第二十六話 焔姫ヴィリュインテーゼ
軍勢がぞろぞろと向きを変え、こちらに照準を合わせる中。最後方に陣取っている、この部隊の指揮官と思われる魔族を、視覚共有でウィルテイシアにも見せる。
走りながら、彼女は、腹立たし気に唇を噛みしめながら呟く。
「焔姫ヴィリュインテーゼ……」
こと戦闘に関して、相手に怯えた様子など見せたことのない、あのウィルテイシアでさえ、顔色が悪い。
「……知ってるのか?」
「……ああ。焔魔四将――焔姫ヴィリュインテーゼ。過去にも直接戦ったことがあるが、私が苦手とする相手だ。あいつがいるから、私は暗殺という形でしか、先代魔王を討伐できなかった!」
物理特化のウィルテイシアが苦手とする相手。焔魔四将で、焔姫というくらいだから、炎使いなのは間違いないだろうが。
頬を汗が伝う。
ウィルテイシアですら恐れる、その実力。姿を見せなかったこの千年で、さらに力をつけている可能性も捨て切れない。
定石としては、大軍勢の中を一点突破して、彼女を真っ先に討ち取るしかないが。それが容易に叶う相手でないのは、伝わってくる魔力の波動でわかる。
それに、彼女が引き連れている軍勢。それもまた魔物ではなく魔族ばかり。近づくにつれて、軍団が放つ魔力量も強く感じられるようになり、その強大さを伺わせた。
ウィルテイシアが掲げる魔族の根絶。
そもそも魔王討伐のための勇者パーティーの一員として、旅を始めた俺だが。そこまでは意識していなかったというのが事実。しかし、魔王を倒して終わりでないことは、今になって思えば考えなくてもわかること。過去の自分が、どれだけ浅はかだったのかを、見せつけられている気分になる。
「一対一の状況でヴィリュインテーゼと戦える状況を作ったとして、どれくらいなら持つ!?」
「長くて十五分! 短ければ五分だ!」
それが強がりでも楽観視でもないことはわかった。しかし、彼女の動きはどこか硬く、いつもとは違って見える。
「だが、貴方と一緒に戦うのに、何を恐れるものがある! むしろ喜ばしさで手が震えるくらいだ!」
明らかな嘘。
彼女は今、不安に陥っている。それは微妙な筋肉の硬直を見ればわかることだ。
ならば、俺にできることは一つ。彼女の不安を解消し、この戦いに勝利をもたらすべく奮闘することだけ。
「安心しろ、ウィルテイシア! キミはここで死なないし、俺も死なない! お互い、まだ死なれたら困るだろ?」
俺が笑ってそう言うと、彼女は驚いたようにこちらを見る。
が、彼女もすぐに笑顔になった。俺の気概は、無事に伝わったらしい。
「ああ。ああ……! そうだな! 二人でやりたいことがたくさんある! まだ交際だってしていないんだ! 二人で明るい未来を迎えるために、勝とう! ライオット!」
「任せろ! ウィルテイシアの道は、俺が切り開く!」
ウィルテイシアが物理攻撃しか行えないのなら、俺の魔法の見せどころ。一介の黒魔導士として、パーティーの剣士が切り込む隙を、この手で作って見せようではないか。
接敵まで、もう少し。
すでに大量の矢が雨のように降り注ぎ、俺たちの行く道を遮る。俺はそれを炎の魔法で消し炭にし、彼女と二人、止まることなく走り続ける。
この突撃は決して蛮勇ではないし、捨て身の特攻でもない。
圧倒的に不利なこの状況でも、確実に勝利を掴むための前進。誰もが憧れながら、さりとて実行することが困難な。それ故に王道と言われるその道を、俺たちは駆け抜ける。
「まずは俺が魔法で正面の道を切り開く! ウィルテイシアはそのまま前進だ!」
「了解した!」
まずは俺が先行して、魔族の軍勢の前に躍り出た。すかさず放つのは、土系統の大魔法。
「我求むるは大地の怒り。叫び、爆ぜ、砕けよ。その怒号は天をも揺さぶり、大海原も裂いて見せるだろう! グランドフィッシャー!」
大地を穿ち、敵の隊列を切り崩してから、その割れ目の中央を縫うように、土魔法で新たな道を作って、ウィルテイシアの進路を確保する。
走りながらでも大魔法の詠唱ができるのは、師匠の教えと日々の鍛錬の賜物でしかなく。これまで続けてきた努力が、この場で生きてきたことが、嬉しくてたまらない。
「行け! ウィルテイシア! 背中は任せろ!」
「ああ! この命、貴方に預ける!」
焔姫ヴィリュインテーゼの間近まで大きく割れた大地の裂け目にかけた細い橋を、ウィルテイシアは駆け抜けていく。彼女の背中は勇ましく、俺の前で魅せる可愛らしい女性の姿とは全く違った。でも、この背中もまた、彼女の真実の姿である訳で。俺も負けていられないと、より精神の昂ぶりを感じた。
