122(R) 商人達の心配事
「ほう、マルデウス達は西に向かったのか!」
「はい。オランブル王国の西の国境付近に軍を終結させて、一気に王都に進軍したそうです。トーレス国王が王冠を下ろして軍門に下ったのは10日も経たぬ内とか……」
前に聞いた装甲車を使ったのだろう。
恐るべきはマルデウスの国力だな。アイデアを具現化して実戦に使うまでには色々と苦労したのだろう。
俺達の島を攻略する時には役立たぬ兵器だから、あの装甲船を造ったに違いない。問題は新生ブルゴス王国の版図を守ることができる事かだが、空堀と土塁で一時的には食い止められる。そこをロケット弾で狙えばいいか。
大砲よりも移動に便利だが命中率が極めて悪い。短射程のロケット弾も必要になってくるかな。
「ところで、肥料と硫黄はいつもの5倍ということですが……」
「島の北の陸地は俺達の領地だ。島が手狭になったから陸地に大きく耕作地を広げている」
「なるほど……。でしたら、数年先には農作物の買い付けも出来そうですな。出来れば陸地にも船着き場が欲しいところです」
浜の砦にある東屋でなじみの商人達と酒を飲みながら情報を交換する。
俺達が島にやって来た時に荷馬車を引いてきた行商人達だ。今では中堅の商会に匹敵する商いをしているから、だいぶ出世したと皆で感心したことも度々だ。
「何とかしたいところだな。海の道を嵩上げしていつでも渡れるようにしようと考えている。その途中に作るなら、船を横付けできそうだ」
「是非ともお願いします。陸地は砂浜ですから荷の上げ下ろしに難儀しそうですからね。それと、王都の商会がリオン殿に収める硝石と硫黄と同じ物を買い付けたいと申し出ているのですが」
「商人なら、儲けを見込める相手に品を売るのは自由のはずだ。俺達に断る必要も無かろう?」
どうやら、目の前の商人達も火薬の知識を少しは得ているようだ。だが、王都の商会が必要とする理由が分からないらしい。
とはいえ、圧倒的なトルガナン王国の軍勢を俺達が退けた裏には、作られた火薬に秘密があると思っているのだろう。
マルデウス達がどの地方から原料を得ているかは分からないが、俺達に収める原料と同じ物で作ってみようと思っているのかもしれないな。
「それはリオン殿にとって不利益となりませんか?」
「秘密が1つ渡るだろうけど、秘密はいくつもあるのさ。問題は向こうが信じないかもしれないなぁ。たぶん欲しがる分量は少ないはずだ。俺達に納入する前に、向こうに荷を選ばせた方が良いだろう。残りを俺達の所に運んでくれ」
商人達が顔を見合わせているのは、俺が王都の商会の連中をどんな形で偽るかを楽しみにしてたのかもしれない。だが、そんな行為は商人にとって恥ずべき話だ。商人は常に相手と対等な立場を取ることが望ましい。
少しぐらいの贔屓は許されるだろうが、露骨な嫌がらせや謀は商人としての信用を失ってしまいそうだ。
「私共が思うに、王都の工房はリオン殿の使う火薬の品質に到達していないのだと思っております。それを渡してしまったら、さらなる戦がこの地で起きるのではありませんか?」
「そこは心配しないで良い。俺とマルデウスは学んだ年数も学問の深さも違うんだ。俺達の火薬の秘密がそう簡単に分かるとは思えないな」
俺の言葉に安心したような表情をしているから、行商人から今の地位を得たことに対して俺達に感謝の念はあるようだ。
あまり、贔屓して貰って他の商人達から反発されても気の毒だ。ほどほどの贔屓をしてくれれば俺達としては十分なんだけどね。
「そうだ! 渋みの強い植物か、実があれば欲しいんだが、ついでにこれぐらいの木綿糸が欲しいんだが」
「渋みならグラス豆が一番ですな。とても食べられるものではないんですが、家畜の餌として需要はありますよ。乳の出が良くなると酪農家が話してくれました。木綿糸はラーメルの市場で手に入りそうですが……」
「早めに向かってくれ。少し雲行きが怪しくはある」
ワインを飲み終えたところで俺達の話が終わり、商人達は交易船に帰って行った。ブランディーのタルを3つも持ち帰っているし、鍬や鎌もたくさん積んだようだ。貝殻ボタンは種類ごとに革袋に詰められて木箱で出荷されている。塩の袋を荷車で運んでいたトマス達も引き上げて来たから、夕暮れ前には出港できそうだな。
その夜の会合は、トマスやハリウス達から商いの報告があった。まずまずの売り上げらしい。村人にもそれなりの分配金が渡されるだろう。
