最終話 エルカ姫の魔界征服計画
「タオ様~、こっちの部屋の内装はこんな感じでいいっすかね?」
手下に呼ばれ、タオが部屋の一室を覗き込む。
「えーと……うん、いい感じ! 前よりも素敵だよ。凄いじゃない」
「へへ、ありがとうごぜえやす」
手下の魔物は照れ臭そうに頭を掻いた。前よりも素敵とは言ったものの、あくまでそれは魔族の美的感覚でだ。現にその個室は、以前よりも更におどろおどろしく、不気味さを増していた。
あの戦いから三年。崩壊したベルーゼ城は、現場監督となっているタオの指揮の下、手下達の努力の甲斐あって、前と同じような……いや、前以上に立派な城に建て替えられつつあった。その外観は既に完成しており、内装も八割方出来ている。
タオは本当は、魔物達の上に立って従えるような事はしたくない。あくまで対等の、友達としての関係でいたかった。タオ様などと、様付けで呼ばせるなどもってのほかだ。
だが今は、敢えてそうしている。それはベルーゼの遺志だからだ。ベルーゼは死の間際、タオにBエリアのボスを命じた。ボスとなったからには、ある程度のケジメは必要だ。上下関係をなあなあにしてはいけない。
手下達も同じ理由で、ベルーゼがタオをボスに任命したからには、タオをボスとして認め、従わなければならない。とはいえ、それは義務感から来る物ではない。手下達もベルーゼ同様、ボスとなるのはタオしかいないと誰もが思っていたからだ。そして何より、皆タオが好きなのだ。
「タオ姫」
また誰かがタオを呼んだ。この呼び方をする者は一人しかいない。
「タルト、どうしたの?」
「夕食が出来ました。そろそろ休憩されてはいかがですか?」
まだ働きたいというタオの意思とは裏腹に、待ってましたと言わんばかりにタオの腹の虫が鳴った。タルトがクスリと笑い、タオが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「そ、そうしようかな。じゃあ、他の皆にも声をかけてくれる?」
「分かりました」
食堂は敢えて前とほぼ全く同じ作りにしてある。食堂には、楽しい思い出がたくさん詰まっているからだ。しかしそのせいで、いなくなってしまった者達の事を思い出して、寂しさを感じてしまう事もある。
厨房で忙しなく料理を作るスケ夫はもういない。窓際の席で酒を啜るカゲトも、獣のように肉にかぶりつくエルカも、そのエルカに絡まれて狼狽するベルーゼも。
だが、タオは決して泣かない。ベルーゼが死んだ時に流した大粒の涙。あれを生涯最後の涙にするとタオは決めた。Bエリアのボスとして恥じないように。
「皆集まったかな? じゃあ、いただきます!」
「いっただっきまーす!!」
タオの掛け声と共に、手下達は一斉に料理にがっついた。スケ夫が残したレシピを、タルトは忠実に再現している。もちろんそこまで行き着くのにはかなりの苦難があったが、タルトは決して弱音は吐かなかった。
そのタルトはというと、厨房近くの席でレオンと向かい合って座り、他の手下達と共に楽しそうに談笑しながら食事をしている。タルトは以前よりもよく笑うようになったと、タオは遠目に眺めながら思っていた。
食事が終わり、タオは一人で渡り廊下の柵に寄りかかり、空を眺めていた。空は今でも変わらない。星一つ見えず灰色の雲に覆われていて、時折稲光が走る。昔は満天の星空が好きだったが、この魔界の空もタオはいつの頃からか好きになっていた。
「ここにいたのか、タオ」
渡り廊下の向こうから、レオンとタルトが軽く手を振りながら並んで歩いてきていた。タオは二人に笑顔を返す。
「こんな所で一人でどうしたんです?」
タルトが心配そうにタオの顔を覗き込む。
「うん、ちょっと考え事」
「エルカの事か?」
