米問屋ソフィ・シュテイン
「校長先生、失礼します!」
私は校長先生の部屋へ入る前に一礼してから足を踏み入れた。
校長室に入るときってこんな感じで合ってたっけ?
何年ぶりだろ、こういうの。
「ソフィちゃん、そんなに硬くならないでいいわよ?私たち同郷出身の者同士じゃない、楽にしていいわ」
「うん、わかった」
「ふふ、それじゃあそこのソファでお話しましょ?」
校長先生が執務机から立ち上がり、私から見て左側にある応接用っぽいソファに誘導してきた。
あっ!たくさんお菓子とか置いてあるっ!!
「お菓子だっ!わーいっ!」
「ちょっと待ちなさい?その前にお話よ····· こほん」
『改めて聞くわ、貴女の出身は日本であってる?』
先生がコッチの言葉では無く、日本語で話しかけて来た。
なら私も日本語で返すとしよう。
『いいえ?私はこの世界のフシ町出身ですよ?』
『·····言い方を変えるわ、貴女は転生者かしら?』
『正解です、私の本当の故郷は日本ですよ』
私がそう答えると、先生は満足そうな顔をして紅茶のカップを持って1口飲んだ。
そして何やら悩んだあと、私の方に向き直った。
「まずは自己紹介ね、私の名前はサトミ・ド・ウィザール、本名『加藤 郷美』よ」
「じゃあ次は私ですね、私の名前はソフィ・シュテインでフシ町出身の普通の女の子ですっ☆」
ふぅ·····
「俺の本当の名前は『藤石 賢人』って言います」
「えっ!?もしかして男だったの!?ガサツな子だとは思っていたけれど·····」
「いや酷くないですか?まぁ、諸事情で女性しか選べなくなっちゃったみたいでして·····」
「そう····· それは災難だったわね·····」
ホントとんだ災難····· 飛んだ災難だった。
あぁクソ女神に腹がたってきた、NINJAのマキビシ踏んづけちまえ。
◇
「い゛っ!? な、なんでこんな所にマキビシが落ちてるのかしら····· マッポーめいてるわね·····」
◇
その後、改めて話を聞いていると彼女の事について色々判明した。
彼女は前の世界で高校生、なんと17歳で勇者召喚の儀式でこちらの世界にやって来て、クラスメイト3人と共に魔王を倒したそうだ。
そして、魔王を倒した事で条件が満たされ、勇者召喚の力で皆は日本へ送り返された。
·····郷美さんただ1人を残して。
取り残された彼女は、なんとか日本へ帰ろうと努力した。
しかし、勇者召喚の儀式に必要な魔法陣は消滅しており使用不可能、次元を超える他の転移の方法も不明だった。
それでも彼女は諦めず魔法の研究を重ねていたが手掛かりは見つからず月日は流れ、彼女の寿命は刻一刻と迫っていた。
彼女は、故郷を諦め人間として死ぬか、人間を辞めて故郷を目指すかの2択が迫られていた。
そして彼女が選んだのは·····
「って感じで魔女になったのよ、それで完全にこの世界の住人になってしまった私は、当時好きだったアイツを諦めて、こっちの世界で結婚して子供を産んだの、それと異世界転送の研究をしていくうちに他の魔法の研究も進んでいて、いつの間にかこの学校が出来ちゃったのよ」
「·····大変、でしたね」
「そうね·····でも今は楽しいわよ?まさか異世界で私の夢だった先生になるなんて夢にも思ってなかったわ」
だが、そういう先生の目はどこか寂しそうだった。
◇
「じゃ、次はソフィちゃんの話をきかせて?」
「はい、俺は·····」
私はこの世界に転生した経緯を校長先生に洗いざらい説明した。
デコトラに跳ねられ下着店に突っ込んで股間を踏み潰され生物としても社会的にも男としても死んだ事を、それをクソ女神に笑われた事も、こっちの世界で友達が出来た事も·····
そして話し終わって先生の顔を見ると、何故か困ったような申し訳ないような微妙な顔をしていた。
「··········あの、ソフィちゃ·····いや賢人さん、気を悪くしないで欲しいのだけど、いいかしら」
「んっ?どうしました?」
「えっと、その、前世の貴女にドドメを刺したの、私だわ·····」
「へっ!?ああああのとき更衣室に居た·····?」
「私の他に、試着室にトラックに撥ねられたサラリーマンが突っ込んできた経験がある人が居るかしらね?」
·····こんな奇跡ってある?
まさか郷美さんが俺にトドメを刺したあの女性だったとは·····
だが念の為、郷美さんに最終確認を行う。
「つかぬ事をお聞きしますが····· ごにょごにょ·····」
「·····合ってるわ、というか、うふふ、しっかり覚えてるのね?」
うわー
マジだった、最後見た時に来てた下っ····· 試着してたやつの色と柄の言い当てちゃったわ·····
·····あの、校長先生?
