091(M) 執務室を訪ねて来た者
オランブル内戦が発生してから3日目。ジャミルとマデリーから急使が書状を届けて来た。数行の短い分面にわが目を疑って、瞬きをしてもう一度眺める。
戦が小康状態とはどういうことだ?
急ぎマデリーがここに戻ると書かれていたが、俺には小康状態となる理由が理解できん。
翌日の深夜にマデリーが執務室にやって来た。馬を飛ばしてきたらしく埃まみれのヨロイ姿で訪れたので、先ずはワインを飲ませて落ち着かせる。
ごくごくと喉を鳴らして飲んでいるのを見て、今度はお茶を用意した。2杯も飲ませたら聞きたいことも聞けなくなってしまいそうだ。
「どうした?」
「申し訳ありません。貿易港を巡る戦で1個中隊を失いました」
やって来たのは2個大隊の騎馬隊と1個大隊の歩兵と言うことだ。俺達が派遣したのは3個大隊の歩兵に2個中隊の軽騎兵になる。
軽騎兵の武装は銃だが、歩兵は昔のままだ。1個中隊の砲兵がいたのだが、大砲や流星火は動きの鈍い相手には威力があるが、騎馬隊のような相手にはあまり効果が無いということになりそうだ。
「何とか力攻めで貿易港から引き離し、王都との間に部隊を展開してはいるのですが……」
「とりあえずは及第点というところだろう。このまま収束しても何ら問題はないが、なるべくトーレス側に押しておきたい。明日の午前にもう一度来てくれ。クリスティを連れてきてくれ」
罰を受けると思ったのだろうか?
マデリーの当惑した表情を見るのも、久しぶりな気がする。
深夜だから、早めに休めと言いつけると、マデリーは騎士の礼をして部屋を出て行った。
さて、動きの速い相手をどうやってし止めるかが、課題になるな。
通常の騎馬隊なら武装は槍になる。
槍を構えて中央突破するのがこの世界の戦法のはずだ。敵の槍や矢を避ける為に、鎖帷子の上にプレートアーマーを着込んでいるから、クロスボウでも接近しなければ倒すことはできないだろう。
銃ならどうだろうか?
マデリーは失った兵士の兵種を言わなかったが、歩兵であればかなり苦しい戦いだったに違いない。2個大隊の騎馬隊を相手に、貿易港を手中に収めたのはマデリー達軽騎兵が銃を装備していたことにあるのかもしれないな。
となれば……。装甲車が使えるかも知れないぞ。
明日はどれぐらい装甲車が出来たかを確認してみるか。王都に残った兵は砲兵隊であるのも都合がいい。
翌日、執務室で襲い朝食を取っていると、マデリーとクリスティがやって来た。
食事の途中だったが、起きた時間が遅い俺に原因があるのは明らかだ。朝食を下げて、3人分のお茶を用意するように侍女に言いつける。
やって来た2人を暖炉傍のソファーに案内して、早速本題に入ることにした。
「装甲車の方は出動できるか?」
「出来たのは20台よ。動かすには1個分隊が必要だわ。一応、演習場で連発銃と大砲、それに小型の流星火の訓練はしたけど……」
自信なさげなのは、何か問題でもあるんだろうか?
ジッと、クリスティの目を見ていると、クリスティの方が視線をずらした。
「放てる弾丸が少ないの。1台で、砲弾は5発だし、流星火は4発よ。連発銃は、10連を2個というところね」
「砲弾が炸裂弾なら十分だ。兵士の武装は?」
「銃が2人、残りはクロスボウになるわ」
横1列で並ぶよりは、クサビ型が良さそうだな。後列に軽騎兵を置けば回り込もうとしても対処できそうだ。
俺とクリスティの会話をマデリーが聞き漏らさぬように耳を傾けている。
上手くいけば戦況を覆せる新兵器だが、使う場所は限定されてしまう。
「貿易港の郊外で使えば良いのでしょうか?」
「そうだ。敵が退却したところで、柵を3重に作れ。それで騎馬隊は阻止できる」
平地での騎馬隊の働きは目覚ましいが、阻止されるとどうにもならないだろう。クロスボウで刈り取れるはずだ。銃でも役に立つだろう。
戦線を少しずつ西に移動することになるが、弾丸と流星火は足りるのだろうか? 兵站の心配もしなければなるまい。兵士達の食料も運ばねばなるまい。
「確保した町村で略奪はしていないな?」
「すれば、首を刎ねると言い聞かせてあります」
戦が長引けばそんな心配も出てくる。略奪行為を禁止していれば問題あるまい。
クリスティと砲兵隊の中隊長を交えて、装甲車の移動を相談するようにマデリーに指示を出す。
リオンとの戦に使いたかったが、出し惜しみをしている場合ではなさそうだ。
2人が部屋を離れると、テーブルの上に広げた地図を眺める。
このままでは、オランブル王国が2分割しそうだ。何としてもトーレス王国との国境近くまで戦線を移動せねばなるまい。
