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シルバークロニクル  作者: しお
ジルウィンダーシーズン
10/29

10 2-6 ミナキ高原とサクラテマリ



 隣を浮遊する人間の手の動きに倣って、ヒュンと木箱が動き出した。アルフレッドは木箱のフチを掴んできゅっと目を閉じて、そっとひらいた。


 二階建の建物よりも高い、屋根を見下ろす視点。心地良い風を切る速さで、木箱は夜空をなめらかに滑空した。第三訓練棟の屋根が、真下から後方に流れていった。


 ふわっとやわらかい表情になったアルフレッドの隣では、サクラテマリが流れゆく風景をじっと見つめていた。めずらしい経験を全て取り込もうとするように、じっと真剣に見つめていた。長い髪が、さらさらと風になびいていた。


 その隣では、シアが空中浮遊で木箱のそばを並走していた。念動魔法で木箱の動きを操りながら、スイスイと夜空を駆けていた。


 静かな空に浮かぶ、一人の成人女性と一つの木箱。


 昼間の街中であれば誰もが足を止めるような光景だったが、当事者の三人はすでに見てくれなど気にしていなかった。


「見えてきましたよー! あの建物が食堂棟でーす」


 湖を航行する観光船のツアーガイドを真似てシアが言った。エゼルフィ魔導師学園の卒業生であるシアは、学園のことをよく知っていた。


 木箱に入っている二人は、シアの示した方向を見た。景色は、しばらく前に夕食を食べていた食堂棟に近づいていた。上空から見下ろす食堂棟は少し小さく見えた。


「食堂棟と連結してる大きい建物が学園の本館! 座学の授業はここで受けるんだよー。で、まわりの草原が校庭でーす」


 食堂棟の上空を通過しながらシアが言った。


 学園本館はおおよそ長方形をしている横長の建物で、屋根は平らだった。晴れて学園に入学することができれば、生活の基盤となる場所。


 校庭と紹介されたまわりの草原を区切る、柵や塀のようなものはなかった。


「シアちゃん、区切りがないけど、どこまでが校庭なの?」


「どこまででも! だってこの近くの建物ってうちの学園くらいだもん。まわりの草原は全部うちの校庭みたいなもんだよー」


「まわり全部!? すごい……」


 山を下れば人里があるが、ミナキ高原には学園関連の施設以外はなかった。住んでいる人も、寮で暮らしている学園生以外はいない。先生方や職員は転移魔法で通勤している。


 木箱とシアは本館の屋根の上空を通過していった。


「このあたりが本館の真ん中、入り口のあるところね! 一応こっち側が入口だけど、寮が裏側にあるからみんな裏側の通用口から出入りしてるかな。こっちの入口は基本的にお客さん用だねー」


 さらに進むともう一つ建物があった。食堂棟と同じように学園本館と連結していて、大きさも食堂棟と同じくらいだった。


 シアの案内より先にアルフレッドが指を差して尋ねた。


「シアちゃん、あの建物は? あの食堂棟みたいにくっついてる建物」


「あれは情報局だよー。この地域の魔物情報を受け付けてるの」


「魔物情報を……?」


「あっ。中等一年だとまだ習ってないんだっけ。じゃ、教えてあげるね」


 シアはそう言うと手の動きで木箱を操って情報局の屋根に着陸させた。次いで自身も下降して、木箱のフチに腕をついて話し始めた。空中浮遊と念動魔法はいったん解除していた。


「アル、もしナザリの近くで強い魔物を見かけたらどうする?」


「えっと……役場の人に言う?」


「そうそう! その後はね──」


 もし街の近くで、地域の戦力で倒せない強い魔物が発生したら。街は近い場所にある、武器別専門学校に連絡を入れる。


 武器別専門学校はエゼルフィ国内に点在しており、討伐者の養成機関であると同時に、地域の魔物情報の受付窓口でもある。


 学園に併設されている情報局に街や村から魔物発生の通報が届くと、職員が現地へ様子を見に行く。魔物の強さや特性、規模等を考慮して自学の学生で対応可能なレベルであれば、魔物は学園生の実習教材となる。


 学生では対応困難だと判断した場合は中央魔物情報統制局、通称『中央局』に連絡を入れて、シアのような一流の討伐者を呼ぶ、という仕組みになっている。


 これが、通常の依頼の場合。


「あの……あの……」


「んっ? テマリちゃん、何かご質問かな?」


 木箱の中から消え入りそうな小さい声が発せられた。サクラテマリが口をもごもごと動かしていた。しばらくは音を伴わなかったが、やがて言った。


「あの……大発生、は……どんな感じ、です、か……?」


「おおっ。テマリちゃん、やっぱり大発生に興味ある?」


「……はい…………」


「僕も知りたい! ねえ、シアちゃん行ったことあるんだよね? どんな感じなの? 渦って……本当に綺麗なの?」


「渦は……本当に綺麗だったよ。大きくて、白のような銀のような色で、キラキラ輝いていて。見とれてしまうくらい、綺麗な景色だった」


 二人にせがまれてシアは前回の大発生、アルフレッドが3歳のときに起きたフィレノの大発生の話を語り始めた。


 大発生。


 それは、大陸最大の災害。


 数年に一度、世界のどこかの地域に光の渦が現れる。白銀に輝く、小さな渦。渦は次第に大きくなり、輝きを増していく。


 やがて、闇夜にも負けないほど輝きが強くなり、渦の中心から大きな白い光の柱が空に向かって立ち昇ったとき。


 俗に「渦がひらく」と言われ、数え切れないほど大量の魔物が、白銀の渦から次々に現れて街に侵略してくる。ありとあらゆる種類の魔物が、昼も夜も問わず大量に。この、渦由来の大規模な魔物の発生が、『大発生』と呼ばれている。


