第一話
「エオリア・ルーズバイン嬢。今この時を以て、貴女との婚約を破棄させてもらう」
私、エオリア・ルーズバイン侯爵令嬢の婚約者であり、アイスラン王国の王太子であるフィオネル・アイスラン殿下が宣言する。
黒曜石のように艶やかな髪に、星の瞬く夜空を閉じ込めたような瞳。
誰もが息を呑む程の美しさで本来は優しい面差しのフィオネル様は、眉を寄せ険しい表情で私を見据えている。
そのフィオネル様の傍では、銀髪と緑眼の私とは真逆の、蜂蜜のように輝く髪とルビーをはめ込んだようなつぶらな瞳の、愛らしい少女が怯えた様にこちらを見ている。
今日はフィオネル様の17歳の誕生日を祝うパーティーで、本来ならば婚約者である私が同伴しているはずなのだが、フィオネル様は婚約者ではなくこの愛らしい姿の少女、マルチナ・ワルダー子爵令嬢を伴って現れた。
フィオネル様のお言葉に周囲の人々は静まり返るが、ひそひそと囁く声も聞こえてくる。
『やはりあの噂は本当だったのだ』と。
エオリア侯爵令嬢は、マルチナ子爵令嬢に罵詈雑言を浴びせ、持ち物を汚したり壊したり、暴力を振るうような酷い女だという噂。
「エオリア、貴女はこれまでマルチナに酷い嫌がらせをしてきた。そのような女性と結婚はできない」
「…そうですか」
フィオネル様が蔑むように私を見ている。
でも、私は特に何も感じない。
もうその冷たい視線にも慣れてしまったから…。
私たちは同じ王立の学園に通っている。
王家と我がルーズバイン侯爵家の家同士の婚約とはいえ、フィオネル様は婚約者である私を大事にしてくださっていたし、私もフィオネル様をお慕いしていた。
でも、いつ頃からか、フィオネル様の近くにマルチナ様が頻繁に現れるようになっていた。
他の令嬢たちにマルチナ様に忠告するべきだと言われたこともあるし、フィオネル様との距離が近すぎると思うこともあったけれど、王族であり婚約者のいるフィオネル様なら一線は引いてくださるだろうと思っていた。
度々、マルチナ様の振る舞いに腹を立てた令嬢たちが詰め寄っているのを見かけることもあったが、その度仲裁に入っていた。
どちらに肩入れすることもなく、ただ、周囲に誤解を与えないように婚約者のいる殿方と親密になるのは避けた方がいいと、やんわり忠言したことがある。
私がマルチナ様にしたことといえばそれだけである。
ところが、フィオネル様とマルチナ様二人の仲が親密になるにつれ、比例するようにフィオネル様の私への態度が冷たくなっていった。
「エオリア、いい加減マルチナ嬢への嫌がらせをやめないか。目に余るぞ」
そしてある日の昼食時、学園内の食堂で突然マルチナ様に対する嫌がらせをやめるように言われたのだ。
以前ならフィオネル様と昼食をとっていたけれど、マルチナ様に取って代わられてしまっていた。
今もフィオネル様の腕に縋り付き瞳を潤ませている。
「フィオネル様…、嫌がらせ、ですか?」
何も心当たりがないことを言われ、寝耳に水である。
「白々しいぞ、エオリア。私の婚約者であることを笠に着て、マルチナ嬢へ何度も嫌がらせをしているだろう」
フィオネル様の婚約者であることを笠に着たことなど一度もない。
「いえっ…」
「フィオネル様!皆さんが見ているところでそんなことを言ったら、あとでエオリア様にまた怒鳴りつけられてしまいますっ…!」
全く身に覚えがありません、と言おうとするも他の声に邪魔されてしまった。
え?私は生まれてこの方、誰かを怒鳴りつけた事は無いですが?
「それに…汚されてダメになったドレスもフィオネル様が新しい物を用意してくれたから、もういいんです」
ドレス?何の話ですか?
「マルチナ嬢…、私の婚約者が本当にすまなかった。酷く傷ついただろうに、貴女は優しいな」
話が全くわからない。
一体どういうことなのだろう。
どうしてそんなに優しい眼差しでマルチナ様を見るの?
「…あの、フィオネル様?一体どういうことですか?」
本当にわからないという様子で尋ねるとフィオネル様に厳しい目を向けられた。
「マルチナ嬢が私の誕生日パーティーで着るはずだったドレスを泥だらけにした挙句、切り裂いたそうじゃないか。さすがに度が過ぎるぞ!」
「えっ!?」
とんだ言いがかりである。
「フィオネル様っ、私そんなことしていません!何かの間違いです!」
「マルチナ嬢が嘘をついていると?」
嘘をついていると決めつけず、何か勘違いをされているのではないかと言いたかった。
でも、先ほどの、私にまた怒鳴りつけられるという発言からしても、マルチナ様は故意に嘘をついている。
「そうです。私は何もしていません」
真っ直ぐにフィオネル様を見つめ断言する。
「……はぁ、貴女には失望した。今度の私の誕生日パーティーはマルチナ嬢にパートナーを務めてもらう。貴女をエスコートはしないが、出席はするように」
マルチナ様を連れてフィオネル様は去って行った。




