6.専守防衛の理由
狙撃手として参加することになったアイナと、彼女の技量を見抜いたカサンドラの指揮によって、王国軍は死者こそ少ないものの、大量の負傷者を出していた。
士気は最低の状態であり、矢は散発的、吶喊してくる歩兵も明らかに足が鈍い。
開戦当初は景気よく鳴り響いていた破城槌の音も、思い出したようにノック程度の威力になっていた。
王国軍兵士の誰も、破城槌で突破できないことに気付いてしまったのだ。
「そろそろだね」
敵が逃げてしまっては“目的”は果たせない。カサンドラはまだ戦意が残っているうちに、次の手を始めることにした。
「アイナ。射撃はもうやめて良い。それよりもわたしの隣にきて、ここからの戦場を見ておけ」
「ふぅ~……」
「疲れたか?」
射撃を中止し、大きなため息を吐いて突っ伏したアイナは、カサンドラに視線を向けて「違うよ」と答えた。
「緊張しただけ。こんな簡単に人を傷つけて、自分は安全な場所ってことが落ち着かないの」
「贅沢な奴だ」
立ち上がったアイナに手招きをしてから、カサンドラは部下の一人に声をかけた。
「迫撃砲を用意しろ。ありったけだ」
「はっ!」
「はくげきほう?」
アイナが質問すると、カサンドラは兵士が設置を開始した迫撃砲の一つを指差した。
「敵の陣地に爆発物を放り込むための道具だと思えばいい。これを使って敵を分断し、歩兵どもはこちらに逃げ込ませ、弓兵と指揮官どもは他の部隊に任せる」
ちんぷんかんぷんな様子のアイナを放って、カサンドラは次々と指示を飛ばす。
「当初の予定通り別働隊を出動させろ。迫撃砲発射は六十秒後。着弾直後に動くように連絡しておけ」
無線を使った指示が飛びかっているが、アイナには小さな箱に向かって喋っているようにしか見えない。
「発射用意!」
カサンドラの命令に従い、十台以上の迫撃砲がずらりと並んだ。
「壮観だな。これが一斉に火を噴くと思うと、わくわくする。アイナ。お前もそうは思わないか?」
うむうむ、と腕を組んで悦に入るカサンドラに、アイナは火を噴くという表現に恐れていた。
「これから火が出るの?」
「比喩表現だが……似たような、いや、もっと楽しいことになる」
腕時計を見て時間が来たことを知ったカサンドラは、砲弾を抱えて待っている部下たちに手振りをつけて命じた。
「撃て」
一斉に砲弾が迫撃砲の筒の中に放り込まれ、空気が噴き出すような音を立てたかと思うと、十数個の砲弾が空へと飛び立った。
使用されたのはシンプルな構造の『M2迫撃砲』で、射出されたのは榴弾であり、その目的はカサンドラが言った通り、分断だ。
「どうなったの?」
「そう慌てるな。弾着を待て……ほれ見ろ」
想像していたような火炎も音も無かったことで拍子抜けしていたアイナだが、カサンドラが指差した瞬間、大地が爆ぜた。
正確にははじけ飛んだのは榴弾で、その影響で土埃が舞っているにすぎないが、初見のアイナにはわかるはずもない。
訓練で慣れている兵士達は冷静で、狙い通りの場所に落ちたことでホッとしているようだ。互いに目を合わせて頷いている者もいた。
「良し。では開門せよ」
「開門! 開門!」
巨壁に群がっていた敵兵たちが正体不明の爆発で恐れおののいているのを壁の上から確認したカサンドラが命じると、重い正門がゆっくりと開いて行った。
王国の兵士達は我先にと中へと逃げ込んでいくが、既に商店国家内の通路はシャッターが閉ざされ、通りの行く手には重厚なドアシェルター。
そして、多くの王国兵たちが前方に釣られ、後方の爆発に押し込まれるように入り込むと、再び通用門は閉ざされた。
門の外で放置された怪我人以外が、完全に閉じ込められた格好になる。その数およそ八百。狭い場所に閉じ込められた彼らは、最早剣も握っていない。
「ようこそ商店国家へ」
マイクを持ったカサンドラが、アイナを従えて巨壁から繋がる通路の上にたって、兵士達を見下ろしている。
初めて聞くスピーカーを通した声を四方から浴びせられた王国兵士は、呆然と彼女を見上げていた。
「貴様らはこれから捕虜であり、我ら商店国家が貴重な財貨を稼ぐための人質となる。大人しくしていれば美味い飯を食わせてやるし、寝床もよういしてやろう。希望するなら酒を出しても良いぞ」
ただし、とカサンドラは腰に提げた銃を抜いた。
「抵抗するなら即座に殺す。二割までは減らして良いと言われているから、そのつもりでいろ」
「ふざけるな! こんな戦いがあるか!」
正々堂々勝負しろ、と吠えた男がいた。
周囲の兵士達はざわついているが、彼は何か思う所があるのだろう。大きな口を開けて高い位置に見えるカサンドラに悪態を吐き続ける。
それを聞いているカサンドラの表情は、怒りではなく呆れだ。
「どうやら、私が言ったことを理解していないらしい」
