交わされる演技の微笑み。かつての約束を置き去りにした、地獄の昼食会。
「……今日からでも」
白を基調とした清潔感あふれる小食堂。
豪奢な銀食器が並び、王族たちの無邪気な祝福が飛び交うその場所は、ゼクスと美月にとって、どんな劇薬よりも苦い「決別の味」がする地獄だった。
目の前で見せつけられる、セシルの甘い毒と「あーん」の光景。
かつて自分が拒まれた特権をやすやすと受け入れる涼翔の姿に、美月は涙を隠しながら、冷たい粘土のような食事を口に運ぶ。
だが、エドワードの問いに対するゼクスの「今日からでも」という一言が、静かに波紋を広げる。
案内された小食堂は、白を基調とした清潔感あふれる内装で、テーブルには季節の鮮やかな花々が活けられていた。
豪奢な銀食器が並び、香ばしい肉の焼ける匂いが漂う。だが、ゼクスにとっては、そのすべてがひどく現実味を欠いた光景に映った。
「さあ、皆、遠慮せず食べてくれ。今日は特別な日だ」
上座に座る国王が、朗らかな声で一同を見渡す。その隣には、慈愛に満ちた笑みを浮かべる王妃の姿もあった。
「美月さん、顔色が優れないようだけれど……。大丈夫?」
王妃の優しい言葉が、美月の胸をナイフのように切り裂く。
「……ありがとうございます、王妃様。少し、外の空気に当てられただけですので……」
美月は震える手でフォークを握り、目の前の料理を一口運ぶ。だが、舌の上で広がるはずの旨味は一切感じられず、ただ冷たい粘土を噛んでいるような感覚しかなかった。
「ははは! 美月よ、そんな顔をするな。ゼクスのような頼もしい男が味方についてくれたのだ。今後は彼が、そなたに魔術を指南してくれるのだろう? これほど心強いことはあるまい」
国王の嬉しそうな言葉。さっきまでは、涼翔が教えてくれることが何よりも嬉しかったはずなのに。今は、どんな顔をして彼の前に立てばいいのか、自分にその資格があるのかさえ分からなくなっていた。
「……光栄です。微力ながら、美月様のお力になれるよう尽力いたします」
ゼクスは淡々と答え、料理を一口口へ運んだ。喉を通る物体が、かろうじて彼に「今、自分は生きている」という自覚を与えてくれる。
「セシルくんの魔術の冴えは、ゼクス殿から教わったものなのかい? 実に見事だったが……」
エドワードの問いかけに、待ってましたと言わぬばかりにセシルが頬を染めた。
「はい! スーちゃんはとっても賢いんですよ? 雷を通さない水も、岩を貫通する水も難しかったけど、スーちゃんが一生懸命私のために考えて教えてくれたんです」
ゼクスを見つめるセシルの瞳には、純粋な愛着と、それを美月に見せつけるための残酷な誇らしさが同居していた。
「これは益々、魔術の指導が楽しみじゃな」
国王が満足げに頷く。
(……もう美月様は叩きのめした。これ以上スーちゃんと接触させるのはあまり良くない)
セシルはテーブルの下で、独占を確かめるように、さらに強くゼクスの膝を掴んだ。
「スーちゃん、このお肉、とっても美味しいよ? はい、あーん」
王の前だというのに、セシルは一切の躊躇なく、切り分けた肉をゼクスの口元に運ぶ。
「……セシル、陛下たちの前だぞ」
「いいじゃない。ねえ、陛下? 私たち、とっても仲良しなんです」
「ガハハ! 構わん、構わん! 若い者が睦まじいのは良いことだ。エドワードも負けておれんな?」
王の豪快な笑い声が食堂に反響する。エドワードはそれに合わせるように、美月の肩にそっと手を添えた。
「ええ、父上。私も、彼女を全力で支えるつもりです。……なあ、美月?」
「……っ、はい……」
美月は力なく微笑み、隣にいるエドワードに寄り添う演技を強いられる。その光景は、側から見れば二組の幸せなカップル。だが、ゼクスの視界に映るそれは、網膜を焼くほどに残酷で、歪な幻燈にしか見えなかった。
(……見せたくない。見たくない。あんな風に食べさせて。……昔、私が涼翔にしようとして、恥ずかしがって断られたこと。今の涼翔は、あの子になら許しているの……?)
美月の瞳から、一筋の涙が零れ落ちそうになる。彼女は咄嗟にナプキンで口元を拭うふりをして、それを隠した。
王族たちの無邪気な祝福と、セシルの甘い毒。
それらが混ざり合った豪華な食事は、ゼクスと美月にとって、どんな劇薬よりも苦い「決別の味」がした。
「……そういえば、ゼクス殿」
不意にエドワードが射貫くような視線をゼクスに向けた。
「美月への魔術の教授は、いつから始めてくれるのかな? 予定を調整しておきたいんだが」
「いつでも大丈夫ですよ。なるべく早くが良いでしょうし、なんなら今日からでも」
ゼクスの頭にあるのは、ハンスから聞いた「家にある異世界の書物」のことだった。まずはその書物が家にあるか確かめてから王立図書館の禁書庫へ行けばいい。なら、ここで指導を優先しても問題ない。
しかし、その場にいる者たちの受け取り方は全く異なっていた。
(……今日から? そんなに、私と一緒にいたいの……? 酷いことを言った後で、どうして……)
美月の心は、拒絶と期待の狭間で激しくかき乱され、虚無の中に淡い、けれど毒のような希望が混じり始める。
(……スーちゃん? どうしてそんなに急ぐの。そんなにあの女に教えるのが楽しみなの……?)
セシルは、ゼクスの膝を掴む指先にさらに力を込めた。自分の知らない「焦り」をゼクスが見せたことに、どろりとした嫉妬の炎が胸の奥で燃え上がる。
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