8.第二ラウンド
「勝った! 第一ラウンド勝利!」
「何が第一ラウンドよ!」
落下しながらも吼えるメカスーツ少女は、まだ戦いの意志を持ち続けているようだった。
「うおっ!?」
床の大穴に落下する直前、少女のスーツが光に包まれ、爆発音とともにはじけ飛んだ。
「なんだぁ? 自爆か?」
「そんなわけないでしょ」
遅れて落下していた凛の横を、何かが高速で下から上へと通り過ぎた。
「強化アーマーを外したの。これであんたの攻撃は当たらないし、こちらの攻撃も止められない」
着地した凛が見上げると、メカスーツ少女のシルエットは一変していた。
「おお、なんかすげぇな」
胸と腰回り、そして肩と前腕、脛あたりにシンプルな装甲だけが残り、武骨だが鈍重そうなイメージを受ける重装甲とは打って変わって、流線形が光るデザインに変わっている。
代わりに腹部や胸元、手足が完全にむき出しになっている。
「速度を重視したモードよ。防御力は下がるけれど、当たらなければどうということはないわ」
ヘルメット状に残った頭部装甲で、半透明でモニター機能を有したバイザーだけが顔を隠している。うっすらと汗をかいているようだが、まだ少女の声は元気がある。
「おふざけに付き合っている暇はないの! 夕食に間に合わなくなっちゃう!」
どこか暢気な台詞だが、夕食が確実に得られる、それも楽しみに出来る立場にある時点で、この少女はグループ内でもそれなりの地位にいるのだろう。
しかし、凛はそんな些末なことは気にしない。
「第二ラウンド開始か! いるよな、一回負けると変身する奴!」
「ゲーム感覚でいたら、死ぬわよ!」
ライフルもやや細身になっているようだが、威力と連射性能は変わらない。
「さっさと粉々になりなさいよ!」
「冗談じゃねェ!」
バック転そのものの回避行動。ゲーム中ではキック同時押しでできる動きだが、この動きの途中だけは全ての攻撃がすり抜ける。
「あーっ! ムカつく!」
片手撃ちをしていた少女は素早く腰に手を当ててブースターを操作し、空中で姿勢制御を行うと、ライフルを両手持ちに切り替えた。
「吹っ飛べ!」
ライフルの下部から空気が抜けるような音が響いたかと思うと、こぶし大の筒が飛び出した。グレネードだ。
凛がひらりと躱したあとの床に落ちたグレネードはすぐに起爆。
周囲の全てを吹き飛ばす爆風で、凛はバック転の姿勢のまま壁に叩きつけられてしまった。
「いってぇ……」
「あれで潰れないなんて、どんな身体しているのよ……」
呆れた声で言いながら、少女は壁に貼り付けられたようになった凛に向けて、容赦なくライフルを撃ち続ける。
床はもはや原型をとどめておらず、凛が居る場所も壁が穴だらけになる。
だが、凛はまだ、生きている。
「……がはっ!」
血を吐いて、床に落ちた凛は四つん這いのままで震えていた。
「まったく、手間をかけさせるんだから」
「思い出したぜ」
「はあ?」
もう一度血反吐を吐いた凛は、ゆっくりと立ち上がりながら肩を震わせていた。
少女はそれを恐怖やダメージによるものだと思っていたが、顔を見上げた凛の顔は、笑っている。
「そういう敵、いたんだよ。上でぶんぶん飛び回って、飛び道具をびしびし撃ってくるようなのが、さ」
「人を虫みたいに言わないで!」
再びライフルの乱射が始まったが、凛は地上を転げまわることはせず、まだ無事な柱を踏みつけ、大きくジャンプする。
「馬鹿じゃないの? 空中ならこっちの独擅場よ!」
高機動ぶりを見せつけるように、少女の動きは上下左右に揺れながら凛との距離を保ったままでライフルの攻撃を加える。
対して、凛はくるりと一回転したかと思うと、放物線から突然真下へ向けて勢いよく着地した。
「えっ?」
自らが放つライフルの光弾と舞い上がる埃に遮られ、少女からは凛の動きが見えていない。真っ当に飛んできたならば居るはずの場所に居ないのだから。
直後、空中にいる少女の姿勢がぐらりと揺れた。
「な、なんで?」
バイザーに映る表示はブースターの異常を示しているが、背後に大きなダメージを受けた覚えはない。
