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真夏の中国出張を命じられた。


海外出張という経験は買ってでもしたいと言う人もいるのだろうが、俺はまったく海外志向がない。


むしろなぜ俺を選んだんだと、上司を恨みたいくらいだった。


しかも夏のこのくそ暑い時期に。


わざわざスーツケースを買いに行き、卒業旅行すら国内だったのでパスポートもなく、あわてて取得しなければならなかった。


俺、丸山優斗はとあるメーカーのしがないサラリーマン。


入社三年目。


最近は生産の拠点がどんどん人件費の安い中国に移っていて、日本での製造なんてほとんどない。


俺が中国に出張する理由も、新製品の量産立ち上げの為だ。


ちょっと上の先輩たちは国内での大事な仕事が抜けられないとか言って、結局中国出張に行けるのは俺だけ。


一応会社から雀の涙ほどの援助は出るとはいえ、スーツケースもパスポートも痛い出費だ。


まあ、海外出張手当は多少おいしいかもしれないが。


 出張の当日には、成田に彼女の祐子が見送りに来てくれた。


乗るのは中国の航空会社の飛行機で、チェックインの列には出張のサラリーマン風の人や日本の家電を抱えた中国人が並んでいる。


チェックインを済ませ、荷物を預け身軽になって祐子の待つ場所に戻ると、彼女は名残惜しげに俺のスーツの裾をひっぱりながら上目使いで聞いてきた。


「さみしいなぁ。メールとか電話、できるんでしょ?」


「メールも電話も高いからな。パケット定額は適用外になるし、電話は一時間も話せば一万円行くんじゃないか?」


「えぇ、そんなに高いの!?」


「そ。だからそんな気軽に連絡できないよ。まぁ二週間くらいで帰ってくるから」


日頃からメールも電話も別段頻繁にするわけでもないし、二週間程度会えないということは珍しくもないのだが、日本を離れるとなると普段淡白な祐子もちょっとは寂しいらしい。


「じゃあな、行ってくる」


 乗り込んだ飛行機は少し古そうで、しかも日本の飛行機と比べるとあまり清潔そうな感じはしなかった。


客室乗務員は嬉しいことにみんな美人だ。


中国ではスチュワーデスになるのがアイドルになるよりも難しいそうだし、容姿端麗、頭脳明晰な精鋭ぞろいなんだろう。



 離陸するとだんだんと陸地は小さくなっていき、真っ白な雲を切り裂きながら飛行機は上空へと昇っていく。


今日は晴天で、飛び立った空はとても綺麗だ。


最後に飛行機に乗ったのは高校生の時の修学旅行だったりする俺は、機体が水平になったあたりで自分がものすごく緊張していたことに気が付いた。


しばらく外の景色をみていると青い海の上に出たので、面白味がなくなってシートポケットに入っていた雑誌を手に取った。


しかし、当然中身は中国語なので読めるわけはない。


ぺらぺらと写真や広告を見ていたらあっと言う間に終わってしまった。


英語は多少できるが、中国語は大学で専攻していた経験すらないから、からっきしだった。


機内で上映している特におもしろくもない映画を見て暇を潰していると、客室乗務員が機内食を配り始めた。


メインの中華っぽい肉料理に、サラダと蕎麦らしきものと巻き寿司らしきもの……。


日中を結ぶ便だから日本食を取り入れているのだろうか。


ほのかにあたたかい肉料理にしても、ドレッシングがびっくりするほど甘かったサラダも、乾いてカピカピの蕎麦も、具が微妙な巻き寿司モドキも、たいしておいしくはない。


量は多くないのだが食欲が出なくて半分近く残した。


隣の席の若い女性はどことなくおいしそうに食べているのだが……。


まあ、機内食に期待するのがそもそも間違っているのだろう。


到着が近づき、ふと外を見て俺は驚いた。


海の色が茶色っぽいのだ。


なんというか、大雨の後の河の様というか……。


晴れているのに空もはっきりとしない。


無事着陸した飛行機のタラップから降りた俺をまず出迎えたのは、むわっとした砂っぽい空気だった。


同じ地球上のお隣の国なのに、空気はこんなにも違うものなのか。


入国審査を終えてゲートから出た俺は出迎えに来てくれているはずの会社の人間を探した。


出口の付近には到着する人を待つ出迎えがたくさんいたが、幸い、その人はすぐに見つかった。


KECと会社のロゴが書いてあるプラカードを持っていたのですぐそれとわかった。


「すみません、KECの丸山ですが」


俺が出迎えの中国人男性に声をかけると、彼はぶすっと機嫌の悪そうな顔をこちらに向けた。


「他に一人、到着します」


彼は片言の日本語で言った。


日本語が通じたことには内心ほっとしたが、彼のにこりともしない態度はなんとなく気に食わない。


この辺は国柄なのかもしれないが。

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