153(M) マデリーへの命令
王都に帰還して10日が過ぎたところで、マデリーがリオンの島に向かうことになった。先のお妃様が選んだ返礼の品は、銀製の酒器だった。かなり緻密な彫刻が施されていたから高価な品に違いない。
だが、あんな品が宝物庫にあったんだろうか? それとなくカリネラムに出所を聞いたところ、先のお妃様の婚礼にブルゴス王国から頂いた品らしい。
「そんな記念品を返礼に使っても良いのだろうか?」
「トルガナン王国の誠意を見せれば、おとなしくしているだろうと……。それに、相手の領地にブルゴス王国の貴族がいるならば、その品がどんなものかもわかるだろうと言っておりました」
「しばらくは、1つの王国に準じた扱いで交易をすることになるだろうから、お気遣いはありがたく受け取ることにしたいが」
大きな借りになりそうだな。
その見返りは、どんな形で返せばよいのか、しばらくはカリネラムと相談する日々が続きそうだ。
マデリ―が使者役をこなして帰ってきたのだが、お土産だと渡されましたと言いながらテーブルに乗せたのは3本の酒だった。
「ブランディーとは材料が異なるそうです」
「試飲ということかな? まったく商魂逞しい奴だ。領地などに固着せずに商人としても十分この世界で成功するだろうよ」
マデリーにグラスを用意させて、1本の封を切ると酒を注いだ。
カチン! とグラスを合わせてジャミルの健闘を祈る。
「ほう……。これは!」
「ブランディーとは、匂いと風味が異なりますね。どちらかと言えば、私はこっちの方が飲み易く感じます」
女性向けのブランディーということになるのだろうか?
マデリーに封を切ったボトルを渡して、クリスティーと一緒に楽しむように言いつけた。残った2本は先のお妃様に進呈しよう。リオンに思い出の品を渡してくれたのだ。ささやかな感謝ではあるが、カリネラムと味わうことができるに違いない。
「で、この酒の値段だが?」
「ブランディーと同一ということです。戦で原料の畑を焼かれたとかで、それほどの量を作れないとも言っておりました」
「たぶん、カリネラム達が商会に使いを出すだろう。優先させることは出来んのか?」
「数本であれば友好の証として届けて頂けるとのことです。できれば全数を渡していただきたいものです」
この酒の味を知ったからだろうな。ブランディーではそこまで言うことはないだろう。まあ、商会がどんな結果を俺達に示すかも楽しみではあるな。
とりあえず、リオンとの交易は大きな問題はなさそうだ。武器を買うことができればどれほど助かるか……。まあ、それは望まずにいよう。商船の出入りで少しは秘密が分かる可能性もありそうだ。
「それで、ジャミルの守備は?」
「まで連絡が来ない。負けるとは思わないが交渉で長引いているのかもしれん。レグドル王国までの回廊作りの妨害についてはあれから知らせが来ないところを見ると、早めの派兵が功を奏したかもしれないな」
それでも、数日の内には兵站を担う商会から状況を知ることはできるだろう。
これで、東西2000kmに近い通商路を支配することができそうだ。そろそろ街道と駅舎の整備を始めなければなるまい。海路も良いが、船で運んだ荷を大陸の隅々まで運ぶのは陸路以外には無いからな。
運河という手もあるのだが、あいにくと大河はこの辺りには存在しないらしい。一番大きな川がブルゴス領とトルガナン領を区分けするサリム川らしい。とはいえ、その川幅は1Rd(150m)程度らしい。山岳地帯で降った雨で度々川幅を5倍以上にも広げるらしいから、両王国とも開拓をするような物好きはいなかったようだ。
そういえば、サリム川までリオンは版図を広げたらしい。氾濫をいかに防ぐか、リオンの手際を見ることが出来そうだぞ。
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商会の手代が俺を訪ねてきた。
執務室とはいかないだろう。マデリーが案内してくれた部屋は、王宮の入り口近くの小さな部屋だった。近衛兵を従えた俺達が部屋に入ると、3人の商人が平伏して俺を迎えてくれた。
テーブルに着いたところで彼らに着席を促し、ワインを運ばせる。
「西の回廊についての報告を待っていた。で、どうなのだ?」
「ははぁ……。回廊構築にために出立した部隊は、レグドル王国の東端に到達してございます。現在はレグドル王国軍とともに国境の3重の柵を一部撤去して新たに門を作っております」
「ほう、すでに回廊は繋ぐことができたか。となれば、要所に見張り台を作っておるということになるが」
「3つの商会が荷を運んでおります。魔族の版図でありましたから、各部隊とも1個小隊の精鋭に守られての移送になっております」
用心のためだろうが、それだけでも商人達には心強いのかもしれないな。杭は打ってあるということだから、早めに柵を作らねばなるまい。
オランブル王国軍の派兵の準備は出来ているのだろうか?