「さぁさぁ! 魔族ども! 大将を守りに行く余裕なんてないぞ! 世界最強の魔導士の一番弟子が相手なんだからな!」
はったりを利かせるのも、戦闘を有利に進めるには大切なこと。あえて師匠を最強と言い切ることで、俺への注目度を高め。ウィルテイシアが、焔姫ヴィリュインテーゼと一対一で戦いやすい状況を作る。
「地面に大穴を開けたところで、たった二人で何ができる! 迎え撃て! 剣士のことは今はいい! 魔導士を叩くのだ!」
おそらく小隊長辺りの命令なのだろう。地面の崩落に巻き込まれなかった魔族の軍勢の残りが、俺の方に一斉に視線を向けた。それだけで相当な圧力だが、不思議と今は負ける気がしない。
「やれるもんならやってみな! 全員、俺の魔法で木っ端みじんにしてやるよ!」
普段なら言わないような言葉もあえて使って相手を挑発し、視線をくぎ付けにする。これも師匠からの教えだが、黒魔導士が率先して敵の注目を集めるなど、普通であれば考えられないことだ。
魔導士はあくまで後衛。敵の注意を引くのは前衛の役目というのがパーティー戦闘における定石である。それをあえて破ろうというのだから、うちの師匠は魔導士に厳しいとしか言いようがない。
が、その教えが今、こうして生きているのだから。師の言うことは何事も正しいのだと、あらためて実感することができた。
「まだまだ行くぞ!」
俺は追加の魔法で残った大軍勢を少しずつ散らしていく。けど、いくら魔法を打ってもきりがない。せめて極大魔法が使えればいいのだが。それを使ったらウィルテイシアも巻き込んでしまうので、使うとしたら、せいぜい大魔法くらいまで。
大地の裂け目の両端を、魔族の群が洪水のように押し寄せて来る。流石は大軍勢。ちょっとやそっとでは切り崩せない。
これからこれを相手にしなければならないと思うと、正直足が竦む思いだけど。それでも、俺の頭は思っていたよりも冷静に機能している。決して余裕がある訳ではないものの。この状況で何をすればいいのかは、スッと行動に移すことができたのである。
まずは魔族の足元めがけて、一面の氷を放った。地面とともに足が凍り付いた魔族たちは、その場から動けなくなる。そこに雷撃の魔法を放ってやれば、魔族同士の身体を電撃が伝わり、広範囲の敵に効率よくダメージを与えることができる訳だ。
もちろん。今回は海上とは違うので、威力を加減する必要はない。
全力で放った雷撃は、次々と魔族の身体を伝播し、一度の魔法で視界に入る分くらいの軍勢を一掃する。
「くっ!? 怯むな! 相手はたかが人間! これだけの魔法を連発すれば魔力の消耗は大きい! 数で畳みかけろ!」
先ほどとは違う声が、軍勢に指示を出した。
これほど膨大な規模の軍勢だ。個別の小隊の指揮官も複数いるのだろう。
だが、声を上げて自らの位置を明かしてくれるのはありがたい。俺はその指揮官めがけて落雷の魔法を放ち、ピンポイントで指揮官を撃破する。
統率の取れていた軍勢は一気に混乱し、動きが乱れた。
変わらず攻めかかって来ようとする者。
指揮官の死を受けて足を止める者。
俺の魔法に恐怖し、逃げ出そうとする者。
魔族と言えど、この辺りは人間と同じような個性があるということか。
そういうことならやりやすい。相手が理解の及ばない怪物ならともかく、見知った相手と同じように動くなら、攻略法はいくらでもあるのだから。
「死にたい奴からかかって来い! 滅尽のレザルーナの一番弟子が相手をしよう!」
相手を怯ませるべく、あえて師匠の名を掲げ。俺は光属性魔法で、広範囲に星の礫を降り注がせる。
焔魔四将が率いる軍隊が火に耐性がない訳はない。だからこそ、火属性の魔法でなく、水や土、風、氷、雷、そして光属性の魔法を選んでいるのだ。
思惑通りに戦闘が進められる感覚が、俺にとっては新鮮で。勇者パーティーでは決して得られなかった多幸感と、興奮に包まれる。
今までは自分の実力に自信がなかった俺だが。この戦いを経験したことで、俺は自身の能力が持つ可能性を見出すことができた。実にありがたい。そういう意味では、この襲撃にも感謝するべきだろうか。
怒号と悲鳴に包まれた戦場で、俺は一方的な虐殺を繰り返す。迫り来る軍勢を薙ぎ払い、吹き飛ばし、すり潰して。
しかし、心はどこまでも冷静に。
ふと、先を行ったウィルテイシアの安否を気にかけた。
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