第3章 深夜の訪問
「それじゃあ、お休みなさい」
哲也は自室に引き上げる姉を見送った。
結局、特上の鰻重を肴にして、日が暮れるまで二人で飲んだ。中学も高校も同じ学校に通っていたから同窓会のようなノリで昔の話をして楽しかった。これまでの空白の期間を埋めるかのように話しは尽きることがなかった。姉は日帰りのつもりだったが、遅くなったし、酔っているからと無理に引き止め、泊まっていくことになった。
泊まると決めた後、交代で風呂に入り、風呂から出たあと、一緒にビールを飲み直した。風呂上がりの姉は美しかった。化粧をしていない素顔の方が、むしろ最初に出会った時の姉を彷彿させ、甘酸っぱい初恋の思いが心の中でリプレイされた。
けれども肝心の自分の気持を伝えることはできなかった。
楽しい時間を過ごすことができたが、明日になったらそれぞれの生活に戻り、次に会えるのは1年後かもしれない。
そんなもどかしさから哲也は目が冴えて眠れなかった。
でも、こんな時間に姉の寝室に行く勇気は無かった。
すると、部屋のドアがノックされた。
「てっちゃん、起きている?」
姉の声だった。
「うん」
哲也は起き上がるとドアを開いた。
薄い寝間着姿の姉が不安そうな様子で立っていた。
「どうしたの?」
「私の部屋の扉をノックした?」
「いや」
「本当?」
「ずっと部屋からは出てない」
「じゃあ、あれは……」
「何があったの」
姉は怖そうに廊下の向こうを見た。
「立ち話もなんだから部屋に入りなよ」
学生時代から使っていた自室は狭く、家具はシングルのベッドと学習机と椅子と本棚とタンスだけだ。二人で座れる場所はベッドの上しかない。
「とりあえず、座って」
そう言って、さっきまで寝ていたベッドを指し示した。
姉がベッドに腰掛けると、哲也もその隣に座った。
「どうしたの?」
「寝ていたら、ドアをノックする音がしたの。返事をしたけど何も返ってこなくて、ドアを開けたけど、誰もいなかったの」
姉は早口で話した。
「空耳かと思ってベッドに戻ったら、またノックの音がしたの。ドアの外にはやっぱり誰もいなくて……。それで怖くなって来たの」
姉は震えていた。
哲也は姉の肩に手を回した。
「大丈夫。僕がいるから」
「本当にてっちゃんじゃないの?」
「僕じゃない」
「なら、あの部屋で寝るのは怖い」
「それならここで一緒に寝る?」
哲也は自分で言っておきながら、その言葉に驚いた。
「あっ、別に変な意味じゃなくて……、その……変なことはしないから」
急に恥ずかしくなり、しどろもどろで言い訳をしてしまった。
すると姉はプッと吹き出して笑った。
「どうして、そういう話しになるの?」
「ええと……」
「いいよ。てっちゃんなら何されても」
さらりと姉が言った。
「ええっ」
哲也は意味が分からなくて動揺した。
「冗談よ。てっちゃんが笑わせてくれたからだいぶ気持ちが落ち着いた」
「そっか」
哲也は少し落ち着いた。
すると、どこかでガタンという音がした。
「キャッ」
姉が哲也に抱きついてきて、そのまま後ろに押し倒された。
二人はベッドで抱き合う形になった。
「今の何?」
また何か音がした。
姉は哲也の胸にしがみついた。
哲也は、タップ音よりも姉の体が自分に密着していることの方に動揺していた。
あの音が心霊現象なのか、猫やその他の小動物の仕業なのかそんな事を考える余裕は無かった。
しばらくその体勢で抱き合っていた。
音はしなくなった。
姉が哲也の胸から顔を離し、見上げるように哲也を見た。
自然に姉の唇に自分の唇を重ねた。
小さい叫びを姉は漏らした。
だが姉は哲也の腕から逃げなかった。
哲也は姉の唇を貪った。
そのまま二人は男女の関係になった。
「この部屋でキスしたの覚えている」
哲也は恵を抱きながら訊いた。
「あれが僕の初めてだった」
「私も初めてだったよ」
「でも母さんに見つかって怒られたよね」
「てっちゃんのお嫁さんになるって言ったら、姉弟は結婚できませんってすごい剣幕で説教をされたよね」
「うん」
「でも、あの気持ちは本気よ」
恵が僕の瞳を覗き込むように見て言った。
「なら本当に僕のお嫁さんになって欲しい」
恵は驚いた様子で躰を離そうとした。
「でも、今の私はバツイチのオバサンだよ。それに、いくら血がつながってなくても姉だよ。悪い男にもひっかかったんだよ……」
最後は涙声で聞こえなくなった。
そんな恵を哲也はやさしく抱き寄せた。
「愛している。もう離したくない」
恵は哲也の胸に顔を埋めるとわぁーと泣き出した。
翌朝、哲也は恵と並んで両親の遺影に手を合わせた。
お盆には先祖の霊が家に帰り、子孫の元を訪れるという。そうすると昨晩のタップ音は二人を結びつけるための先祖の霊の仕業ではないかと思った。もし、両親が導いてくれたのなら感謝の気持ちしかなかった。