 食べることも眠ることも必要としない異形の生命体の大群は、一つの街一つの国だけではとても対処しきれない。大陸最大の災害を制圧するため、世界中から様々な武器を得物とする一流の討伐者たちが、ギルドの指示を受けて渦の生じた街に集まってくる。


 そして他国の討伐者、他武器の討伐者、サポートスタッフたちと力を合わせて、渦が爆発して消えるまで戦い続けるのだった。


 前回はロンタールという国のフィレノの街の近くで起きたので、『フィレノの大発生』と名がついている。そして今は、アレンダの国のジルウィンダーという街の近くで、白銀の渦が拡大を続けていた。


 自分の国じゃないのだし関係ない。


 そんな考えをする国で大発生が起きたときは、ならば誰が来てくれるというのだろう。


 討伐者たちはむしろ目指している。この大陸で最も過酷な戦場である、大発生の地で戦うことを。


 理由はいくらでもあった。


 困っている街の人々を助けたい。


 己の技術がどこまで通用するのか試したい。


 大発生の地で戦えるほど立派な討伐者になれたと、故郷の家族に伝えたい。


 才能を持って生まれたならば、他の全てをなげうってでも力を生かして世界のために尽くしたい──。


 シアはいくらか大発生の話を語ると、「そろそろ行こっか! まだ案内してない場所があるからね」と、空中散歩を再開する支度を始めた。木箱の中の二人も、木箱のフチに掴まって上昇に対応した。


「ところでシアちゃん。あの、これって本当にシアちゃんの練習の手伝いになってるの……?」


 再び夜空を滑空し始めた木箱の中から、アルフレッドは隣を並走するシアに尋ねた。その点はサクラテマリも気になっていたのか、彼女もシアのほうに顔を向けた。


「もちろんなってるよー! 戦場だとね、これくらいの重さの岩を念動魔法で持ち上げて、魔物にぶつけたりするからね! コントロールの練習れんしゅうー」


「そうなんだ……」


 アルフレッドは半分だけ納得したような「そうなんだ」を返した。


 彼が納得するしないに関わらず、木箱は滑空を続けていた。次に見えてきたのは、二つ並んだ同じデザインで色違いの建物だった。


「あれが寮だよー。うちは全寮制なんだよね。ちょっと暗くて分かりにくいけど、左の焦げ茶色のほうが男子寮。右のベージュのほうが女子寮ね」


「意外と小さいね?」


「入学定員あんまり多くないからねー。そうそう。寮の向こうに森が広がっているのは見える?」


「うん、見えるよ」


 答えたのはアルフレッドだけだったが、木箱の中の二人とも寮の向こうの森に目をやった。木箱が滑空している高度と同じくらいか少し低い程度の木がたくさん生えていた。


「あれはミナキの森。魔物も出るところだから、うちの学園にはお馴染みの森だよ」


「魔物……やっぱりいるんだ……」


「えー。アルってば、ミナキの森の魔物はむしろ見かけたらラッキーのレベルだよ?」


「えっ。なんで?」


「だってミナキの森は学園のすぐそばだから。学園生が片っ端から練習として倒しちゃうもん」


「そう……なんだ……」


「えへへ。大丈夫だって。アルもテマリちゃんも、今にできるようになるよ」


 木箱はスイスイと滑空を続けた。やがてとある建物の前で減速し、ゆっくりと下降した。


「あっ……ここって……」


「はーい、お疲れさまー! こちらツアーの終点、第二訓練棟前でーす」


 木箱が着陸したのは第二訓練棟の入口の近くだった。光は、まだこぼれていた。


 シアは自身の空中浮遊と木箱の念動魔法を解除した。それからアルフレッドに念動魔法を撃って、彼を木箱の外に出した。サクラテマリも同様にして外に出した。


「お帰りはあちらでーす」


 あちらと示された先は、第二訓練棟の入口だった。二人の背後では偉大な先輩が、にこにこと手を振っていた。


 アルフレッドは少しの間、じっと訓練棟の入口を見ていた。やがて、シアを振り返って言った。


「シアちゃん……あの……ありがとう。ちゃんと、練習するよ」


 そう言ってアルフレッドは入口に向かって歩いていった。続いてサクラテマリもシアを振り返って深く頭を下げると、トタタタと小走りで入口に向かった。


 シアはにこにこと手を振って、二人の背中を見送っていた。二人が見えなくなってから、入口に向かってそっと呟いた。


「ふふ。がんばれ、がんばれー」


 シアは二人が入っていた木箱に近づいて、木箱をアイテムボックスに収納すると、くるりと一回転した。


 ツアーの出発地点に転移すると、アイテムボックスから木箱を出して元の位置に戻した。それから、もう一度くるりと一回転してミナキ高原から姿を消した。



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