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5.才能と利用する者

 王国兵士達は、まず歩兵の一団を巨壁に殺到させ、わずかに遅らせて巨大な破城槌を通用路の門に叩きつけてきた。

 巨大な丸太を尖らせた形をし、木製の車輪がついた破城槌は、二十名程の兵士達によって猛烈な勢いで押し込まれる。

 びりびりと激しい揺れが伝わり、壁の上で指揮を執っているカサンドラは軽くふらつきながらも笑っていた。その程度では巨壁は壊れないとわかっているからだ。


「あっはっはぁ! 撃て撃て! 敵はいくらでも湧いて出て来るぞ!」

 頑強な壁に破城槌は通用せず、突撃どころかむしろ壁にせき止められて足が止まっている敵軍は、銃火器で武装している商店国家の警備部隊にとって的でしかない。

「頭は狙うな。できるだけ手足を打ち抜け。頭を狙って殺したりするなよ。医療班の訓練にならない」


 悪辣な言い様ではあるが、対外戦闘の経験が無い警備部は医療班の経験も浅い。もちろん、怪我人を増やして敵の動きを削ぐ狙いもある。

 人質として、身代金をせしめる目的もあるが、それについてはクノウの指示であり、カサンドラの趣味ではない。趣味では無いが、命令としては従わざるを得ない。

「新作を使いたいが、しばらくはライフルに慣れさせる必要もあるな」


 ふむ、と腕組したまま顎に指を当てたカサンドラは、巨壁の縁に伏せ、狭間さまから訓練通りに銃弾をばら撒いている部下たちを一人一人見ていく。

 その中で姿勢が悪いものは足で蹴り飛ばすようにして修正させ、敵の一人一人が血煙を上げて倒れていく様を、そして銃撃という未知の攻撃に驚き戸惑う敵兵たちを見下ろす。

「……素晴らしい!」


 ぞくぞくと背筋を駆けあがるものを感じたカサンドラは、自らを抱きすくめるような格好をして、笑う。

「彼らも訓練してきただろう。人を殺すため、自分が死なないために槍をしごき、弓を引き、身体を鍛えて来たことだろう。だが、どれもこれも銃の前では無意味! 無駄! 徒労!」


「矢が来ます!」

 部下の一人が叫び、警備部隊員たちは狭間からライフルを引っ込めて硬い障壁の後ろに隠れたが、カサンドラは仁王立ちのままだ。

「部長!」

「構うな。どうせ当たらん」


 殺到する歩兵たちとは別に後方で固まっている弓兵たちから飛来した矢は、ほとんどが巨壁に当たって落ちていった。

 いくつかは味方の歩兵に当たっているかも知れないが、そうすることで敵の指揮官は手間取っている前線歩兵たちを脅しているつもりなのだろう。

 数条の矢は巨壁の上に届いたが、カサンドラが言う通り、誰かに当たることも無い。


「いずれ屋根を付けるという話だったが、しばらくは必要無いだろうな」

 投石器でも、カサンドラが知る限り王国や帝国が使っている物はこの巨壁を砕くには力不足だ。

「射撃を再開! 矢が鬱陶しい。半数は奥の弓兵を減らしつつ敵の指揮官を探せ!」

「ですが、司令部に問い合わせれば見つかるのでは……ひえっ!」


 カサンドラに睨みつけられて顔を逸らした警備部隊員が言った内容は間違いではない。モニターしている司令部で望遠カメラを使ってチェックすることで敵の指揮官はすぐに判明するだろう。

 しかし、カサンドラはそれを良しとしない。

「いつでも司令部と連絡が付くと思うな! 自分たちでやれるようになるんだよ!」


 悲鳴のような返事を聞いて満足げに頷いたカサンドラは、幾人かの部下が測距器付の望遠鏡を掴んで敵の指揮官を探し始めたのを確認し、報告を待つ。

 そんな彼女に、一人の女性が近づいた。

「あのー……」

「なんだ? ん、お前は……」

「ここに行けって言われたんですけど」


 やって来たのはアイナだった。

 訓練所でおっかなびっくりライフルを触って訓練を受けていたのだが、実戦が始まってポツンと残されていたらしい。

 教わった通りにターゲットに向かって短髪射撃を繰り返していたところ、カサンドラが送った部下に呼ばれた。


「来たか、新入り」

「はあ、えっと……」

「この国での戦いを教えてやろうと思っただけさ。さあ、こいつの使い方はわかるだろう? さっさとそこに伏せて敵を狙え。撃て」

 戸惑いながらも言われた通りに動いたアイナに、カサンドラは「へえ」と感心したように笑う。戦いに慣れていない者なら「戦え」と言われたらもっとまごつく。


 アイナの性質は単純で、働けば金がもらえて、しかも活躍すれば出世して貰える金額が増えるというものだ。その為に危険な仕事を請け負ってきたし、学も教養も無い彼女には戦うことが一番手っ取り早い金稼ぎの方法なのだから。

