませんでした。
大変残念です笑
こんな、本編とちょっとテイストの違う感じなのに読んでくれた皆様、本当にありがとうございます!
すごく、嬉しかったです