ブルゴス領から部隊を移動するのも問題だ。強いて言えば北に駐屯している1個大隊だが、魔族が何時攻めてこないとも限らない以上、移動させるのも考えものだぞ。
棚からワインのビンを取り出して、1人手酌で飲む。
あまり良い考えが浮かばないな。予備兵力はすでに送っている1個大隊だけだ。
それに、歩兵を送っても騎馬兵に蹂躙されるだけになる。
決定的な打撃力を持つ部隊が足りないということになるようだ。
3日後にクリスティが1人でやって来た。
マデリーは砲兵隊2個中隊と共に西に向かったと教えてくれたが、彼らが活躍するのは年明けになってしまいそうだな。
「工房に銃を量産するよう伝えたわ。火薬も何とか目途が着いたから、1か月も過ぎれば中隊程度に配布できるわよ」
「王都には2個中隊だけだぞ。近衛兵達もいるが、あまりトルガナン王国から兵を送るのも考えものだ」
「北の大隊から1個中隊なら外せるでしょう? 周辺には開拓部隊もいるのよ。イザトなれば彼らを使って北の防衛が出来るんじゃなくて」
思わず、クリスティ―に顔を向ける。
そういえばそんな部隊を作ったな。すっかり忘れていたが、元は貴族の私兵達だ。潰すことには問題はなさそうだ。
「出来そうだな……。銃兵を送るということか?」
「騎馬隊なら、弓よりも効果的よ。十分に使えると思えるけど」
160人が一斉に放つ銃弾は騎馬隊の先鋒を壊滅できるだろう。柵を前に置けばこちらの被害は殆どないはずだ。
さらに迫ってくる騎馬隊にはクロスボウ部隊を1個小隊程付けておけば十分だろう。直ぐに銃兵が2発目を放てるはずだ。
「任せる。それでトーレス軍を退けられなければ、俺達の構想はそれまでとなりそうだ」
「相手が流星火を使ったのは驚きだったけど、たぶん東の王国から買い込んだんでしょうね。着地点で爆発はしなかったみたい」
「それでも、初めて見る連中には脅威として映るはずだ。士気の低下した軍に迫れば簡単に逃げ出すんじゃないか」
たぶんそれだけではないのだろうが、オランブル王国軍の活躍が報告されないところには、そんな理由もあるのだろう。
まぁ、王都を守ってくれていれば問題はないな。
王都から東の敵側の貴族と、寝返った王国軍は殲滅しなければなるまい。ジャミルからの報告が途絶えているのは、その対応で忙しいんじゃないか。
しかし、3個大隊で片が付くかと思ったが、とんでもない話になってきた。
本来やるべきではない戦力の順次投入以外に、方法が無かったのを恥じるばかりだ。
だが、これに似た状況は今後も必ず起きるだろう。
戦力をかき集めて戦場に送るには、何より時間が戦局を左右しかねない。
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オランブル王国の内戦が始まって3か月が過ぎた。
王都より西に3日の位置で、またしても戦線が膠着したようだ。この原因は大砲や銃の弾丸が尽きたために起きたようなものだから、直ぐに荷馬車が西へと向かっていった。
火薬庫を作って備蓄する外に手はなさそうだな。
工房を持ってはいても、この世界の生産性はかなり低い。1回の戦闘で銃の発射回数が数発でも、3回戦分は持たせたいし、消耗に応じて補給することも大切だ。
食料は商会の補給部隊が移動するとしても、火薬類はそうもいくまい。火薬専門の補給部隊を作る外に手はなさそうだ。
すでに俺達の占領範囲がオランブル王国の7割に達している以上、トーレス王国の介入は失敗と見るべきだろうが、……さて、何日待てば、和平協定の使者を送ってくるかな?
弾丸と火薬を前線に送って10日目のことだ。
執務室に現れたのはジャミルとオランブル王子だった。
粗末な歩兵の服を着て来たところをみると、内々の相談ということになるのだろう。
執務室の暖炉傍のソファーに王子を座らせたところで、来訪の目的を聞くことにした。
「突然の来訪に驚かれたと思いますが、今回の来訪は無かったことにしていただきたい」
「公的には、ジャミルがオランブル王国の連絡兵を連れて来たことにいたします。本来なら妹王女の話などを先の御妃様や妻にしていただきたいところですが、それはまた別な機会に……」
「陛下……。陛下はオランブルを領土にするおつもりですか?」
王子が、俺を睨みつけるようにして言葉を繋いだ。
「このままいけばトーレス王国は自国の領土に戻るでしょう。ですが、トルガナン王国の4個大隊以上の戦力がオランブルに残ります。トーレスの王国軍は内乱で同士撃ち、残った部隊は王都の1個大隊に近衛兵だけです」
やはり、分かってしまったか……。
このままと言うわけではないんだが、死ぬ覚悟で俺の前までやって来たに違いない。
基本構想を話しておかねばならないだろうな。