彼女が手にしている銃は、『グロック17』という角ばったデザインの無骨なハンドガンで、商店国家の警備部員の多くが同じものを持っていた。
スライドを引き下げて初弾の装填を済ませたかと思うと、ためらいなく二発の弾丸を立て続けに発射する。
直後、薬莢がカサンドラの足元で小さな音を立てると同時に、文句を言っていた男は血を吹き上げて倒れた。
波が引くように周囲の兵士達が離れると、ぽっかりと開いたスペースで額と胸に穴をあけられた男が痙攣しながら血を流している。
この時点で、他の兵士達は戦意を完全に喪失していた。
「容赦しない、と言った意味が通じたか? 二割という言葉の意味が解らないなら、こう考えろ」
カサンドラは銃を持つ手にハンドマイクを持ち替え、左手を大きく開いたかと思うと、人差し指だけを立ててみせた。
その指先に兵士達の視線が集まり、スピーカーからの声が誰の耳にも綺麗に届く。
「貴様らの五人に一人を、私は無条件で殺して良いと言われているのだ。精々、目を付けられないように小さくなって、故郷からの身代金を待つんだな」
兵士達が完全に萎縮したのを見計らって、商店国家の警備部員たちは彼らを次々に捕縛する。手錠をかけられ、鎖に繋がれた彼らは大人しく従った。
銃も怖いし、謎の爆発についても何もわからない。
持っていた槍や剣は何の役にも立たず、うっかり目立てば訳も分からないうちに殺されてしまうという恐怖は、警備部員たちにもわかるものだった。
「凄いのね……これだけの武器を持っているなら、いっそ王国や帝国を併呑した方が良いんじゃないの?」
それはアイナからの素朴な疑問だったが、カサンドラにとっては痛い質問でもあった。
「そうしたいのはやまやまだがなぁ」
ホルスターに銃を戻し、マイクを部下に放りやったカサンドラの表情は渋い。
「今のところ、私たちはこれだけの銃火器を“製造”できる技術は持っていない。全て王が生み出したもので、それを借りて使っているだけだ」
「全部?」
「全部だ。国外に販売しているものは、王が生み出した工業機械なんかを使って社員が生産しているものだが、さすがにこれほど高度なものはそうそう作れん」
コンピューターを使用しない電気製品や、自転車などの機械製品はどうにか製造できているが、それ以外の高度な技術が要求されるものに関してはまだ理解が出来る者が少なく、目下技術者や研究者を育成している段階にある。
食糧も、技術の向上で缶詰など保存食などを作るところまでは行っているらしい。
「軍事的に絶対数が足りない。人も武器も。食い物だけはどうにかなるが、それだけじゃ勝負にならん」
アイナはなるほど、と頷いてはいたが、工業製品や電気製品についてまるで知識が無いので、実際は半分も理解していない。一晩だけ機械に触れただけなのだから。
「その辺はイメルダあたりから説明があるだろう。それより、今からはクノウ社長の仕事になる。こっちはもう良いから、暇なら休むか彼のところに行くと良い。金が好きなのだろう? なら、金を稼ぐ彼の姿を見ておくのも良い」
「それもそうね。あ、銀貨の約束は忘れないで」
「給与に上乗せしておくように経理に連絡しておく。安心しろ」
「銀貨と言えば、もう良いって言ったけれど、相手の貴族とか弓兵とかは?」
「ああ、それももう終わった」
ほどなくカサンドラの下に、一人の警備部員が近づいてくる。
「敵将及び弓兵の捕縛と怪我人の収容を完了しました」
「損害は?」
「負傷が三のみです。……その負傷も、地下道を通る際に迫撃砲の振動で転んだものです。通り道の近くは勘弁してくださいよ」
「土木部の技術を信じろ。ご苦労だった」
やれやれ、と敬礼して去っていった警備部員の言葉に、アイナはなんとなくだがカサンドラがやったことを理解した。
「地下道って……あの爆発の下を人が通っていったの?」
「真下じゃない。それにもう少し通過しているはずだった。連中の足が遅いのが悪い」
「無茶苦茶やるわね」
爆発の向こうでは正体不明の攻撃に驚いて足が止まっていた貴族たちが、地下道を通って現れた警備部員たちに急襲され、大半が捕まったらしい。
「何を言う。これで二千人近い大量の人質が取れたんだ。管理の連中は忙しくなるだろうが、二千人分の身代金か労働力が手に入ったんだ。喜ぶべきだろうが」
「二千人分の身代金!」
数もさることながら、中には貴族も含まれている。
王国からの離脱を希望する者も多く居るだろうが、それでも莫大な金額を請求できるだろうことはアイナにもわかる。
「おおおおお……」
「金が絡むと気色悪くなる奴だなぁ」
「ちょっと行って来る!」
妙な唸り声を上げていたかと思うと、アイナは走り出した。
目的地はカサンドラにもよくわかる。クノウのところだ。
「……さて、私も疲れた。少し休むかね」
初めての実戦が終わって緊張から脱したカサンドラは、軍帽を脱いで髪を撫でると、自分の執務室へと歩き出した。