なんで手を振りあげてるんですか?
まっ、まさか子供相手にビンタする気!?
や、やめっ!!!
あっゲンコツでしたか、ならよかっ
◇\ゲンコツッ!!/
その後、頭にタンコブが出来て何か大事な事を忘れた気がする私とゲンコツを食らわせてきた張本人が日本の話をしていたところ、矛盾が発生してきた。
「郷美さんが転移してきたのっていつです?」
「いつだったかしら····· 建国·····はこっちの暦ね、20XX年の5月31日だった気がするわ」
「·····は?えっ、私が死んだのは20XX年3月26日で、生まれたのがこっちの建国1213年9月9日ですよ!?」
「「えっ?」」
おかしい、私より後に転移してきたはずの郷美さんがこちらの世界に3000年以上先に来ている?
どういう事だ?
「·····でも少し安心したわ、この世界が向こうと連動していて3000年以上経ってたらどうしようって思ってたから····· もしかしたらまたアイツと会えるかもなぁ·····」
「何でだろ?時間軸が捻れているのかな·····」
この後2人で時間軸のねじれの理由を考えてみたが、結局理由は思いつかなかったので別の話題に切り替えた。
◇
さてと、そろそろ沢山話したし本題に移るかな。
「ところで校長先生、この世界にお米ってあるんですか?売ってるの見たことないんですが·····」
「·····あるけど無いわ、ちょっと待ってなさい」
あるけど無い?
どういう事だろうか。
校長先生が次元の亀裂『インベントリ』らしき空間に手を突っ込み、小袋を取り出した。
「私が世界中を回って見つけたこの世界の米よ、でも残念だけど·····」
「これは·····」
袋の中にはごく少量のお米が入っていた。
だが米の形は細長く、いわゆる『インディカ米』と呼ばれるモノに近いイネ科植物の種子だった。
「インディカ米でも食べたかったから試しに炊いて食べてみたわ、でもダメだったわ、向こうのインディカ米にさえ遠く及ばない米らしき何かだったわ、それに野生種だから量もあまり採れないし品種改良も栽培も上手くいってないわ、在庫もこれが全部よ」
「うぅ····· じゃあ醤油と味噌は·····」
「魚醤はあったわ、でも大豆の醤油は無かったわ····· 大豆みたいな豆はあるのだけれど、製造方法が分からなかったわ····· そうだソフィちゃん!醤油と味噌の製造方法知らないかしら!?」
「一応知ってますけど、それの製造には麹が必須なので多分無理です····· 麹菌を見つけて培養するのって物凄く大変なので·····」
確かうろ覚えだけど、麹菌は多分この世界にもあるんだけど、培養には米がほぼ必須だ。
で、その米が存在していないから麹菌を培養できないという悪循環が起きているため、味噌も醤油も作れないという訳だ。
まぁそもそも郷美さんは作り方をほぼ知らなかったみたいだから仕方ない。
だって現役バリバリのJKだったみたいだし、知らなくて当然だ。
「そう····· はぁ、味噌汁飲みたい·····」
·····そろそろいいかな?
「さて、校長先生、そろそろ取引しましょう」
「ん?何かしら?いいわよ、私は相手が子供だとしても容赦しないわよ?」
「ゲンコツも容赦なくブチ込みましたからね」
「·····私が悪かったわよ」
校長先生から謝罪を引き出す事に成功した私は、インベントリに手を突っ込み朝に仕込んでおいた『おにぎり弁当』を取り出して机の上に置き、包みを開け純白のおにぎりと梅干しを先生に見せつけた。
まずは本命を売る前に試供品だ。
さぁて、どうなるか·····
「どうぞ」
「こっ、これは·····」
「まぁまぁ、まずはお食べ下さい、それにコレも·····」
私は追加でインベントリからお茶碗と小皿を取り出すと、魔法で『味噌汁』と『醤油』を生み出し、それぞれ容器によそって校長先生の前に出した。
まぁ、味噌汁と醤油というより『魔法による分子の再構築から生み出したソレっぽいモノ』で、味や風味や食感などが全く同じモノでしかないんだけど、現状はこれが最も実物に近いモノと言っていいだろう。
「ま、まさか·····」
「ふっふふふ····· そのまさかです」
先生は震える手でおにぎりを掴み、その香りを嗅いで、パクっとかぶりついた。
そして体をフルフルと震わせ·····
「んふっ、んふふふふふふふ····· アハハハハハ!!!お米よ!!私の求めてたお米よっ!!!やった!!ついに見つけたわ!!」
「先生、味噌汁と醤油と梅干しも食べてみて下さい」
