9.風丸の目的
間が空いてすみません。
「まさか、あなたがシンの手下だったとはね……」
吐き捨てるような言葉を口にした綾乃は、両手に手錠をかけられ、万歳の格好で壁の配管に固定されていた。
足元も揃えてしばられており、動きは完全に制限されている。
「これも理由あってのこと。悪く思うな……というのは無理な話であろうな。恨んでくれて構わないが、どうか堪忍してくれ」
「私はあんまり性格が良くないの。絶対に忘れないわ」
「そうか……そうであろうな」
ふぅ、とため息を吐いた風丸は、綾乃の前で腕を組んだまま、首を横に振った。
「何より、これからのことを考えればそうならぬ方がおかしい」
「……どうするつもり?」
わかりきったことだが、綾乃は確認せずにはいられなかった。
「シンのところへ連れて行く……と言いたいところだが、少し確認しておきたいことがあるのでな」
「確認したいこと?」
「シンについて、知っていることを話してくれぬか」
虚を突かれたような顔で目を見開いた綾乃は、すぐに訝しむように目を細めた
「何を言っているの? あなたの方が知っているはずでしょう?」
「そうは思わぬ。……家族以上に知る者がいるとは、な」
風丸の言葉を聞いて、綾乃は無表情になった。
同じように真剣な目をした風丸の視線が、交差する。
「シン……神久陽乃。現在の隔離特区では特に有力とされるグループのリーダー。隔離特区には二年前に入ったと思われるが、正確なところはわからない」
淡々と何かを読み上げるような口調で風丸が語る。
「その能力については謎だが、恐らくは直接攻撃能力では無い、人を操る、もしくは混乱させるようなものだと推測される」
「詳しいのね」
「これでも、必死で調べたのだ。とはいえ、これ以上はわからなかった」
だから直接シンのグループに潜入した、と風丸は自分がシンのグループに入った理由を話し、そこで言葉を止めた。
じっと、反応を待つように綾乃を見る。
「……このまま、私をシンの……ヒナの所へ連れて行くつもり?」
「場合によっては」
風丸は覆面を脱ぎ、顔を露わにした。鋭い視線に比べて若く見える顔付きだが、その喉元には大きな傷跡があった。
「協力をしてもらえるというのであれば、その限りでは無い」
昔語りをしよう、と風丸はその場に腰を下ろし、綾乃を見上げて呟いた。
「三年前ほどのことだ。SickSが流行し始め、問題が表面化するかどうかという時期だった。あるところで普通の高校生と中学生の姉妹がいた。彼女たちは、不意にSickSの能力者に襲われ、妹は死亡し、姉は大怪我を負いながら、生き残った」
その後、法整備が進められて能力者による被害も補償がされることになったが、彼女たちの場合は犯人が得適されず、能力者によるものだと認められなかった。
「それからすぐのことだ。この隔離特区が作られ……拙が罹患し、ここへ放り込まれた」
それは彼女にとって逆に都合が良かったとも言えた。しかし、最初の選択を誤った。
「特区は広い。それに日々人口が増え、人を探すのに、一人でウロウロしているだけでは情報は集まらぬ。それで急速に力を付けていたシンのグループに入ったのだが……」
風丸の予想に反して、隔離特区は人数が多く、そして雑多に過ぎた。
「だが、情報と言うのは妙なところから不意に入るものでな」
調べているうちに、シンの姉が隔離特区に移されたという情報を掴んだ風丸は、その人物である綾乃を探して、見つけた。
「ところが、話を聞く前にお主はシンの“ペット”にされ、指名された飼育係以外は近づけなくなってしまった。拙は外での情報収集役をやっていた……というより、志願してそうしていたのでな。今さらお主に近付くのは難しくなった」
しかし、慎重に綾乃の様子を窺うこと数週間。風丸は一つの噂話を聞くことができた。
「妹を殺し、拙に傷を負わせた相手は、お主とシンの他にもう一人いる人物であるという話を聞いた。拙は居ても立ってもいられずにシン本人に確認したが、あっさりとしらを切られてしまってな」
その後は綾乃の周辺も警戒が厳しくなり、風丸は追加情報を得ることが難しくなった。
「困ったよ。だが、そんな時にお主が逃亡した。シンは必死になって手下をあちこちに差し向けてお主を探し回っておるよ」
風丸も警戒されていたが、「見つけたらすぐに連絡をすること」と言明されて、パートナーという名の監視を付けられて捜索に入った。
「お主を見つけたのが拙であったことは幸運ではなく実力だと思いたいところであるが、まあ、それはどうでも良い」
パートナーであるメカスーツ少女は、風丸がうまく言いくるめて足止め役になってもらった。
「さて、前置きはここまでとしよう」
風丸は再び覆面を付けて傷と顔を隠す。
視線は鋭く、妹の話をする時に一瞬だけ悲しげに緩んだ目元は、今や殺意すらはらんでいる危険な圧力がある。
「もう一人は、どこにいる?」
「……知って、どうするの」
「わかりきっていることであろう?」
風丸は、腰に差していた直刀に触れた。
「殺す。仇を生かしておく理由は毛ほども無い」
無言でいる綾乃に向けて、風丸は語って聞かせるようにゆっくりと話す。
「凛どののことだ。あの程度の絡繰り馬鹿などたやすく撃破するだろう。そして、効かれたらあの馬鹿は素直に答えるだろうさ。シンの居場所を。そして……」
風丸は綾乃を指差した。
「お主を助けるために、シンに喧嘩を売るであろう。凛どのの能力はシンと相性が悪すぎる。およそ指一本触れることすら叶わず、殺されるであろうな」
素直に話せば、凛に説明して凛を止めても良い、と風丸は告げた。