彼らの兵站はトーレス王国に対応してもらうつもりだ。これで、トーレスの弱体化に繋がれば良いんだが……。
「状況は理解したつもりだ。まだまだ荷役があるのだろう。とはいえ、数日は休むが良い。これは少ないが礼だ」
俺の言葉が終わる前にマデリーが革の小袋をテーブルに乗せると彼らに向かってスイ! と滑らせた。銀貨20枚というところだろう。作戦が成功していると知らせてくれたのだ。これぐらいは安いものだろう。
俺達が席を立つと、彼らも席を立って深々と頭を下げる。
貴族よりも使いやすいな。商売が成り立つならどんな場所にも出掛けてくれる。トルガナン王国の兵站は彼らに任せておけば安心できる。
執務室に着いたところで、改めて侍女にワインを頼む。
勝利の美酒なら美味い酒に限るだろう。マデリーとカップを鳴らして飲んだが、ジャミルがここにいないのが残念だな。
「これで、戦はしばらくなくなるのでしょうか?」
「こちらからの攻勢は無いが、防衛戦がありそうだな。場所は、ここと、ここになる。場合によってはここも可能性があるぞ」
ラーメル王都、トーレスとオランブルの国境、さらには新たな西への回廊だ。
「回廊以外は恭順を示していると思うのですが?」
「表立ってはな。裏はどうなんだろう。ラーメル王都は東からの物資の集積地、商売の利権はかなりのものだ。元々が部族国家であったのも問題だな。俺達が……と王都を狙う輩が必ず出てくるだろう」
トーレスとオランブルは元々が敵対関係にあった。回廊を守るのがトルガナンでなくオランブル王国であれば彼らの兵站を支える命令は最低の位置で実行されるだろう。長引くにしたがって両者の溝は深まっていくことになる。
「合法的にトーレスを滅ぼすと?」
「逆らった王国よりは最初から恭順した王国の方が使いやすい。トーレスはいまだに俺達に心から従ってはいないからな。少なくとも王族の地位は無くしたい。オランブルの1貴族としてなら、オランブル王国の不満が無くなるんじゃないか?」
俺の言葉にマデリーがにこりと笑みを浮かべる。
もう1つあるんだが、これはある程度事態が進展してからでいいだろう。
「それよりもトルガナン国王としての命令をマデリーに与える。半年以内に夫を迎えろ。もしかなわぬ場合はリオン攻めを命じるぞ!」
「どちらかと言えば、リオン大公を攻める方が優しく思えますが?」
「だが、命を取られることはないだろう? 負ける戦はせぬことだ。リオン相手によく分かったつもりだ」
「ならば、ジャミルの相手を見てからということではどうでしょうか?」
中々食い下がるな。交渉が上手くなってきたようにも思える。だが、その言葉は想定内、すでに返答も準備しているぞ。
「ジャミルが帰って来たら命を下す予定だった。いつまでも独り身ともいかんだろう。クリスティはエルフ族、俺達よりも長命だから対象外になるが、俺だけ妻帯してもカイザーの助けを考えると少し不安にもなる」
マデリーのカップにワインを注ぎ足して、最後に自分のカップにも注いだ。
神妙な表情で俺の動作を見ていたが、マデリーがためらいながら口を開く。
「顔の半分を失っております。そのような私を貰う男性がいるとは思えません……」
「マデリー、俺はある意味政略結婚だ。だが、そうでなければ自分で相手を選んだに違いない。その時に顔で選ぶとは思えんな。その女性の魅力は顔だけではないはずだ」
人の一生で同じ顔をすることはできない。丸顔が面長に、やがて皺が刻まれるのだ。ひどい火傷は受けたが、元の顔は誰もが振り返るほどだったし、マデリーの魅力は行動力と善悪の分別がきちんとしていることだと俺には思える。
もっとも、マデリーの観点から善悪を判断しているから、俺の感性とは少しずれたところもあるようだ。
「努力してみます。ですが……」
「俺もそれなりの人物を探してみよう。その時は、軍務を放り出して出頭してくるんだぞ」
小さく頷いてくれたから、これで成功となる。
マデリーが探せるとは思えない。すでにカリネラムと相談ができているから、後はお見合いの了承を本人から得たと告げれば、王宮内のサロンがにぎやかになるだろう。マデリーがあまりサロンに出向かないのも都合がよさそうだ。




