092(M) オランブル王国の将来像
オランブル王国の次期国王である王子が俺をジッと見つめている。
俺の言葉を聞き漏らすまいとしているのだろう。
ジャミルにワインを頼んでテーブルに3つのカップが並ぶと、俺の前のカップを取り上げて一口飲んだ。
「少し、話が長くなるかもしれない。ワインを飲みながら聞いてくれ……」
はじめはトルガナン王国内の貴族の派閥争いの話をする。その結果、王国軍が弱体化したため魔族に遠出をしていたカリネラムが攫われてしまった。
表面上はそういうことになっているが、裏ではハイレーネン公爵が暗躍したと今では思っている。
そうでなければ、国王の帰還指示が勇者達に出された後に、帰って来た勇者達を暗殺することは無かったろう。
「俺は、上手い具合にハイネ―レン公爵の傀儡と思われていたから、その難を逃れることができた。もう1組、難を逃れた勇者達がいるのだが、前国王の認可で得た男爵としての地位を、東の小島で守っている。何度か戦をしたが、ハイネ―レン公爵の魔の手を逃れただけの知略を持っているようだ。いまだに俺を国王とは思っていないようだな」
「戻って来た勇者はマルデウス陛下達だけだと聞いておりましたが……」
「もう1組は、暗殺を逃れた足で王都を去って行ったよ。だから、彼等を知る者が少ないのだろう。何とか仲間としたいのだが、彼等に毒杯を渡したのが俺達だ。信用しろと言うのが無理なんだろう。だが、忠告はしてくれるぞ」
「貴族間の派閥争いは王国を滅ぼすということですか……。その後の貴族制度の廃止と、反対する者達への容赦ない措置は、2度とそのようなことが起らない為ということになりますね」
「過激だが、成果はあったと思う。だが、問題も出てきたことは確かだ。俺を助けることができる人材が少ない」
10年も過ぎれば、教育を受けた人材が育つだろうが、その間をどう乗り切るかが問題だ。
カップに残ったワインを飲み干して、パイプを取り出して暖炉で火を点ける。
「オランブル王国もそのように処置するおつもりですか?」
「3つの選択肢を俺は持っていると思っている。1つは、このまま軍を引いてオランブル王国を以前と同様にすること。2つ目は、トルガナン王国の領地として貴族政治を全廃し、反対する者をギロチン台に送ること。そして3つ目は、オランブル王家を残して、外交と軍事のみをトルガナン王国で行うこと……」
さすがに、義妹の嫁いだ王家をギロチン台に送るのは問題だろう。選択肢としては最初と最後の案になるだろうな。
「我等の軍隊を無くして、反乱を押さえようと?」
「そうではない。トルガナン王国は8個大隊の軍を持つブルゴス王国でさえ軍門に下している。現在のブルゴス王国はトルガナン王国の1地方として、旧ブルゴス貴族の一部の者達が治政を行っている。ただし、軍事と外交の権限はない。万が一、さらに東にあるラーメル王国の軍を手引きしたとしても、トルガナン王国の軍で十分に対応できる。だから、反乱を恐れてはいない。むしろ、反乱を起こしてくれれば、そのような連中を王国内から削除できると思っているぐらいだ」
リオンだけはどうしようもないところがあるが、あの島にいるだけなら大きな問題は起こらないだろう。
「貴族を全て排除するということにはならないのですね」
「使える者まで処分した結果が、トルガナンの現状だ。今では少し反省もしている」
実力で貴族制度にぶら下がっていた連中は、かなり使えたんじゃないかな?
