011(R) 島に渡ってみよう
俺達の領地である島を皆が感慨深げに眺めているが、やることがいろいろあることを忘れているんじゃないか?
ちょっと心配になってきたが、先ずは商人達からだ。
彼らの元に歩いていくと、荷を下りしている最中だった。
商人達に荷馬車を渡して、1人銀貨10枚を渡す。定期的な商売を考える上では、先行投資は必要だろう。
「本来なら1か月に1度で良いのだが、現在は過渡期でもある。穀物、飼料、焚き木を準備して貰いたい」
「ここに持ち込めば良いのですね。量はどれ位?」
「ミレニアと相談してくれ。それと、もし困窮した農家があればここに連れてきてくれればありがたい」
農家は多いほど開墾規模を大きくできる。問題は俺達の軍隊なんだが、オリック達だけでは不足するのは見えている。これをどうするかが次の課題だ。
数日、島の対岸で暮らすことにした。バドスとロディが島に渡り偵察しているから、それを待っているのだが……。
「確かに引潮時には道ができる。だが、渡れる時間はロウソク1目盛分ほどだ。距離を考えると2往復と言うところだろうな」
じっと島を見ていた俺にケーニッヒが近付いて来て教えてくれた。
陸と島の距離はおよそ1km程だろう。見た目は真直ぐな道だが、歩いて見なければ分からないな。ケーニッヒの言う1回に2往復は妥当なところかもしれん。
「ラバが6頭いる。馬も使えるだろう。2往復でもかなりの荷物を運べるはずだ」
「問題は集積所だな」
「修道院があったらしいが、それが利用できれば助かるんだけどね。それに水場があるかどうかも問題だ」
2日目の夜にバドス達が帰ってきた。
簡単なメモを広げて島の様子を話してくれる。
「けっこう大きな島じゃな。こちら側からは険しく見えるが、南に向かうとそうでもない。かなり広々とした斜面があるぞ。あれが開墾できれば、何千人と暮らせそうじゃ」
「水場は2つありました。山からの沢と泉です。泉は修道院跡にありました。斜面の草原に小川を作っています」
修道院は、岩山の割れ目を使って作ったものらしい。少し修理すれば全員が暮らせると言ってはいたが、農民達は新たにログハウスと家畜小屋を作ってあげた方が良いかもしれないな。まあ、それは後でどうにでもなる話だ。
「とは言っても、修道院跡地が最初の村になるじゃろうな。土地は平らだし、土台の石に困ることは無かろう。修道士達が行った開墾地もさほど木が茂っておらん。これからがんばれば、来春の作付けもできそうじゃ」
そこまでは良いが、荷を運ぶ道はあるのか?
「問題は道だな」
「干潮時に現れる道の先。まあ、島の玄関になるんじゃろうな。広場があったぞ。あまり広くは無いが、広場には違いない。そこから修道院の跡地までは狭い道が続いておった。藪を切りはらえばラバぐらいは通れるじゃろう」
「そうなると、いったん島の玄関口の広場に荷を運んで、それを修道院跡地に運ぶことになるな。」
広場というからには、それなりに広いと言う事だ。丸太小屋を作って荷物を仮置きしながら運ぶことになるだろう。
すでに秋も深まっている。早めに冬を越す準備が必要だ。
「3つに分けねばならないか……。ケーニッヒがここの指揮を執ってくれないか。オリック達を残して置けば何とか防衛できるだろう。島の玄関口はハリウスに頼む。丸太小屋を作ってくれ。俺とバドスは農民を連れて修道院跡に出掛けてみる。5家族一緒に向かえば当座の暮らしをするための下地は出来るだろうし、荷物の保管場所も確保しないとならないからな」
「ミレニア達はどうするんだ?」
「ミレニアとベルティで割り振ってくれ。ケーニッヒの配下に魔導士を2人付けて置けば良いだろう」
翌日、俺はバドスとロディそれにユーリアとベルティ、農民を3家族を伴って島に渡って行った。