その後は、陸地の工事の進捗だが、あまり進んでいるとも思えない。とはいえ確実に空堀と土塁はのびている。
石塀への改造は、これらの工事が終わらなければ着工も出来ないのだが、監視台の両側は100Rd(30m)ほどの区間に限って石塀を作るようだ。
「石塀を作るというよりも、住み家を作る感じじゃな。井戸と2軒の長屋に馬小屋を設けるとなればそうなってしまうぞ。1個分隊は駐屯できるが、場合によっては1個中隊も可能じゃ」
井戸はそのためということだろう。荒地で井戸が掘れるかと思っていたが、30Rd(9m)も掘らずに水脈に当ったらしい。
今のところ2つの監視台が出来たところだが、元ブルゴス近衛兵達が数人で監視しているらしい。発光信号は覚えられなかったらしいから、何かあればロケット弾を空に向けて発射することになっているそうだ。
「ところで、海の道の嵩上げを早められないか? 商人達の要望だ。陸地側は砂浜だから商船が横付け出来ないからな」
「海の道の途中に船着き場を作るのか? なら、船着き場だけを先行しても良さそうだ。今も広場はあるが、満潮でも潮を被らない広場にすればよい」
これはバドスに任せておこう。土木作業はドワーフ族の得意な分野だ。
しばらくは購入するものが多そうだが、耕作地が広がれば少しずつ黒字に向かうだろう。それまでは援助する外はなさそうだな。
「ところで、あの注文は何に使うんだ?」
「あれか? 漁業を始めようと思ってね。トマス達も釣りをしてるけど、一度にたくさんは獲れないだろう? 自分達で消費する分には十分だが、売るとなればもっと多くの魚を手に入れなければならない。獲れた魚を開いて干物にすれば、奥地の連中に売れるかもしれない」
「ネコ族が全て購入してしまいそうだわ」
キャミーが嬉しそうな表情をしながら心配そうに呟いた。
まぁ、それも仕方ないかもしれない。だけどそれ以上に獲れば問題はないはずだ。色々と試してみて、浜で行える漁を考えてみよう。
「リオン殿には、我等の産業を考えて下さると?」
「村人を大勢集めたのは俺にも責任があるからね。2、3は考えないと不満が出てこないとも限らない。その時では遅いから早めに手を打っておく必要があるんだ。ところで、植樹の方は捗ってるのかい?」
「土塁から100Rd(30m)離れた場所に10Rd(3m)の距離を置いて3列でしたね。なるべく広葉樹ということで遅滞なく進めてますよ」
ラジアンが自信を持って話してくれたから、所によっては列を増やしているのかもしれないな。
焚き木を取る森が無くならないように今の内から進めなければ、将来煮炊きも出来なくなりかねない。
村の近くにも林ができるぐらいに植樹をしろと伝えてあるから、村長達がきちんと言いつけを守ってくれるだろう。
村で使う焚き木を得るためだと伝えてあるから、大きく目を見開いて頷いていたからね。
王都の石塀もだいぶ出来たみたいだ。元々小さい規模だから、トルガナン王国の王宮よりも王都が小さいのは笑ってしまいたくもなるが、王都の機能はきちんと整備してあるはずだ。王都で働く住民用の小さな町は東に隣接されているが、住民達で北側に石塀が作られているのが北の玄関からでも分かる。
将来は間の壁を崩して王都として取り込まれるに違いない。
夏が過ぎて作物の取入れが始まるころに商船が荷を積んでやって来る。
どうやら、綿花の種と俺の指定した糸をたっぷりと手に入れてくれたようだ。ネコ族の村に網を作って貰うようにキャミーから頼んでもらい、積み荷の硝石の精製を始める。
硫黄は相変わらずだが、ロケット弾に使えるから純度が悪くても使い道があるんだよね。
純度の悪い硝石はロバで陸地に運び堆肥作りの落ち葉の間に入れておく。元々が肥料なんだから少しは役に立つだろう。
秋の恒例となったブドウ絞りが少女達によって行われると、昨年のワインを使ってブランディー作りが本格化していく。
肉厚の貝を商人達が運んでくれるから、今年の冬の村人たちの仕事は十分にあるんだろうな。
冬に冷たい雨が降っても、暖かな暖炉の前でボタン作りや毛糸を紡げるなら村人も文句はないだろう。仕事の報酬で村の雑貨屋に作った酒場でワインを飲む者も多くなったそうだが、1晩でカップ2杯までに限定しているそうだ。
それぐらいの飲酒なら身を持ち崩すこともないだろうし、村人の社交の場として活用されるだろう。