「そら。伏せ撃ちは身体をぴったり床に付けて、足先は尾びれみたいに開きな」

「誰を狙えばいいの? ひょっとして、この武器なら向こうに弓隊と一緒にいる貴族っぽいのにも届くんじゃない?」


「……顔の判別がつくのかい?」

「当然でしょ?」

 アイナが渡されているのは『M4A1』と呼ばれるアサルトライフルで、一発ずつ発射できるセミと連射のオートという二つの機能が選択できる。

 パーツの組み換えが容易で拡張性が高いが、狙撃には向かない。そのため拡大可能なスコープでは無く、単に光点で狙いを定めるドットサイトだけが上部に乗っている。


 壁の下に集結している敵くらいならカサンドラでも問題無く狙撃できるし、その程度なら顔の見分けもつく。だが、ほとんどの兵士は奥の弓兵を撃つことは出来ても誰が誰かの区別など不可能だ。

「望遠鏡を寄越せ。……アイナと言ったな。お前が言った貴族はどのあたりにいる?」

「ええと……弓兵の左翼側、集団のちょっと奥」

 部下の一人から渡された望遠鏡をのぞき込み、カサンドラはアイナが言ったあたりを臨む。


「どこだ? ……あれか!」

「見つけた? 金色の肩飾りの」

「あれを肉眼で見つけた、か」

 カサンドラは息を飲んだ。測距計では彼我の距離は八百メートル強。まともに顔など見えるはずもない距離だが、アイナの言う人物は確かにいる。


 息を吐き、自分を落ち着けたカサンドラは考え直した。見えるだけなら大したスポッターになるかも知れない才能だが、これで“当てられる”ならば、かなり使える。

「貴族は良い。とりあえず弓兵を直接指揮している連中がいるなら、それを撃て。殺すなよ。腕や足を撃て」

「難しい注文をするなぁ」


 面倒そうな顔をするアイナを見て、カサンドラは部下から聞いたあることを思い出した。

「そんな顔をするな。特別に弓兵を殺さずに無力化できれば、一人につき王国銀貨一枚相当の金をやろう。商店国家の金を」

「本当に!?」

「本当だとも。私は悪い奴だが、嘘は吐かないぞ」


 先ほどとは打って変わって嬉々とした表情で銃を構え直したアイナは、躊躇いなく引き金を引いた。

 乾いた銃声が轟いて5.56mm弾が放たれる。が、それは誰にも当たることなく、大きく逸れて敵の足元に着弾する。

「あれ?」

「室内訓練場とは違う。風の計算を頭に入れろ。角度も俯瞰になることを考えろ。弾丸は飛んでいる間に落ちていく。威力も下がる」


「そんなこと言われても……」

「もう少し上を狙え。風は右から左。今の射撃で着弾点がどれだけ逸れたか見ただろう。風の方向と強さは変わっていない」

 狙撃用のスコープであれば目盛り(レティクル)の話をするところだが、今使っているサイトにはそんなものは無い。


「少し右、少し上……」

 小さい呟きの後、第二射。

「こいつは……」

 カサンドラは自分の目の前で慣れない長距離射撃を行っている少女が、見事に弓兵の部隊長と思しき人物を狙撃して見せたことを確認して、呻いた。


「アイナ」

「なに? 当たったはずだけど」

「一人撃って終わりになる戦いもあるだろうが、私はそれを好まない」

 カサンドラは測距計から目を離すことなく、次々と目標を指定してアイナに狙撃を命じた。そして指示されたアイナは一人として外さない。


 楯を弾き飛ばされ、肩を撃たれ、膝を撃たれ、倒れ往く敵兵。

 しかし、彼らの悲鳴も怒号も聞こえては来ない。カサンドラに聞こえるのは、銃声と、アイナが時折口にする「これで銀貨が二枚、銀貨が三枚……」という言葉だけだ。

「金、金と気色の悪い奴だな。まるでクノウのようだ」

 文句を言うカサンドラだが、口元は笑っている。


 王国からの侵入者だと聞いて、理由を付けて“事故死”してもらおうかとも考えていた彼女だが、いつの間にかアイナのことを少しだけ気に入っていた。

 そして、戦闘は次の段階へと入る。

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