この辺りは干満の差が大きいらしい。満潮時には全く見えなかった道が、干潮時である現在は島にまっすぐのびる道が出現している。
道の出来てる時間は2時間程だから、早めに渡らねばならない。
海に出来た道は、岩礁と潮流によって集められた砂で出来ているようだ。至る所にゴツゴツした岩の頭が飛び出ているし、道のあちこちに潮の流れで出来た穴が空いている。大きな穴には魚が取り残されているようだが、今はそんな魚に目もくれずに先を急ぐ。
ミーシャの仲間が、ロバを3頭使って荷を運ぶ手伝いをしてくれている。向こう岸の広場に着いたらすぐに荷を下ろして再び戻ることになるのだろう。
農家の連中は背負いカゴにクワや身の回りの品を入れて子供の手を引いている。
あの子供達に、腹一杯食べさせてやりたいものだ。そのためにも俺達はここで頑張らねばなるまい。
「やはり、早めに船を手に入れた方が良いですよ。見る限りではそれほど潮の流れは速くなさそうです」
「ミーシャに伝えてくれ。商人が来たら5人程乗れる船が欲しいとな」
ラバの手綱を握っていた少年が俺に頷いてくれた。
道幅は5mを超えているが、少し潮が満ちて来たらたちまち海中に沈んでしまいそうだ。ラバを引く少年の言う通り、道が出来ていなくとも島と行き来できる手段は必要だろう。
それに、この道も歩きにくいことは確かだ。道路として機能させるために、どのような工事を行うかも考えねばならないだろう。
だが、考えようによっては俺達の開拓地に他を寄せつけぬ良い手段でもある。道路工事は防衛面からは真逆になりそうだ。皆で考えることも必要になるな。
どうにか、島に到着したところで少し斜面を登ると、かつてはこの島の玄関口としたたたずまいが見えてきた。
今では一面の草原だが、石造りの建物の痕跡や敷石の跡がある。広場の大きさは20m四方もないが、確かに荷物の一次置き場としては有効に使用できそうだ。
ラバに積まれた木箱が下ろされ、帆布作りのテントを上にかぶせたところで、ミーシャの仲間達は島を去っていく。
道が閉じる前に、再度荷を運ぶためなんだろう、かなりの早足で移動しているのが見て取れた。
ここは、陸からやって来る者達の監視所を兼ねていたのかもしれない。2個分隊程の弓隊を置くだけで、防衛ができるんじゃないか?
「日暮れ前には修道院の跡地に行きたい。バドス、案内してくれ」
「ああ、良いとも。こっちだ」
バドスが向かったのは広場の右端だ。確かに斜面を切り崩した跡が見える。それが修道院に続いていた道なんだろう。林の奥にずっと伸びているようだ。
一度は踏み固められた道らしいが、長年放置されてきたから土に戻ろうとしているようだ。下草が足首まで埋まってしまう。
それでも、子供達さえ文句も言わずに歩いて行く。
少し若木が枝を伸ばしたりしているけど、さすがに元は道だっただけあって歩きやすい。広場から少しのぼった道は、やがて平らになり30分も歩くと島を反時計に回って島の南に出ることができた。
ここが島の中腹になるようだ。
緩やかな斜面が南の入り江に向かって続いている。鬱蒼とした低い森が入り江を囲むように東西に延びているが、先端は岩場のようだ。波が砕けるのが見て取れる。
北に目を移すと、標高の低い山がある。こんもりとした緑の山だから、水源は期待できそうだ。
さらに道に沿って進んでいくと、少しずつ上り坂になっている。斜度はきつくは無いが、段々畑を作ることになりそうだ。
「あれが修道院じゃ。誰も住んではおらぬが、岩肌の割れ目を切り開いたようじゃな」
大きな崖が見えたと思ったら、その下に建物の残骸があった。
元は2階建てだったに違いない。鐘楼は崩れており屋根も一部に穴が空いている。
「かなり修理が必要だぞ」
「おいおいやって行けば良い。直ぐには何も出来んさ。だが、場所が良い事は確かだぞ」
