第一話:詰んでる勇者
「お前が勇者だ」
そう言われた瞬間、俺は理解した。
――あ、これ外れ世界だ。
目の前には王様。
横には姫。
後ろにはやたらキラキラした兵士。
そして俺の手には――
しゃもじ。
「……これで?」
思わず聞き返す。
「うむ、それが伝説の“しゃもじ”だ」
絶対違う。
誰がどう見ても炊飯器の付属品だろ。
白米にしか効かなさそうな名前してるぞ。
「そのしゃもじは、あらゆるものを“混ぜる”力を持つ」
「いや用途が狭い」
「使い方次第で世界を救う」
「盛りすぎだろ」
王様、ドヤ顔である。
兵士、うんうん頷いている。
姫、なぜかちょっと期待している。
逃げたい。
「では早速、魔王討伐へ――」
「いや待て待て待て」
俺は手を上げた。
「武器は? 防具は?」
「ない」
「仲間は?」
「これから見つける」
「金は?」
「ない」
「じゃあ何があるんだよ」
「使命」
その一言で、場が静まり返った。
王様は満足げに頷く。
兵士は感動した顔をしている。
俺はゆっくりとしゃもじを見た。
圧倒的に軽い。
この軽さで世界救うとか無理がある。
「……確認するけど」
一応、最後の望みをかけて聞く。
「これ、実は剣になったりしない?」
「ならない」
「ビーム出たりは?」
「出ない」
「変形は?」
「しない」
「喋る?」
「喋らん」
帰らせろ。
こうして俺は、しゃもじ一本で旅に出た。
開始5分で後悔した。
森に入った瞬間、スライムに囲まれたのだ。
「うわ、ベタなやつ来た!」
ぷるぷるしてる。
明らかに弱そう。
よし、いける。
俺はしゃもじを構えた。
「くらえ!」
ぺちっ。
スライム、無反応。
しゃもじは射程が短すぎる。
もう一回。
ぺちっ。
――吸収された。
「え?」
しゃもじの先端が、じわっとスライムに沈む。
引き抜こうとする。
抜けない。
「ちょ、待て待て待て待て」
さらに沈む。
半分くらい埋まった。
やばい。
これ、武器ロストイベントだ。
開始5分で詰み。
「うそだろおい!!」
焦ってしゃもじをぐるぐる回す。
その瞬間。
ぶるんっ。
スライムが震えた。
「……?」
違和感。
さっきまでただのスライムだったはずのそれが――
なんかこう、
粘り気のある“いい感じの何か”になっている。
色も、ちょっとだけ白っぽい。
「……まさか」
俺は恐る恐る、しゃもじを持ち上げた。
ぬるっ、と抜ける。
そしてスライムは――
まとまった。
ぷるん、と。
なんか整ってる。
「え、なにこれ」
整形白スライム
しかもなぜか、表面がツヤツヤしている。
ちょっと美味そう。
いや待て、さすがに食わん。
……食わんよな?
周りのスライムたちが寄ってくる。
ぷるぷる。
その中の一匹が、俺の“整形白スライム”に触れた。
すると――
ぴたっ。
止まった。
動かない。
「……あれ?」
さらに別のスライムが触れる。
ぴたっ。
止まる。
三匹、四匹、五匹。
全員、止まる。
俺の前には、整然と並んだスライムの群れ。
まるで――
整列。
「……え?」
一歩前に出る。
スライムたちも、ぴょこん、と同時に前に出る。
一歩下がる。
ぴょこん、と同時に下がる。
「……嘘だろ」
右に動く。
ついてくる。
左に動く。
ついてくる。
完全に同期。
「これ……もしかして」
しゃもじを見る。
「“混ぜる”って……」
俺はスライムの群れを見る。
「混ぜたら、支配できるってことか?」
ぷるん。
スライムたちが、肯定するように揺れた。
その瞬間。
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
グルルル……
出た。
いかにも強そうなやつ。
狼型モンスター。
サイズでかい。
牙でかい。
絶対強い。
「あ、これ死んだな」
俺は冷静に判断した。
武器:しゃもじ
防具:布の服
仲間:スライム(さっきまで敵)
勝てるわけがない。
――普通なら。
「……行け」
俺はぼそっと言った。
スライムたちが、一斉に跳ねた。
ぴょんぴょんぴょん。
そして――
狼に群がった。
「は?」
べちゃ。
べちゃべちゃべちゃ。
「ちょ、待っ……やめっ……」
狼、パニック。
だが遅い。
スライムが全身を覆う。
顔も。
口も。
目も。
そして――
しん……。
動かなくなった。
「……」
静寂。
やがて、スライムが剥がれる。
そこに残っていたのは――
ピカピカに磨かれた狼。
毛並みサラサラ。
汚れゼロ。
「なんでだよ!!」
狼が、ゆっくりとこちらを見る。
敵意はない。
むしろ――
めちゃくちゃ懐いている。
しっぽ振ってる。
「お前……さっきまで殺る気満々だったよな?」
わふ。
可愛い声出すな。
俺は理解した。
このしゃもじ。
殴る武器じゃない。
混ぜる道具でもない。
――“仲間を増やす兵器”だ。
5分後。
俺の後ろには、
スライム十数匹と、ピカピカの狼。
開始10分で、パーティ完成。
しかもやたら従順。
「……これ、もしかして」
めちゃくちゃ当たりスキルでは?
その時。
遠くから声が聞こえた。
「た、助けてくれー!!」
見ると、商人っぽい男が走ってくる。
後ろには盗賊。
いかにもテンプレな展開。
「……よし」
俺はしゃもじを肩に担いだ。
「初仕事だ」
スライムたちが跳ねる。
狼が低く唸る。
「行くぞ」
数分後。
盗賊団+スライム=
正座。
「なんでだよ!!」
全員きっちり並んでいる。
めちゃくちゃ礼儀正しい。
「すみませんでした!!」
謝罪までしてくる。
「混ぜたら人格も整うのかよ!!」
こうして――
俺の勇者ライフは、
戦う前に“整える”方向で無双し始めた。




