「探してくれればよかった」──間に合わなかった聖女と、今隣にいる幼馴染。
「……私こそ、取り乱してしまって……ごめんなさい」
庭園に響いたのは、美月の絶望が枯れ果てた末の、死んだような謝罪だった。
ゼクスは自ら美月の心を抉り、エドワードの腕へと突き放す。
「それが君の幸せだ」と自分に言い聞かせ、口の中に広がる鉄の味を飲み込みながら。
その光景を特等席で眺めていたセシルは、勝利の熱に頬を染め、ゼクスの腕に深く、深く、その爪を立てる。
「今、この人の隣で体温を感じているのは、私」
すべてを失い、深い虚無へと堕ちていく聖女。
愛する人を殺し、冷徹な仮面を被り続ける英雄。
晴れやかな陽光の下、一行は地獄の昼食会へと歩みを進める──。
静寂を切り裂いたのは、石畳を叩く急ぎ足の音だった。
エドワードの背を軽く叩いて促し、セシルとエドワードが弾かれたように駆け寄ってくる。
「美月様……! どうしたんですか、そんなに泣いて……!」
セシルの悲痛なまでの叫びに、エドワードも顔を険しくして歩み寄った。そこにあるのは、膝をつき、嗚咽を漏らす婚約者の無残な姿と、それを冷徹な瞳で見下ろす英雄の姿。
「……一体、何があった。ゼクス、私の婚約者をここまで泣かせるとは、穏やかではないな。説明してもらおうか」
エドワードの声には、王族としての威圧感と、愛する者を傷つけられた男の剥き出しの怒りが籠もっていた。
「エドワード様、違うんです……私が、私が勝手なことを言って……ごめんなさい……っ」
美月は顔を覆い、断片的な謝罪を口にすることしかできない。その隣で、ゼクスは感情を押し殺した声で静かに口を開いた。
「……申し訳ありません。彼女があまりに元の世界の未練を口にするので、強く言ってしまったのです。エドワード王子という素晴らしい婚約者がいながら、いつまで過去を振り向いているのかと」
(……違う。こんなことが言いたいわけじゃない。今すぐその腕から奪い取って、一番大事なのは美月なんだだと謝りたい。……けれど、俺がここで揺らいだら、君の幸せを壊し不幸にしてしまう。……耐えろ。血を流すべきなのは俺一人でいいんだ)
「……っ!」
美月が顔を上げ、ゼクスを激しく睨みつけた。その瞳には、よくもそんな残酷な言い換えを。という非難と、あなたはどこまで私を突き放すの。かという絶望が混ざり合い、言葉にならない激情が涙と共に溢れ出す。
ゼクスは、その視線から逃げるように目を伏せた。視界が滲みそうになるのを必死で堪え、冷徹な仮面が剥がれ落ちないよう、口の中で奥歯を強く噛み締める。鉄の味が広がるほどの痛みが、かろうじて彼を踏み止まらせていた。
「……そうだったのか」
エドワードは美月の肩を抱き寄せ、その震えを鎮めるように優しく引き寄せた。
「だとしても、ゼクス。女性を、ましてや一国の聖女をこれほどまでに泣かせるものではない。君の言い方は少々、無作法が過ぎるのではないか」
エドワードは美月を庇う「理想の婚約者」を演じながら、内心でほくそ笑む。セシルの誘導は見事だ。これで美月がゼクスに抱いていた淡い期待は粉々に砕けたはずだ。彼女が縋れるのは、今自分を抱いているこの腕しかないのだから。
「スーちゃんも、悪気があって言ったわけじゃないんです。美月様の幸せを想うあまり、言葉が過ぎてしまっただけで……」
セシルがそっとゼクスの側に寄り添い、その大きな手を両手で包み込むように握りしめた。
「ねえ、スーちゃん…… ちゃんと謝ろう?」
(……ふふ、聞こえてたわよ、美月様。『探してくれればよかった』? 間に合わなかったのよ、あなたは。今、この人の隣で体温を感じているのは、私。この人の絶望を分かち合っているのも、私。あなたは一生、思い出の残骸と心中していればいいの)
セシルの瞳は勝利の熱でわずかに上気し、その潤んだ瞳の奥で暗い愉悦が踊っていた。
ゼクスは、美月を抱き寄せるエドワードを見据え、一歩前に出ると深々と頭を下げた。
「……美月様、先ほどは取り乱し、失礼な物言いをしました。お詫びいたします。……けれど、俺の考えは変わりません。それが、あなたにとっても俺にとっても、必要なことだと思いますから」
頭を下げたまま、彼は人知れず血の混じった唾液を飲み込んだ。
その言葉に、美月の心臓が抉られる。
(涼翔……。それが、あなたが選んだ道なのね。私があの叫びをぶつけた後でさえ、あなたは私の知るあなたを殺しきるつもりなのね……)
「……はい。私こそ、取り乱してしまって……ごめんなさい」
美月は枯れ果てた声で答え、エドワードの胸に力なく頭を預けた。
もう、戦う気力すら残っていない。その瞳からは、かつての涼翔を探す光さえ失われ、ただ深い虚無だけが淀んでいた。
「……殿下、セシル殿。昼食の準備が整いました。小食堂へご案内いたします」
背後から、空気を読まぬ従者の声が響く。
「……行こうか、美月。冷たい水で顔を洗うといい」
「スーちゃん! 私、お腹空いちゃった!」
残酷なまでに晴れやかな陽光の下、壊れてしまった二人の過去を置き去りにして、一行は食堂へと歩み出す。セシルはゼクスの腕にさらに深く、勝利の重みを刻み込むようにしがみついていた。
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