11 2-7 ミナキ高原とサクラテマリ
朝日が暗闇をオレンジ色に切り抜く。黒が続いていたミナキ高原が、青い空と緑の草原の風景に移り変わっていく。
訓練会参加者は第二訓練棟に宿泊していた。起床したアルフレッドは訓練棟から食堂棟に転移した。
訓練会中の食事は、配膳窓口で食事の盛られたトレーを受け取り、テーブルについて食べる、という方式だった。アルフレッドは配膳窓口で食事の盛られた木製のトレーを受け取って、空いている席を探した。
早い時間だったので比較的空いていた。選べる席はいくつかあったけれど、アルフレッドは窓際のテーブルに向かった。朝日をあびながら、枝のように細い体の少女が、小さくなって一人で食事をしているテーブルだった。
アルフレッドは少女の座っている席の向かいに立った。少女のフォークを動かす手が止まって、トレーの上の皿を見ていた瞳がゆっくりと正面を見上げた。
少し戸惑いのにじむマゼンタの瞳を見つめて、朝日に見守られて彼が口にする言葉は。
「……おはよう」
小さな声でも優しく微笑んで言えば、綺麗な顔が伝える手助けをしてくれる。
サクラテマリは長いまばたきを一度した。口をもぐもぐと動かして口内の食べ物を手短に咀嚼して、ごくんと飲み込んでから例に漏れず小さな声で言った。
「……おはよう…………」
ありふれた朝の挨拶が返ってきたのを聞いて、アルフレッドはサクラテマリの向かいの席に座った。
向かい合っての食事中、言葉は交わされなかった。皿と口とを往復する2本の真面目なフォークを、窓辺からのぞく朝日が静かに見つめていた。
言葉が発せられたのは、サクラテマリのフォークがトレーの上に置かれてしばらくしてからだった。
彼女のトレーの上の皿が全て綺麗に空になっていることに気がついて、アルフレッドがはたと言った。
「あっ……あの、食べ終わってたら、先に──」
けれど、アルフレッドの言葉は途中で止まった。サクラテマリがふるふると首を横に振っていた。
アルフレッドが言葉を止めたので、サクラテマリの首の動きも止まった。サクラテマリは首の向きを正面に正すと、トレーの上の皿を見つめながら、けれど確かに言った。
「あの…………一緒に、戻る…………」
「────」
アルフレッドは濃紺の瞳を丸くして、ぱちぱちとさせた。
言葉で返すことはできなかった。
だけど彼の右手、フォークを持つ手の動きが少し早くなった。
それからは訓練会が終わるまで一緒に過ごした。
魔法の技術や恥ずかしがり屋な性格は、一日で急には変わらない。だけど、後ろ指差したり笑ったりしないで隣にいてくれる人がいる。それだけで、失敗したときの笑い声の聞こえ方は、訓練会一日目とはまるで違った。
折に触れて、少しずつ会話がつながり始めた。
屋外に出て水魔法と氷魔法の撃ち分け練習、休憩時間に草原に寝転ぶとき。
「いつもは、誰に教えてもらっているの?」
「……ハマカンザシ先生」
「怖い……?」
「怖くは、ない……」
何度か食事を共にして、アルフレッドが毎回野菜を残しているのを見たとき。
「お野菜、きらい……?」
「…………嫌い」
「あっ……じゃあ、あの、お肉は……?」
「好き」
左手で字を書いていたサクラテマリが、通常は利き手側にひらくアイテムボックスを、右側にひらいて見せたとき。
「えっ……? ボックス、右にひらくの?」
「あっ……あの、左にもひらく、両方ひらく……」
「両方!? 両側にひらける人、初めて見たよ。あの……すごいね」
「うん、ちょっと、がんばった……」
言葉は少なかった。
少ないけれど、穏やかで温かかった。
訓練会の最終日。
第二訓練棟のホールで閉校式が行われていた。前に立つ学園長の講評に耳を傾けるのは、三日前よりも一回りたくましい表情になった子どもたち。
講評が終わると、「お疲れさまでした! 12歳の子たちは、この後に入試があるので外に出てください。それ以外の子はここで解散です! 訓練会の経験を生かして、普段の練習も頑張ってくださいね!」と指示があった。
