序 終わりのない旅路
『今ハ昔、奇ニ因リテ栄エ、亡ズル国アリケリ。
国ノ主、天君ト号シ、ソノ奇甚疎シキナリ。
ソノ奇トハ、言ノ葉ヲ現ニスル事ナリ。
天君ノ血筋ノ者悉ク之ヲ持、ソノ奇ヲ以テ国ヲ支フ。
然言天君親シ者次次増シタリケルニ、継目争ヒケレバ、拝シテ直人ニスレド、却テソノ奇使ハルル者増シ、血筋ノ値軽クナリタリケム、国内争ヒテ、行行傾キシナリ。
時外サズ有ラヌ国共ソノ国ヘ取掛キ、終ニ之ヲ倒シタリ。
其ノ国、「言霊之国」トゾ呼バレタリケル。』
―藤堂長十郎『日出国之歴史』より―
「御前」
うつらうつらとしていた揺りかごのような意識が、徐々に冴え始める。
「御前、着きましたよ」
何か夢を見ていたような気がしたのだが、その内容も頭の覚醒と共におぼろげになり、ついには分からなくなった。その代わりに、転た寝していた間も、きっと耳に届いていた音が、はっきりと聞こえてくる。かたん、かたん、と一定の間隔で発せられる音と共に、私の身体も揺れている。その揺れが心地よくて、どうやら微睡んでいたらしい。
「案内有難く御座います」
供の声。私の椅子を押してくれている、大切な供の男の声。それを耳にして、私もやっと頭を働かせるようになった。どうやら着いたようだ。
「私からも、お礼を申し上げます」
供の者に続いて、謝意を述べた。
「いやいや、おらもよく来る山だべな、先達がいた方がいいけなぁ」
案内してくれた婆は、にこにこと笑って答えた。この人は深く腰が曲がっている状態で、ここまで共に登ってきてくれたのだ。なんと優しい人だろう。私はその対価に、自分の荷物から絹を取り出し、少し切ったものをその婆に渡した。
「はー、こんな上等なもんもらっていいんべかー?」
婆はあんぐりと口を開けて私と絹とを交互に見て、まだ目には笑みを浮かべている。
「お礼ですから。……どうぞ」
そう優しく言うと、「大切にすんべぇ、ありがとうよぉ」と、婆は丁寧にそれを巻いて仕舞った。
「でもな、おめえたづ、この奥の山までいっちまうと、帰れなくなるべよ」
「?」
婆は先程の笑った顔から一転、笑みを消して、私と供の顔をしかと見つめて言った。
「奥の山にゃ鵺が住んどる言うて、だぁれも近寄らん。おらも暗いとこは怖いべぇ、よう行かん」
「鵺、ですか……」
「おっかない化けもんだぁ。山入ったもん、みんな啄まれる言うて。どげん奥の山は、骸がぎょうさん転がっとる言うど」
婆はあまりにも怖い顔をしてそう言う。私たちのことを心配して言ってくれているのだろう。
「大丈夫ですよ。奥の方には、行かないので」
安心させるように私が微笑むと、婆は「そうかぁ」と胸を撫で下ろしたようで。
「ほいじゃあ、達者でなぁ」
先程渡した絹の入った、重い籠を背負って、婆はもと来た道を下っていった。婆の姿が見えなくなるまで、私たちは手を振り続けた。
かすかな声を出す自然の囁きだけが残った頃、私はその静寂を打ち破る。
「では、行きましょう、孝詠」
「はい、御前」
私の供、孝詠は、また私の後ろへ回り込み、椅子の持ち手を握って、前に動かし、共に進む。私の足が悪いせいで孝詠には苦労を掛ける。
あの婆には嘘を言ってしまった。私たちは、鵺がいるという奥の山へ続く道を、登ってゆく。
とりあえず書き出しだけ……思いついたらもっと増えるかもしれません……