何かのエラーかと思って慌てて腰のコントローラに指を当てた瞬間、鋭い痛みが走った。
「痛っ! ちょ、そんな……」
コントロールパネルは壊れ、ひしゃげた天板からはバチバチと危険なまでの放電が発生していた。
良く見ると、鋭く尖った金属の棒が下から上に向けて貫通している。
「ぬ、脱がないと……」
このままでは感電死してしまう、と少女は腰のパーツを外そうとしたが、間に合わない。
すでに、真下にまで凛が飛び上がって来ている。拳を突き上げた状態で。
凛はレバー↓+キックによる垂直落下攻撃を繰り出して不規則な着地を決めた後、破壊された床下から基礎を固定している鉄芯から弾丸と錆で折れかけたものを無理矢理引き抜いて投げつけたのだ。
腰にコントローラがあるのは、姿勢制御の為に動かしたのを見て気付いていた。
「飛び回る敵は、ギミックを見抜いて動きを止めたら単なる的なんだよなぁ!」
「ちょ、待っ……」
制止の声もむなしく、少女の腰パーツを完全に破壊した拳の次に、鋭い肘がむき出しの腹に叩きこまれる。
スーツに頼っていた彼女は初めて直接殴られたのだろうか。声にならない悲鳴と唾を吐きながら、しばらくの間くるくると空中で回転し、そのまま道場の外へと飛ばされていった。
対空技をがっちり決めた余韻をたっぷりと味わったあと、どん、と音を立てて着地した凛は、腕を組み、メカスーツ少女が飛んで行った方から顔を背けた。
「決まった……」
しばらくそうしていたが、ふと自分が何をやっていたかを思い出し、慌てて道場の外へと走り出る。壁の穴から。
「おい、風丸! 大丈夫か?」
しかし、飛び出したところには誰も居ない。
「綾乃! どこだ!?」
戦闘から離れようとしたのかと思った凛は呼びかけを続けながらしばらく歩いていたが、どこにも見つからない。
唯一、血の付いた棒手裏剣だけが地面に突き立っているのを見つけた。
そこからの凛の動きは速かった。
先ほど殴り飛ばしたメカスーツ少女の所へ走り、一戸建てを二軒ほどぶち抜いて気絶している彼女を往復ビンタで無理やり起こすと、目が開いたのを見た瞬間に怒鳴りつけた。
「おい! お前らのグループが綾乃と風丸をどこかにやったな!?」
「風……なんのこと?」
「ふざけるな! お前と戦っていたあの忍者ともう一人の奴だよ!」
「ひえっ、は、話すから、やめて……」
痛みで顔を顰めていた少女は、スーツは破壊されたことで解除されてしまったようで、白いショーツとスポーツブラだけの格好になっている身体を小さくして、振り上げられた凛の拳に震えた。
「シンのグループが連れ去ったのは間違いない、と思う……」
「クソッ! お前の他にも仲間が隠れていたか!」
憤る凛に、少女はか細い声で「違う」と続けた。
「連れ去ったのは、あの神久綾乃だけのはず。忍者の方は、あたしの仲間だもん……」
だから、綾乃が消えたのは風丸が連れ去ったからだ、と少女は話した。
「マジか……」
不意に、先ほど見た血の付いた棒手裏剣を思い出す。
風丸の武器に血が付いていて、攫った相手が綾乃だとすると、自然とその血が誰の物かは想像がついた。
「行き先を知っているだろう。知らないならお前たちの本拠地を吐け」
「そんなことしたら、シンに殺さ……ひえっ!」
凛の拳が、少女の顔をかすめて地面に穴を穿つ。
スーツも無い生身で再び殴られたら、気絶では済まない。重なる恐怖感に、少女はもう選択の余地を失っていた。
「案内しろ。それがこれ以上殴らない条件だ」
とにかく頷くしかない少女を立たせ、凛は大きく深呼吸して、自分を落ち着かせた。
自分でも、小さい子供相手にやり過ぎたと感じてはいる。だが、綾乃を連れ去られたことと、風丸に騙されていたことを知り、頭に血が上ってしまった。
「悪いが、ちょっとオレも冷静でいられない」
そう言いながら、綾乃が道場内に残していた彼女の荷物から毛布を取り出し、少女の肩に掛ける。
「改めて、頼む。案内してくれ。オレはまだ、あいつに恩を返していないんだ」
「……うん。わかった」
息を飲み、逡巡していた少女は頷いた。