「どれどれ?うっ、しゅっぱっ!?う、梅干しだ····· それに醤油もちゃんと醤油ね····· 味噌汁は·····」
先生は次々と日本料理を食べていき、味噌汁を飲んだところで完全に停止してしまった。
「懐かしいわ····· 私が求めてた味····· 日本の味·····」
そして、上を向いた先生の目尻から、1粒の涙がほろりと零れ落ちてきた
◇
「恥ずかしい所を見せちゃったわね····· それで、どうやって手に入れたのかしら?」
「説明するには、まず私の能力を教えなくちゃいけないんです、先生、この部屋をちょっとイジっていいですか?」
「いいわよ」
「魔力遮蔽結界展開、防音結界展開」
·····ふぅ、先生なら信用してもいいかな。
全力全開
『賢人の石、魔力隠蔽解除』
賢人の石による魔力隠蔽を解除した瞬間、部屋の中に途轍もない量の魔力が放出された。
推定1億を超える魔力量は、ただ隠蔽を解放しただけで頑丈な校長室が軋んで悲鳴を上げている程のエネルギーを持っている。
「先生、私の力は大まかに4つあります」
「チートと呼ばれるに相応しいステータス、ありとあらゆる魔法を使えるスキル郡『賢者姫』、無限に魔力を貯蔵できる『賢人の石』、そして一日に3度だけ生き返る『リスポーン』」
「それと、私の今のMPは約1億、さらに『賢人の石』に貯蓄した総魔力は約7700億、この莫大な魔力を使って『賢者姫』の力で無理やり魔法を改造してお米や醤油を生み出しています」
私は空中に水魔法『ウォーターボール』を改造した『醤油ボール』を生み出して先生に近づけた。
「これはウォーターボールの水をむりやり醤油に変換した魔法です、舐めてみてください」
「·····本当に醤油ね、それに、その魔力量、予想してたより高いわ、貴女はいったい何者····· いえ、何のために転生してきたのかしら」
「·····さあ?」
「えっ」
「いや、なんか····· 転生させてやるって言われてきただけなんで·····」
「そ、そう·····」
「「·····」」
なんか変な空気になっちゃったので、私は魔力を再び隠蔽し先生に交渉を持ちかけた。
「さてと、私はこの魔力と全ての魔法を使えて全ての魔法を知れる『アカシックレコード』などを使って、日本のお米を生み出しました、それに醤油も梅干しもです」
「·····ソフィちゃん、一体何が狙いかしら?」
「私が頑張って育てたお米、買いませんか?」
◇
私はインベントリから今朝分けておいた30kg分のお米が入った袋を取り出し、ドサッと机の上に置いた。
「さっきのおにぎりはこのお米で作りました、この袋で30kgあります、30kgだと私の計算だったら毎日食べても半年以上はもつと思います、それと、栽培したからといって今はまだかなり貴重なので、それなりに値段がするんです····· でもこれからも続けて購入して貰えるなら
「もちろん買うわ」
若干の値引····· えっ早っ、よし!じゃあお米が無くなったら言ってください!また売りに来ます!もちろんお安くしますよ?」
よし売れた!
次は値段の交渉だ。
「それで、代金なんですが·····」
「待って、お金を払う前にこのお米を何処で栽培したのか見たいわ、何処かで栽培してるのでしょう?というか水田が見たいわ、それから値段を決めさせてもらってもいいかしら?」
おおっと?
うーん·····
どうしようかな、私の『ディメンションルーム』は知り合い以外に見せたくないし·····
特に私の部屋の深部、『瑞穂の里』や魔道具製作所やコレクション部屋、それと隔離実験室は絶対に見られたくないから、仲良し5人組のメンバーでさえ入れていない。
そんな部屋を見せるにあたって、私は脳内でリスクとメリットを天秤に掛けて、本当に見せてもいいのかを高速で考える。
あの部屋には私が魔物を放っているから、魔物を飼っているとバレたらヤバいかもしれない。
それにまだ精米の後片付けも完全には終わっていないから色々とヤバい。
何より瑞穂の里の部屋、昨日散らかしたままだから見られたら『ちゃんと片付けなさい!』って怒られるに決まってる。
ここはどうするべきかちゃんと考えてから·····
「代金とは別に見学料として即金で100万円渡すわ」
「見せます」
名前:ソフィ・シュテイン(藤石 賢人)
年齢:6才
ひと言コメント
「くっそ〜·····お金の魅力に抗えなかった·····」
名前:サトミ・ド・ウィザール(加藤 郷美)
年齢: 永遠の17歳よ♡(※3671歳)
ひと言コメント
「お米のためなら何でもするわ、お米のためなら子供相手に札束ビンタするのも厭わないわ」