タオはコクリと頷く。あの戦いの後、エルカは傷が癒えてからすぐにここを出ていった。そうなる事は予想していただけに驚きはしなかったが、実際にいなくなるとやはり寂しいものだ。
エルカにとって、このBエリアは……この大陸は狭すぎる。そして何より平和すぎる。ネイクス一味によって、Bエリア以外のエリアは全て破壊された。だからこの大陸にはもう、エルカの戦う相手はいないのだ。
Nエリアの遙か北に、もう一つの大陸が存在するとネイクスは言っていた。エルカはそこへ向かったのだ……新たな戦いを求めて。戦いこそが、エルカの全てなのだから。
「エルカも、たまには戻ってきて顔を出すと言っていたんだ。その内また会えるさ」
「うん……そうだよね。ちょっと寂しいけど、私には皆がいるから。大丈夫だよ」
タオは再び空を見上げた。エルカもこの魔界のどこかで、同じ空を見ているのだろうか。タオはそんな事を考えていた。
エルカの部屋は、一番最初に作ってある。いつ帰ってきてもいいように。自分の部屋はどうしたなどと文句を言われないように。いつかまた会えると信じて、タオは自分の部屋へと戻っていった。
*
「…………ふう。ようやく着いたわ」
魔界某所の海岸で、エルカは七日ぶりに大地に足をつけた。海水をたっぷり吸ったドレスから、ポタポタと水滴が落ちて砂に染みこんでいく。
この七日間エルカは海の上を走り続け、寝る時も波に身を任せ、食べ物も海中に潜って魚や貝を食べていた。一番の強敵は退屈だったが、それは時折襲い掛かってくる魔界鮫の群れと戯れて解消していた。途中方角を間違えそうになったり、嵐や津波に飲み込まれそうになりながらも、エルカはようやく目的地に着いた。
ちなみにここは、ネイクスが言っていた第二の大陸ではない。既にそこは征服済みなのだ。当然ではあるが、そこにはネイクスより強い者はいなかった。即ち、エルカを少しでも満足させるような強者はいなかったという事。
だが収穫がなかったわけではない。そこで得た情報というのが、たった今エルカが上陸した、第三の大陸というわけだ。この第三の大陸の事は、第二の大陸の一部地域の間では、超危険地帯として有名だった。ネイクスですら知り得なかった情報だ。
ここなら、ネイクス以上の者がいても不思議ではない。それを知ったエルカは、支配下に置いたばかりの第二の大陸をほっぽらかして、迷わずに第三の大陸を目指して単身で海に飛び込んだ。
エルカの最終目標はあくまで魔界征服。それは今も変わらない。仮に第四、第五の大陸も存在するというのなら、そこも支配するのみ。井の中の蛙になる気は毛頭ない。
そして、それすらも終えてしまったら、その時には魔界のどこかで眠りこけている魔界の神を叩き起こすつもりだ。
「……ん? あら、これはこれは……大層なお出迎えね」
エルカが目にした物は、ズラリと並んだかつてない程の魔物の大軍だった。その数は十万をゆうに超える。しかも噂通り、その一匹一匹から強い力を感じる。過去二つの大陸の魔物達とは、根本的にレベルが違うのが見てとれる。
「なるほどね。確かに、楽しませてくれそうだわ」
噂を聞いていたのは、エルカだけではない。この大陸の者達も、エルカの事は聞き及んでいた。サウザンドトーナメントを制し、ネイクスを倒し、二つ目の大陸も征服した。
そんなエルカの噂は遥か海を越えて、この大陸全土にまで知れ渡っていた。そしてそのエルカがもう間もなく上陸するという事も、彼らは知っていた。だからこその、この仰々しい出迎えだ。
「久々に地上に上がってからの準備運動にはちょうど良さそうね。じゃあ遠慮なく、暴れさせていただくとするわ」
新たな戦いの幕開けだ。エルカは、新天地での初陣の前に胸を躍らせる。
戦場の空気を味わうように大きく深呼吸した。そして膝を大きく曲げてから地を蹴って飛び出し、悪魔のように笑いながら、魔物の大軍の中へ自ら飲み込まれていった。
エルカ姫の魔界征服計画
完




