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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
侵攻の足音。揺れる誓いの行方編

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地獄の底で、婚約を

「……私、いつも美月様を優先されて、寂しくて、不安だから。……ダメ?」

 

 ラミルの無差別な魔術襲撃によって、一瞬にして紅蓮の地獄へと変貌した王都。

 炎上する街と人々の悲鳴が響き渡るなか、王城への異変を察知して焦燥に駆られたゼクスは、最悪の失言によってセシルの逆鱗に触れてしまう。

 

 ゼクスの美月への未練を冷徹に、そして完璧に人質に取るセシル。

 彼女は、ゼクスから「何でもする」という言質を引き出すと、この凄惨極まりない戦火を背景に、愛らしく、けれど絶対に逃げられない「婚約」という名の永遠の首輪を突きつけた。

 

 魂が凍りつくような戦慄を覚えながらも、その重すぎる愛の温もりに「婚約」を約束し、王城へと走り出すゼクス。

 最愛の男を完全に手に入れた至上の充足感と、不快な羽虫への圧倒的な殺意を胸に、氷の魔女が夜の街へと躍り出る──。

 奪取した馬に乗り、険しい迂回路を駆け抜けた拓真とラミルが、王都の巨大な城壁を視界に捉えたのは、太陽が完全に沈みゆく夕暮れ時のことだった。

 人混みに紛れ、潜伏の場所を確保すると、ラミルは冷徹な眼差しで城の構造を確認し、淀みない作戦を口にした。


「私が街で暴れて陽動します。騎士団の大半が出払っている今なら、注意を引きつけるのは容易いでしょう。その隙に拓真殿は王城へ。エドワードを仕留めたら、即座に退却してください。合図は真上に放つ炎魔術です。私が撤退する場合も、氷魔術を打ち上げます」


「皇帝にはいろいろ世話になってるしな。……ああ、きっちり仕事をこなしてやるよ」


 拓真は首の骨をボキリと鳴らし、獰猛に笑う。その拳は、新たな獲物の血を求めて微かに震えていた。


「ただし」と、ラミルが昏い瞳で強く釘を刺した。

「万が一、銀髪の男――ゼクスと遭遇したら、即座に作戦を中止し、全力で撤退してください。もし、彼がその身に銀髪の少女や聖女を寄り添わせていたなら、尚更です。治癒ありきの力、今の拓真殿ではあの領域の怪物には絶対に歯が立ちません」


「……ほう、そいつが例の怪物か。逃げろと言われりゃあ、余計に喉元を噛み切りたくなるのが性分なんだがなぁ」


 拓真の瞳に、ギラギラとした対抗意識と嗜虐的な光が混じる。

 やがて夜が訪れ、王都が静寂に包まれる。


「では、手筈通りに」


 二つの影が、死神の如く闇へと溶け込んでいった。


 ─────


 突如として、王都の平穏は轟音とともに崩れ去った。

 ラミルの放つ数十本のアイスジャベリンが街の各所を無慈悲に穿ち、家々を破壊していく。無差別な魔術攻撃に、夜の往来は一瞬にして悲鳴と血に染まる地獄へと変貌した。

 異変を察知した学院生たちが立ち向かうが、本職の暗殺者であるラミルの前には赤子も同然、即座に打ち伏せられていく。事態を重く見た宮廷魔術師エレノアが、直ちに出撃の号令をかけた。


 一方、ゼクスとセシルは混乱の渦中、大通りの向こう側を見つめて立ち尽くしていた。

 王城の一角から、黒い煙が激しく立ち上る。


「……王城に、誰か入り込んだ」


 ゼクスの視線は、煙の上がる一点を鋭く射抜いた。あそこにはエドワードが、そして美月がいるかもしれない。今すぐにでも駆け出したい。だが、目の前には傷つき、助けを求めて逃げ惑う市民たちの姿があった。

 守るべきものが二つに割れた瞬間、ゼクスの心に焦燥という名の毒が回っていく。


「スーちゃん……街の人は、どうするの?」


 セシルの冷徹な問いに、ゼクスは激しく葛藤する。あちらを助ければ、こちらが死ぬ。

「セシル、街の方は君に任せてもいいか? 俺は城へ――」


「……私の安全より、美月様なんだ?」


 セシルの声は、夜の風よりも冷たかった。

 ゼクスはハッとして、己の最悪な失言を呪った。セシルの実力なら、あの襲撃者を退けることは可能だろう。だが、自分の弱さのせいで彼女を戦場にたった一人で残すなど、今の自分には到底、許されることではなかった。


「……ごめん、セシル。俺が間違っていた。一緒に行こう、王城へ」


 ゼクスがその手を取ろうとした瞬間、セシルはふっと肩の力を抜き、満開の花のように微笑んだ。燃え盛る街の紅蓮の炎に照らされたその可憐な顔は、聖女のようでありながら、どこか底知れない悪魔的な美しさを孕んでいる。

 その瞳の奥には、ドロリとした濃密な執念が揺らめいていた。


「いいよ、スーちゃん。街の方は私がなんとかしてきてあげる。……その代わり、私にご褒美がほしいな?」


「ご褒美? ああ、俺にできることなら何でもいい。何でもするから、言ってくれ」


 日頃の無条件な感謝からか、そして目の前の惨状による焦燥に駆られたからか、ゼクスは、その言葉の重みも知らずに即答した。

 それを待っていたかのように、セシルはゼクスの耳元に唇を寄せ、甘く、冷たく囁く。


「美月様もエドワード様と婚約してるんだし……スーちゃんも、私と婚約してほしいな? ……私、いつも美月様を優先されて、寂しくて、不安だから。……ダメ?」


 燃え上がる街、響き渡る悲鳴と絶叫。

 そんな凄惨極まりない背景の中で、彼女は小首を傾げて愛らしく、けれど絶対に逃げ場を塞ぐように「永遠の束縛」を要求してきた。

 この狂ったタイミングで、自分の美月への未練すら利用して首輪を嵌めてくる少女の異常な執念に、ゼクスは魂が凍りつくような戦慄を覚えた。だが、それと同時に、自分をここまで狂おしく求めてくれる存在への、抗えない甘美な諦めが背中を走る。


「……わかった。約束する。だからセシル、相手が想像以上に危なかったらすぐに逃げるんだぞ」


「うん! 約束、だよ?」


 ゼクスは弾かれたように、城へと走り出した。

 残されたセシルは、熱い吐息を漏らしながら「婚約者」という至高の響きの余韻を噛みしめる。


(……えへへ、約束したよ。スーちゃん。これで、もうどこにも行けないね。私のスーちゃん……)


 歓喜に身体を打ち震えさせながらも、次の瞬間、彼女の瞳からは一切の温度が消え失せた。

 絶対的な氷の冷徹さを身に纏い、破壊音の響く街へと駆け出す。その足取りは、最愛の男を手に入れた至上の充足感と、街を壊す不快な羽虫を叩き潰そうとする殺意に満ちていた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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