微笑みの裏の爪痕。エドワードの憎悪とセシルの確信「あなたはあの子を守るんだね」
「──俺は、この国のすべてを壊すかもしれません」
緊急招集された謁見の間。王国の重鎮たちが並ぶ中、ゼクスが放ったのは、愛の告白などではなく、剥き出しの『脅迫』だった。
国境に迫る帝国の軍勢。最大戦力として前線へ赴くことを期待されるゼクスだったが、彼は聖女・美月が王都に残ることを知るや否や、不遜にも王都の死守を申し出る。
セシルへの執着を隠れ蓑にし、その瞳の奥にドロリとした独占欲を湛えて言い放つ「宣戦布告」。
その言葉の裏にある「美月への未練」を敏感に察知するエドワードとセシル。
それぞれの疑惑と執念を抱えたまま、王都に留まることになった四人。
しかし、彼らはまだ知らない。その王都へ向けて、帝国の狂犬・大久保拓真が音もなく迫っていることを──。
王都の静寂を切り裂くように、数騎の早馬が城門へと駆け込んだ。
伝令兵の悲鳴に近い叫びは、瞬く間に王城全体を焦燥の渦へと叩き落とした。
「緊急事態だ! 全将官、直ちに謁見の間へ集結せよ!」
石造りの廊下に、重い鎧の音が不協和音を奏でて響き渡る。
急遽招集された重鎮たちの中心に、場違いなほど静かな佇まいのゼクスとセシルの姿があった。
重厚な扉が開くと、そこには国王を筆頭に、王国の盾と謳われる将星たちが顔を揃えていた。白銀の甲冑に身を包んだ王国騎士団長レイヴンが、ゼクスを無言のまま射抜く。その鋭い眼光は、得体の知れぬ魔力を纏う少年を値踏みし、同時に激しい警戒を露わにしていた。
「ゼクス、そしてセシル。急な呼び出しに応じ、感謝する」
国王の苦渋に満ちた声が響く。
国境線へ迫る帝国の大部隊。だが、それはあまりに「あからさま」な進軍だった。
「敵の狙いは不明瞭だ。ゆえに部隊を二つに分ける。騎士団長レイヴン、魔術師団長キュラムの軍勢。あるいは、ゼクスとセシル。どちらかに前線へ向かってもらい、一方が王都の守備を担う」
国王は一拍置き、値踏みするようにゼクスを見据えた。
「聖女・美月殿にはこの城の守備を任せる。ゆえに、優れた治癒を持つセシルと共に……そなたら二人には前線へ赴いてほしい」
ゼクスは無表情のまま、謁見の間を見渡した。そこに、あの柔らかな髪の少女がいないことを冷徹に確認する。
「……確認させてください。美月様は、城に残るのですね?」
「ああ。彼女には過酷な戦場はまだ早かろう。ましてや、初戦が今回のような大規模な生き死にはキツかろう……それに、エドワードも彼女を傍に置きたがっていてな」
国王の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ゼクスは短く息を吐いた。
その瞳の奥で、自分でも制御しきれない独占欲の炎が、ドロリとした暗い色を湛えて揺らめく。
「ならば……俺は、王都の死守に回らせてください」
「なに……?」
意外な申し出に、場が凍りついた。最強の戦力であるゼクスこそ前線へ出すべき――そんな常識が、彼の静かな一言で粉砕された。騎士団長レイヴンが不快げに眉を寄せる。
「身勝手な言い分だとは承知しています。ですが……」
ゼクスが一歩、前へ踏み出す。
その瞬間、謁見の間の気温が数度下がったかのような錯覚が一同を襲った。ゼクスから溢れ出した無機質な圧が、並み居る騎士たちの肩を圧し潰す。
「俺は、セシルを危険な戦場へ連れ出したくない。彼女と離れたくないのです。もし、俺のいない場所で彼女に万が一のことがあれば……」
ゼクスはゆっくりと視線を上げ、国王を、そして騎士たちを順に射抜いた。その瞳には感情の一切が欠落した虚無の色があった。
「――俺は、この国のすべてを壊すかもしれません」
それは愛の告白などではなく、その場にいる全員に向けた、剥き出しの『脅迫』だった。
レイヴン団長は本能的に剣の柄に手をかけたが、その指先が微かに震えていることに気づき、愕然と目を見開く。もしセシルを失えば、この国ごと敵も味方も灰にする。一切の冗談を排したその宣言は、王国の守護者ではなく、王国の隣に座る「災厄」の言葉だった。
国王は戦慄を隠し、僅かに目を細めて頷いた。
「……そちは軍属ではない。本人の意思を尊重しよう。王都の守備、頼んだぞ」
だが、その場にいた二人の心境は、言葉通りには受け取れなかった。
(……この期に及んで。まだ、彼女を想うのか。君は)
エドワードは、ゼクスの横顔を見つめ、抑えきれない苛立ちを拳に込めた。セシルへの執着という体裁をとりながら、城に残る美月を戦の恐怖から遠ざけようとするゼクスの狂気。その独占欲を隠そうともしない不遜な態度に、エドワードの喉元には黒い憎悪が込み上げた。
そして、隣に立つセシルもまた。
(……スーちゃん。表向きは私の為って言ってるけど……。その目は、美月様を心配する時の目だね)
握りしめた手のひらに、爪が深く食い込む。
自分を守ってくれるという言葉は嬉しい。けれど、「すべてを壊す」というそのあまりに重い言葉すら、美月のいる場所を死守するための隠れ蓑にされているのだとしたら。
――美月様も、大事なんだ。やっぱり、まだ。
私だけを見てくれてるなんて、自惚れだった。私を盾にして、あなたはあの子を守るんだね。
それでも、セシルはゼクスの腕にそっと手を添え、幸せそうに微笑んでみせた。たとえ利用されているのだとしても、彼が自分のために「すべてを壊す」と言ってくれた事実だけを、心の拠り所にするしかなかったからだ。
王国の危機を前にして、四人の心は一つになるどころか、より深く、鋭く乖離していく。
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