ホールの子どもたちは年齢に応じて、外に出て行くか、くるりと一回転して消えていった。グループ分けのカーディガンは閉校式の前に回収されていた。アルフレッドとサクラテマリは9歳なので、今年はここで解散だった。
「じゃあね。その…………お疲れさま」
アルフレッドは隣を向いてサクラテマリに言った。にこっと優しく笑うと、くるりと一回転するスペースを確保するために数歩後ろに下がった。
彼が数歩下がった分だけ距離がひらいたが、すぐに縮まった。ひらいた数歩分の距離を、サクラテマリが詰めていた。
「あの──!」
「んっ……? どうかした……?」
呼び止めた声は、めずらしく聞き取りやすい音量だった。
アルフレッドは不思議そうに、だけどその場に留まって待った。急かさずじっと待っていれば彼女も言葉を続けてくると、数日一緒に過ごして覚えた。
サクラテマリは「手を出して──!」と言った。アルフレッドが「こう?」と右手を手の平を上に向けて差し出すと、サクラテマリは左手でアイテムボックスをひらいた。
左手を中に入れて何かを掴んで、握った状態で左手を出した。そして、握りこぶしをアルフレッドの右手の上でひらいた。
ころんと一つ、アルフレッドの右手に白い小石が落とされた。
「これ、お母さんが、訓練会で会った子に渡しておいでって言ったから、もう、かち合わせてあるから──! あと、あの、来年もまた……」
耳まで真っ赤になって早口で言いきったサクラテマリは素早く後方に下がり、アルフレッドの返答を待たずしてくるりと一回転して消えた。
彼女が消えると同時に、ひらきっぱなしだった彼女のアイテムボックスの入口も消えた。アイテムボックスの入口は、一定時間が経過するか、ひらいた者が入口から一定距離以上離れると勝手に消える。
アルフレッドは手の平に落とされた小石をじっと見て、「遠話石……」と呟いた。
遠話石とは白い小石で、原材料となる鉱石はありふれた種類だが、その性質は非常にユニークである。大陸ではユニークな性質を生かして、連絡手段として各所で使われている。
火で温めてから他の遠話石とかち合わせると、二つの石の間で反応が起きる。反応を起こした二つの石の間で一定手順を踏むと、石を介して遠く離れていても相手の声が聞こえ、会話ができるようになる。この遠話石を介した連絡方法が、遠話と呼ばれている。
遠話をするには、まず反応させた石の片割れに息をふっと吹きかける。そうすると双方の石が光り始める。もう片方の石を持っているほうが遠話石の光に気づいて、同じように息を吹きかけることで、お互いの声が石を介して聞こえるようになる。
先に息を吹きかけるほうは、通称「かけるほう」と言われる。
かけるほうは相手、通称「出るほう」が遠話に気づいたかは、相手の声が聞こえるまで分からない。なので、遠話は出るほうが応答するところから始まる。
話が終わったら、始めるときと同じように息を吹きかける。そうすれば遠話石の光が消えて、声を介する性質も再び息を吹きかけるときまで発現しなくなる。
アルフレッドの右手に落とされたのは、そのような性質の石だった。さらにサクラテマリによればすでに反応させてある、すなわちいつでも連絡が取れると。
「……うん、ありがとう! 来年もまたね!」
アルフレッドは彼女のいた所に向かってそう言うと、服のポケットにもらったばかりの遠話石をしまった。それから、くるりと一回転した。
転移した先は、ナザリの街の自宅の庭だった。玄関まで行ってドアをノックすると、間もなくドアがひらいて母親が顔を出した。
「おかえり、アル。訓練会はどうだった?」
「ただいま! ちょっと疲れたけど……いっぱい練習してきたよ!」
「そう。頑張ってきたのね。じゃあ、お家でお茶にしましょうか」
「うん!」
「後で先生に遠話だけかけとくのよ。あなたー。テッドー。アルも帰ってきたし、お茶にしましょう」
アルフレッドは家の奥に入っていった。母親に訓練会で経験したことについて話しかけながら、リビングの食卓に向かっていった。




