第九話:整った村は、だいたい余計なことが起きる
夜。
村は静かだった。
――はずだった。
レイグが焚き火を見ながら言う。
「何をやっているんだ?」
俺はしゃもじを火にかざしている。
別に焼いてるわけじゃない。
乾かしているだけだ。
その時だった。
焚き火の外側から、足音。
軽い。
なのに、妙に迷いがない。
全員が振り向く。
そこにいたのは――村の炊き出し担当のおばちゃんだった。
手には大鍋。
「そのしゃもじ、ちょっと貸してくれないかい」
「え?」
俺が反応するより早く、
もう手元から消えていた。
速い。
戦闘じゃない動きだった。
完全に“現場慣れ”の速度だった。
速い。
職人の動きだった。
「これで味噌を混ぜればいいんだろ?」
「いや待て、それ戦闘用――」
言い終わる前に、
ぐるんぐるんぐるん。
鍋の中で、異常な速度で回され攪拌が始まる。
次の瞬間。
ぷるん。
鍋の中の味噌汁が――
光った。
「光ったぞ今!!」
「いや食い物の現象じゃねぇ!!」
村人が恐る恐る一口飲む。
沈黙。
風すら止まる。
「……うまい」
その一言で、空気が変わった。
レイグが頭を抱えた。
しゃもじが俺の手に戻ってくる。
なんかちょっと温かい。
「……何した」
おばちゃんはドヤ顔だった。
「整えといた」
「料理に対するコメントじゃない」
レイグが真顔で突っ込む。
その頃、村の端。
「……見たか今の」
「見た」
「味噌が光った」
「光る味噌って何」
「怖い」
「でもうまかった」
「怖い」
遠くで評価が崩壊していた。
その時だった。
「おい」
レイグが俺を指す。
「これ絶対さ、戦争向きの能力じゃねぇだろ」
「そうか?」
「そうだろ!!」
「いや」
俺はしゃもじを見た。
「使い方次第だ」
「その万能感やめろ」
さらにその時。
ぷるん。
スライムが一匹、鍋のふちに飛び乗った。
そして――
味噌汁をひとくち。
沈黙。
次の瞬間。
スライムが震えた。
「……」
「……」
「……」
「なんか成長した!?」
レイグが叫んだ。
スライムが一回り大きくなっていた。
しかも、ちょっと“丸く整ってる”。
「味噌で進化したのか!!」
「進化条件おかしいだろ!!」
村人の一人が言った。
「これ……養殖できるのでは?」
「怖い発想やめろ」
焚き火の周りで、
しゃもじが回されるたびに。
味噌汁が“整い”
スライムが“太り”
レイグの正気が少しずつ削れていく。
そして俺は気づく。
村人たちの目が変わっていた。
恐怖でも、安心でもない。
――期待だ。
「これ、まだ何か起きるぞ」
誰かが笑った。
俺はしゃもじを見た。
静かに答える。
「始まってるだけだ」
焚き火が揺れる。
俺はもう一度、しゃもじを火にかざして乾かした。




