第43話(最終話) 國弘と四方
四方の、一条とのやりとりや、この屋上に来てからの会話を通じて、國弘は、四方にかかっていた魔法のいくつかが、ふっと解けたような感覚がしていた。
完璧で、ただただ美しかった、三年生の寮長。
そんな彼がいま、こんなにも、一人の人間として自分の前に立っている。
それで嫌いになる?
それは、ない。
だって心のどこかで、本当のこの人を見たいと思っていたから。
だから。
答えは決まっていた。
「好きです」
國弘は四方の目をまっすぐ見た。
照れ臭さに負けないように。
この瞬間だけは絶対に視線を逸らしたくなかった。
「四方先輩のタイプに生まれてこられて、そんなふうに産んで育ててくれた親に、めちゃくちゃ感謝したい気分です」
四方は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから吹き出すように笑った。
「國弘くん、ほんと大好き」
それは告白の返事というより、完全にツボに入ってしまったゆえの言葉だった。
笑われているのに、不思議と安心している自分がいた。
この際だから國弘も、素直になってみようと思った。
「俺は男の人を好きになるのは初めてで……、その、同性愛っていう意味で、どこまでついていけるか正直不安でもあります。でも、寮祭とか、佐伯先輩とか、いろいろ乗り越えてきて――」
ここ数ヶ月の光景が、一気に胸に押し寄せた。
俺、頑張ったんだ。
視界がじんわり滲む。
――ダメだ。落ちる。
ぎりぎりで耐えていた涙は、一粒こぼれ落ちると、途端に表面張力がきかなくなった。
泣いてばかりだ。恥ずかしい。でも、止まらない。
顎の下が濡れて、コートの襟元とこすれて、すこし痛痒かった。
「だから、つまり、まだ好きです。ていうか、ずっと、好きでした」
最後まで四方を見たかったのに、涙のせいで、袖で顔を押さえるしかなかった。
そのとき――ふわりと四方の匂いがした。
気づけば、四方の腕が國弘の身体を包んでいた。
優しい抱擁だった。
「ありがとう」
四方が耳元で静かに囁いた。
そのまま、國弘の頬を両手で包み、涙を親指で拭われる。
四方の額が、國弘の額へそっと触れる。
「じゃあさ、付き合っちゃおうか、僕たち」
國弘は鼻をすすった。
付き合う。
四方先輩と。
それは、なんて現実感のないことなんだろう。
でも自分が望んでいたのは、それであることは間違いなかった。
「……よろしく、お願いします」
そう言ってから、はっとして上半身を少し離した。
「でもあの、一応言っておきますけども、本当に俺は、まだガキですし。
今は四方先輩に体触られたくらいで、寝こんじゃうくらいくらいなんですけども。
そういう方も、頑張っていこうとも思うので、だから、すぐにってわけにはいかないですけれども……」
それを聞いて四方は、そんことはなんでもないことのように問いかけた。
「キスは、できる?」
「え、あ……えっと、優しいやつ、なら……」
「優しいやつ……。それって、どういうの?」
「えっ……」
「ちょっと、やってみてくれる?」
四方は目を瞑り、國弘に唇を少し近づけたところでピタリと止まった。
國弘からしてくれるのを待っている、ということだろう。
國弘は頭が真っ白になって、しばらく彼のスッと通った鼻筋や、形の良い唇、白い肌をつぶさに観察した。
本当に綺麗だった。
「ん」
四方が、顔を少しだけ近づけてきて促してくる。
國弘は覚悟を決め、唇を押し付けた。
力が入っていたせいで、感触もなにも感じられたものじゃない。
到底、キス、と呼べるような代物ではなかった。
情けなさが胸に広がり、四方が呆れていないか気になって表情を窺う。
四方は、瞼を開き、國弘をじっと見つめてから、柔らかく笑った。
「なるほどね」
そう言うと、國弘の頭の後ろに手を回し、口付けをした。
優しい、でもちゃんとしたキスだった。
「……僕もね、國弘くんのこと、好きだよ」




