064(R) 教団への協力
この島に拠点を作って5度目の冬を迎える。
晩秋に購入した穀物は荷馬車1台分だから、島の住人が増えたことを考えればあまり気にすることも無さそうだ。
島の耕作地は今年も増えているし、初期に開墾した畑の麦の生産高は3割増しとトマスが教えてくれた。
毎年のように肥料を鋤き込んでいるから畑の土が肥えてきたんだろうな。そういう意味では、羊やヤギの飼育も役立っているようだ。
ブドウ畑にも、鶏の糞と麦わらや落ち葉で作った堆肥を毎年のように苗の近くに掘って埋めているのだが、あまり芳しくない。
元々成長速度が遅いのだろうか? それでも4年目にしてカゴに3つ分のブドウを収穫出来た。
世話してくれた教会の子供達に配ってあげたから、皆喜んでいたな。ミーシャ達があちこちに植えた木イチゴやリンゴと異なる味覚が嬉しかったのだろう。
木イチゴやリンゴの収穫は予想以上に多いからトマスが村人総出で収穫して分配している。
とは言っても、背負い籠に5つほどだから、行商人達に売るほどではないな。
「今年も豊作と言っていいでしょう。少しは穀物を買うことになりましたが、それは人が増えたためですからね」
「人が増えたといえば、今年は何人かのおめでたがあったと聞いたな。やはり俺達としても何か贈らねばならんだろう」
「ちゃんと、布地を2反と小さな布団を1組贈っています。ベルティ達が気を効かせてくれましたからだいじょうぶですよ」
俺達の会話にユーリアが言葉を掛けて来たけど、そういう事なら問題ないだろう。たぶん裕福な民家のしきたりに近いんじゃないか。小さな布団1組だけで銀貨1枚近くなるだろうからね。
「俺達も何度か村人達と一緒に祝杯を上げたが、出産祝いだったんだな」
納得した表情でハリウスが呟いたが、理由も知らずに一緒に騒いでたのか?
「たぶんなけなしの金でワインを買ったのだろう。小さなタルをいくつか買い込んでおいた方がいいな。そんな祝いなら酒も届けてやった方が喜ばれる。今年の連中には、タル1個分の購入額を届けてあげれば平等になるだろう」
そんな俺の提案にバドスが直ぐに賛同してくれた。小さなタル1個では足りなくなるんじゃないか? ちょっと心配になってきたが、状況を見て追加するぐらいの事はしなければならないだろう。
その辺りの配分はトマスに任せておけば良い。
「それに来年になればミレニアやベルティ達もおめでたよ。この島の人口がどんどん増えて嬉しくなるわ」
ユーリアの言葉にちらりとミレニア達に目を移すと少しお腹が大きくも見える。ケーニッヒ達もいよいよ親父になるのか。これは祝ってやらねばなるまい。
「それを少し心配してるんだ。島を守る戦士が身重となるとな……」
「まさか大きな腹で戦もできんわい。少年達が大きくなっている。彼等にクロスボウと短銃の使い方を学ばせれば代替えできるじゃろう。元投降兵もおる。十分に対応できると思うぞ」
確かに神官一行が連れて来た少年達も大きくなった。ミーシャが配下にしようとしてたんだが世代交代を考えるべきかもしれない。北の玄関の石垣の上も、オリガンドの部隊とケーニッヒの部隊で20人を越えている。白兵戦も期待できそうだ。
「問題はマルデウスの行動だ。義妹王女が来春には嫁ぐということだから、早ければ来年の内にブルゴスに攻め込むぞ」
「リオンの話では、戦の当初で俺達に牙を向くことはないとの事だったが?」
「絶対ではないが向うだって戦力を減らしたくはないはずだ。どちらかというとブルゴス王国を下した後になるだろうな。先鋒はブルゴスの死兵を使うはずだ」
マルデウスの治世は過激だ。ブルゴス王国内の投降兵を使って俺達を攻略すれば自分達の戦力を使わずに済む。次に狙うのはさらに東かそれとも西か。どちらにしても旧ブルゴス王国軍は邪魔になるだろう。
「予備兵力が無いのが問題じゃな。基本は北の玄関にワシ等とケーニッヒとオリガンドの部隊。浜は、ハリウス達とトマス達になるんじゃな」
「どちらも砦だからそれなりに防戦できるだろう。バドスの作ってくれた連発銃と大砲を浜に運んでいる。それにロケット発射機もあるからな」
3連装のロケットをほぼ水平に発射する。飛距離は600m程だが近づく軍船は驚くだけでは済まないだろう。
「ロケットなら村の夫人達で操作ができます。たくさん作ってください」
「北の広場も私達で使うから、やはりたくさん欲しいわ」
大きな音がしないからかな。
面倒な火薬の投入や弾丸を詰め込む操作もいらない。ロケットは少し重いけど、2人でなら持ち上げるにもそれほど苦労しないらしい。
方向を合わせて、ロケット後方に付いてる導火線に火を点ければ鋭い音を立てて飛んで行く。
「隣の倉庫に積んであるんだが、まだ足りないかな?」
