「涼翔が教えたんだ」──目の前で繰り広げられる、共有された時間の暴力。
「雷にそれ!?」「正気か!」
演練場に響く驚愕の声。
師団長キュラムの放つ雷光を、セシルは薄い水の膜一枚で受け流す。
それは、不純物を排した水が絶縁体となるという、この世界の理を超えたゼクス直伝の叡智だった。
自分が知らない涼翔を、あの女が形にしている。
魔術という名の「愛の証明」を見せつけられ、美月の心は冷たい氷を飲み込んだように凍りついていく。
超高速の水弾、降り注ぐ雹の嵐。
師団長の余裕を奪い、演練場を濃霧で包み込んだセシルの瞳に宿るのは、聖母の慈愛か、それとも──。
演習場の中心で、キュラムは不敵な笑みを浮かべ、自身の魔力を静かに膨らませた。
「君は水と『治癒』が使えるんだってね。……僕は火と土、それに雷と水が使える。僕だけが君の手札を知っているのはフェアじゃないからね。先に教えておくよ」
それは、弱者に対する強者の余裕だった。二十代前半で師団長に登り詰めた彼にとって、この戦いはあくまで「査定」に過ぎない。
「じゃあ、早速始めようか。どこからでもかかっておいで」
(……この人に勝って、証明しなきゃ。スーちゃんの隣にふさわしいのは、美月様なんかじゃない。私なんだって)
セシルは、観覧席に座る美月を一瞥した。その瞳には、かつての可憐な少女の面影など微塵も残っていない。
「……行きます」
セシルが指先を振るった瞬間、演練場の空気が一気に凍りついた。
「――『アイスジャベリン』」
数十本という、常軌を逸した数の氷の槍が空中に生成される。それらは一本一本が必殺の威力を秘めながら、豪雨のごとき勢いでキュラムへと殺到した。
「なっ……あの量!?」
場内が騒然となる。魔術師たちは驚愕して立ち上がり、国王さえもその威力に目を見開いた。
「ははは! すごいね、君! エレノアが言ってた通りだよ!」
キュラムは驚きを歓喜に変え、瞬時に『ファイアボール』を連射して氷槍を次々と相殺していく。爆炎が吹き荒れる中、彼は追撃の手を緩めない。
「でも、水は雷に弱いよね? ――『ライトニングスピア』!」
放たれた雷光が、空気を引き裂きながらセシルへと伸びる。だが、セシルは避ける素振りも見せない。
「――『ウォーターシールド』」
彼女の目の前に展開されたのは、向こう側が透けて見えるほどに薄い水の膜。本来なら雷に焼かれるはずのその盾は、セシルが極限まで不純物を排し、魔力で絶縁体へと変質させた「絶対絶縁」の領域だった。
「雷にそれ!?」「正気か!」
誰もがセシルの敗北を確信した。水は雷を通す。それがこの世界の理だ。
――しかし。
凄まじい速度で着弾した雷光は、一点に集中したエネルギーを逃がす場所を失い、シールドの表面で激しい火花となって虚しく霧散していく。
一本、また一本と執拗に撃ち込まれる雷槍のすべてが、その薄い膜に阻まれ消えていく。
(スーちゃんが教えてくれた水の可能性……不純物を排した水は、牙を剥く雷さえ受け流す……!)
「……なっ! 雷が、水を通らないだと……?」
キュラムの顔から余裕が消えた。何発撃っても、セシルの盾は微動だにしない。
(……そっか。きっと、涼翔が教えたんだ)
美月の脳裏に、仲睦まじく魔術を教えている二人の光景が嫌応なしに浮かぶ。自分が知らない場所で、二人がどれほど濃密な時間を積み重ねてきたのか。その残酷な証明を、今、目の前で「魔術」という形で見せつけられている。
自分だけが知っていたはずの涼翔を、あの女が完璧に独占している。その事実に、美月の心臓は冷たい氷を飲み込んだように凍りついた。
「『アクアプレッシャー』!」
セシルの掌から、超高速の水の弾丸が放たれた。空気を切り裂く鋭い音が響き、弾丸がキュラムの腕を掠める。
「……っ!」
皮膚が裂け、鮮血が舞う。キュラムは目を見開き、咄嗟に『ストーンウォール』を展開して盾とした。しかし、連射される水の弾丸は、強固な石の壁をも貫通し、キュラムの脇腹を掠めて服を切り裂いた。
(おいおい、マジかよ……!)
キュラムは戦慄し、魔力を注ぎ込んで石壁をより分厚く補強する。
(……この人は、私より強い。試すようなことをせず、最初から真っ向勝負の撃ち合いなら、危なかった)
セシルは冷静にキュラムの力量を測る。だが、彼が実力を「試そう」としている今この瞬間、意識はセシルの「攻撃魔術」にのみ集中している。そこに、致命的な隙があった。
「――『ヘイルストーム』」
演練場の頭上に巨大な高圧水流の嵐が発生し、超高密度に圧縮された雹と化して降り注ぐ。水魔術だけで織りなすその圧倒的な威容に、観覧席の周囲はどよめいた。
「『エクスプロード』!」
キュラムは咄嗟に大爆発を引き起こし、頭上の嵐を強引に吹き飛ばした。激しい魔力同士の衝突。その結果、演練場には視界を完全に遮断するほどの濃霧が立ち込めた。
もはや、力を見るには十分すぎる光景だった。
国王の傍らに控える大臣が、冷や汗を拭いながら進言する。
「陛下、もはや力は証明されました。このあたりで収めてはいかがかと……。これ以上は少々、危険すぎます」
しかし、国王は身を乗り出し、その瞳に妖しい光を宿して答えた。
「何を言う。こんな面白いものを途中でやめさせるわけなかろう? それに、さっきのキュラムの顔を見たか? 実に楽しそうだったではないか」
白一色に染まった演練場を見下ろし、王は低く笑った。
「さて、この濃霧の中……一体どうなっているのかのう」
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