貴族制度の廃止と貴族の粛清を同時並行で行ったのが唯一の失敗だ。
「内政をそのままとして頂けるのでしたら、オランブル王国はトルガナン王国の帰属することにしましょう。問題は貴族達ですが……」
「トルガナンの二の舞は問題ですよ。将来的に貴族制度を続けるのであれば、いずれ貴族の派閥争いが起こるでしょう」
全部殺せば人材不足、残せば将来に憂いを残すことになる。
「ところで、オランブルの貴族は何家あるんですか?」
「23家あります。町2つを持つ公爵もいれば、寒村1つの男爵と貴族の中身はいろいろですが……」
トルガナンも30近くあったからな。少し少ないのかもしれない。
「なら、今回の内乱の責任を貴族に取らせて10家を残しましょう。他は全て王家で取り上げて頂きたい。残った10家の貴族は、1つの町もしくは2つの村を持つ男爵とします。所領の大きさは10家とも同じになるようにしてください。最後に、現在貴族が持つ全ての権益を一旦、王家に戻します。今回の内乱を振り返って、10家にその権益を分配すれば良いでしょう。その権益も、1代限り。当主の能力を見て与えるのですから、次期当主がそれに見合わなければ意味がありません」
俺の言葉を聞いて王子は深い息を吐いている。かなり、王宮内がもめると思っているんだろうな。
「もし、有能な当主が2人いた時には?」
「トルガナン王国で活躍して頂きます。先に話した通り、人材不足が著しい。領民を思って働いてくれるなら、いくらでも人材は欲しいのです」
「最後に、このままではオランブル王国を版図に収める程の力を持つ、トルガナン王国が、かなり我等に有利な要求であるのは何故ですか?」
「義妹とはいえ、貴方の所に輿入れしているのですから、王家を残すべく努力するのは当たり前でしょう。それに、軍事と外交の予算はオランブルから徴収したいと思っていますし、貿易港の権益の一部が欲しいところです。むろん、今後の交渉になるでしょうが、我等としては貿易港を頂けるなら、外交と軍事費の天秤が釣り合うと思っています」
俺の言葉を聞いて王子の顔がほころんだ。
あの港は王家の財産ではないんだろうか? となると、貴族達の出資ということになるんだろうが、港の取り上げは貴族の財力の低下に繋がりそうだな。
「十分に交渉出来そうです。王都を囲んでいたトーレス軍も西に移動しているようですから、今回の戦役も終わりが見えてきました」
「ならば、この機会を逃すことはありませんぞ。貴族が派閥を持たぬよう、徹底的に対処して頂きたい」
このままでは、オランブル王国ではなくオランブル地方を統治する地方領主の地位に下がってしまいそうだが、その辺りの対応は他の王国と同等にすれば向こうも納得してくれるだろう。近衛兵を1個大隊規模に拡大して、オランブル王国内の治安維持まで対応して貰えば格好も付くだろう。さすがに2個大隊は問題になりかねん。となると、トルガナン王国からは2個大隊程を出せば十分だろう。港とトーレス王国との国境に駐屯させれば早々後れを取ることもあるまい。
ジャミルとマデリーの竜騎兵と軽騎兵をトルガナンの東西に配置すれば、ラーメル、トーレスからの侵入にも対処できそうだ。さらに軽騎兵1個大隊を歩兵大隊から転向させても良いかもしれない。
「今回の会見は無かったことでお願いしたい。私の私見ということで王宮内の調整を行いたいと思いますが?」
「それで十分だ。さすがは次期国王だけあって、単身乗り込んでくるのには驚いた」
王子が立ち上がったのを見て、俺もソファーから腰を上げる。
俺が伸ばした右手を王子ががっしりと握って頷いたところを見ると、自分なりの結論が出たということなんだろうな。
ジャミルに気を付けて王宮に送り届けるように言い付けると、ジャミルは騎士の礼をして答えてくれた。
執務室を去るまで、彼らを見送ると、暖炉際のソファーに座ってカップにワインを注いだ。
果たしてどんな結論になるのだろうか? 条件はきちんと伝えたつもりだが、王宮を枕に最後まで戦うようなことになれば、少し問題になりそうだ。
もう少し、引くべきところを作っておく必要があるのかもしれない。
10日後に届いたジャミルからの報告では、俺の案がほぼ採用されることになったようだ。最後まで渋っていたのはトルガナン派の貴族だったらしい。やはり自分達の権益を拡大することを考えていたらしいが、交渉決裂時にあっては、トルガナン王国の貴族と同じことが起りかねないとの王子の言葉に貴族達の反対意見は無くなったらしい。
そうなると、正式な交渉人をオランブル王国に送らねばなるまい。
ジャミルが向うにいるから、残ったのはクリスティになってしまう。まぁ、研究室に閉じ籠ってばかりだから、たまには外の空気も良いだろう。
それに、意外と気が短いから交渉人には打って付けだ。早い段階に条約亜纏まるに違いない。
数日後に、いやいやながらクリスティがオランブル王国に向けて馬車を連ねて行った。
さらに3日後にマデリーが帰ってきてくれたから、トーレス戦の様子を詳しく聞くことにした。
「互いに流星火を打ち合う戦が、あれほどの損害を出すとは思いませんでした……」
俺達が用意した流星火の数を上回る本数を撃ち込んできたらしい。
どうにか拮抗したのは、相手方の流星火の炸裂が俺達から比べると遥かに小さなものだったらしい。
それでも次々と着弾する陣地に夜襲を掛けて来たということだから、流星火を使用した戦術がきちんと定まっていたのだろう。
俺達も、新兵器の使い方をきちんと戦術規模で確立しておかなければいけないということになるんだろうな。