「あればそれだけ有利に戦が出来るわ。カートリッジの生産も大変でしょうけど、ロケットもお願いしたいわ」
ある意味副産物の有効利用だからね。今年も火薬作りに励まねばならないようだ。
ロケット発射機の近くに掩蔽壕を作ったが、火薬は湿気に弱いからな。持ち出すのは戦がはじまる直前になってしまいそうだ。
「食事の支度は農家の御婦人方が担当してくれますし、子供達の世話は今まで通り教会で行ってくれるとのことです。雑貨屋が緊急時は後払いで商品を提供すると言ってくれました」
「そうなると、残りはワインだけだな。砦にあらかじめ運んでおくぞ。松明も準備せねばなるまいが、それはハリウス達に頼むことになる」
「今の内だからな。たっぷりと焚き木を運んでおくさ。松明用の樹脂の多い焚き木も任せてけ」
食事を共同で作るとなれば、村の集会場に焚き木と食料を一時的に保管する倉庫も必要だろう。調理器具や食器も持ち寄るのではなく、あらかじめ用意しておいた方が良いに決まってる。その辺りはユーリア達に頼めそうだ。
数日が経過すると、各部隊がそれぞれの役割分担に従って仕事を始める。
俺も硝石の精製を毎日行うことになった。
最初の硝石の結晶化を広間で待っていると、珍しく神官が修道士を伴って俺を訪ねて来た。
来客を知って、雇い入れた村の娘さんがお茶を運んでくる。
広間の真ん中にある焚き火の傍に座った彼らにお茶を勧めたところで来訪の目的を聞いてみた。
「これが目的です。リオン殿の目的はこれで良いのでしょうか?」
修道士が肩から下げていた小さなバックから取り出したのは、薄い本だった。
活版印刷で刷られた本がこれなのか!
表紙は厚手の紙だから、それほど手が込んでいるわけではない。ゆっくりとページをめくると、きちんと読める文字列が続いている。飾り文字も無いし、挿絵があるわけでもない。だが、これで子供達に本を読ませることができる。
「十分です。出来れば50冊ほど作っていただきたい。将来を見ることができる親なら、子供に買い与えるでしょう」
「当然島の子供達には無料で配布するのでしょう。すでに100冊を作りました。50冊を教会で保管して、残り50冊をお渡しいたします。ここまでは、リオン殿のお考えということになりますが、もう1部このような本を作りました」
改めて修道士がバッグから取り出したのは、少し厚めの本だった。大きさはそれほど大きくは無いのだが、なめし皮の装丁は本を豪華に見せている。
「私共の宗派に関わる戒律書のようなものです。これが作れるとなると、教義に関わる本も作れるでしょう。あの印刷機で我等の宗派の教義を大量に印刷できることを本部に知らせたいのですが……」
確かそんな話を前にもしていたな。
過激な教義でもなさそうだし、俺達の結婚を祝福してくれた教会でもある。
「この島の祝福を一手にしてくださった恩義は忘れません。お役に立てるならどうぞ使ってください」
少しは商売がしたかったんだが、それもお願いできるだろう。ここはウインウインで臨みたいところだ。
「ありがとうございます。そこで1つ、私から教団本部にお願いしたいと思っておるのですが」
教義を広めるための本を大量に作れるとなれば、それなりの見返りを求めるということなんだろうな。
「俺達にあまり力はありませんよ」
「存じております。新たに修道士を呼び寄せられないかを問い合わせてみるつもりです。上手く運べば、東の修道院に修道士見習いを10名程呼び寄せることができるでしょう」
「僧兵を?」
俺の問い掛けに老神官が微笑みながら頷いてくれた。
この状態で10名の戦士が増員できるとは……。バドスのいう予備兵力としては最適だ。
「よろしくお願いいたします」
「全ては神が見ておられます。我等はその御意思に沿うべく活動せねばなりません」
神官が去ったところで改めて本を眺める。
さすがは修道院で本作りをしていただけの事はある。きちんと綴じられているから長く使えるだろう。
「あら、神官さん達は帰ったの?」
「さっき帰ったよ。これを置いて行ってくれた」
ユーリアに2冊の本を渡すと、俺の隣に座って早速読みだした。ユーリアならその内容位は分かってるんじゃないかな?
「綺麗にできてるわ。これなら子供達の教材に使えるわよ。こっちは宗教書ね。入門編に近いけど、トルガナン王国ではこの教義を実践する宗派は少ないんじゃないかしら?」
「その教義を広めるために使うらしい。活版印刷ならそれが可能だからね」
今夜にでも皆に知らせておこう。
活版印刷を教団に開放することで、新たな俺達の戦力が増えるかも知れないことを。
それでも、2個小隊に満たない戦力だが、予備兵力があることで俺達も余裕を持つことが可能だ。
バドス達には短銃を20丁程作って貰おう。俺もカートリッジ作りを始める前にたっぷりと火薬を作らなくてはならないな。