確かに場所は良さそうだ。北には斜度のきつい崖があり、小高いから南が良く見える。広場も30m四方を造成したようだ。南端にある泉は造成時に移動したんだろうが、今でも水を噴き出して、南に小川を作っている。少し下に貯水池を作れば灌漑用水としても利用できるだろう。それにもう1つ水源があると聞いたぞ。これと同じ位の水量なら十分に農業ができるんじゃないか。
「外はこんなだが、岩の奥にいくつか部屋がある。行ってみるか?」
「そうだな。先ずは拠点を作らねばならん」
修道院の壊れた扉をくぐって中に入ると、なるほど岩の割れ目がある。両扉を付けて周囲を石で積み上げているが、漆喰がはがれて割れ目の大きさが分るぞ。
両扉の蝶番は錆びてはいるがいまだに役目を担っている横1m高さ2m程の片面の扉が2枚合わさった形だが、俺が押しただけでギギィィっと音を立てて開いた。
ユーリアが光球を作って内部を照らす。
高さ5m横3m程の通路が奥に伸びている。床は割れ目を石や砂で塞いだようだ。凹凸の無い綺麗な通路が奥に伸びている。
左右は石をレンガのように積んである。少し歩くと扉があった。中は奥に向かって天井が下がっている部屋だが、端に行っても1m程の天井高さが確保されている。寝台の残骸があるから修道士が何人かで暮らしていたのだろう。大きさは10m四方程度だろう。
そんな部屋が左右に数個続いたところで大きな空間に出た。
たぶん礼拝堂として使われていたのかもしれない。中央に一段高い段があり、それに向かって3段のひな壇が作られている。
その一角に泉があった。水量はそれほどでもないが、小さな流れは床にある岩の切れ目に吸い込まれている。煮炊きするぐらはできそうだ。ここで籠城することも可能だな。
「十分だ。とりあえずは、修道院の屋根の下で暮らせば良い。周囲の林を切り出してログハウスを作れば農家も持ち家ができるし家畜も運んでこれる」
「なら、直ぐに知らせを出す。ロディ、入植者の移動を指揮してくれ。潮に注意するんだぞ」
「分かった。今日にでも向こうに渡る。途中の道もラバなら通れるだろう。本格的に荷を運ぶぞ」
残った俺達は修道院の跡地にテントを張ってしばらくは過ごすことになりそうだ。
幸いにも、森が南に伸びているし後ろはちょっとした山だから焚き木に困ることはない。
子供達もいることだし、今日は早めに夕食を頂いて休むことにしよう。
食事が終わると、バドス、ロディ達と焚き火の周りに座ってワインを飲む。
「やはり人が少ないのう。ワシの従兄弟達を呼んでも良いかな? 腕の良い鍛冶じゃぞ」
「なら、俺の国からでも良いか? 貧しい村だから、毎年口減らしで町や王都に行く若者が多いんだ。だが、学が無いからな……」
ロディが寂しそうにつぶやいた。村を出てもあまりいいことが無いと言う事なんだろう。それも気の毒な話だ。たぶん、自分の親戚を含めてやって来そうだが、土地はいくらでもあるからな。
「出来るだけ集めてくれ。だが、働かざる者食うべからずだ。怠け者や、他人を思いやれない奴は追い出すぞ」
「そんな従兄弟はいないぞ」
バドスが怒った声で言ったけど、直ぐに真顔になる。
「リオンの言う事も分かるつもりじゃ。これから領内を開墾するんじゃからな。だが、直ぐには無理じゃぞ。開墾して豊かなの内にするには10年以上掛かると聞いたことがある」
そんな2人に、ワインを注いであげる。
俺だって簡単にできるとは思っていない。だが、防衛体制は早めに構築することが必要だろう。この島ならばとりあえず20人も戦闘員がいれば陸地との海の道を封鎖することが可能だ。
傭兵も考えるべきなんだろうか? だが、金で簡単に寝返るからな……。やはり、自分達の手で何とかしたいところだ。




