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第81話 ネイクスの切り札

 今なお燃え盛る山脈の中で、戦いは最終局面へと突入した。炎は木から木へと瞬く間に燃え移っていき、山脈だけでなく地上にまでその手を伸ばしていく。このまま放っておけば、大陸全体を焼き尽くしてしまってもおかしくない勢いだ。薄暗い魔界の空の下で、炎の照らす光がエルカとネイクスの影を浮かび上がらせる。

 二人が同時に前に飛び出した。お互いがぶつかる直前に、ネイクスはヤマタノオロチを再び起動させ、炎の大鎌もその手に呼び戻した。更には瞬間移動も織り交ぜながら、ありとあらゆる方法でエルカをとことん追い詰めていく。息をつく暇すら与えない。

 大蛇の牙がエルカの肉を食い千切る。大鎌の刃がエルカの肉を削ぐ。飛び散る鮮血が、炎と共に辺りに赤を作り出す。折れそうになる膝。落ちてきそうな瞼。その度に魂を奮い立たせ、闘志を燃やす。

 ネイクスの、跳びかかりながらの大鎌の一振りをエルカが躱し、その隙を狙った大蛇が体当たりで吹き飛ばした。エルカは隣の山の岩壁に叩きつけられ、張り付けになった。好機とみたネイクスは、魔法弾を連射しながらエルカに飛行で突進していく。


「う……おおおああああーー!!」


 魔法弾をその身に受けながらも、エルカは壁を蹴って飛び出し、ネイクスを迎え撃つ。一旦退避するか防御すると思い込んでいたネイクスは虚を突かれた。


「うりゃあああ!」


「くっ!」


 振りかぶったネイクスの大鎌の刃がエルカを斬り裂く寸前に、エルカの拳の一撃がクロスカウンター気味にネイクスの顔面に炸裂する。音速で吹っ飛ぶネイクスの体が、いくつもの山を突き抜け、次々とトンネルを作っていく。エルカは地を蹴り、木々を飛び移り、岩壁を蹴ってネイクスを追った。


「うっ!」


 突如ミサイルのような巨大な炎の槍が、真正面から空気を切り裂いて飛んできた。エルカは咄嗟に身をよじらせて紙一重でそれを躱す。

 炎の槍に気を取られて生じた一瞬の隙。エルカの背後に瞬間移動したネイクスが、大鎌を頭上に振りかぶっていた事に、エルカは気付くのが遅れた。


(やばい!)


「シャアアアアアア!!」


 狂気の笑みを浮かべながらネイクスがエルカの背後から心臓目掛けて大鎌を振り下ろした。肉を突き刺した確かな手応えが、大鎌を通してネイクスの手に伝わる


「つぁっ……!」


 刺されたのは、一瞬の判断で刃先と胸の間に挟んだエルカの左腕だった。かろうじて胸にまではその刃先は至っていない。だが、すぐにその高熱がエルカの左腕を燃やす。


「いい加減に死ね!」


 大鎌を左腕に刺したまま、ヤマタノオロチにエルカの頭を狙わせる。しかしその前にエルカは上体を後ろに素早く逸らし、後頭部をネイクスの鼻っ柱を打ちつける。そして振り向きざまにネイクスのこめかみに回し蹴りを食らわせた。


「……このっ!」


 ネイクスが反撃に転じようとした時、またしてもエルカの攻撃が先に入る。大鎌も、ヤマタノオロチも、繰り出す暇がない。出そうとした瞬間に攻撃を潰される。止まらない。エルカの攻撃が止まらない。


「おおおおおおおおおおお!!」


 マシンガンか。はたまた暴風雨か。いや、この世の何物にも例えようのない、過去最速の拳の超絶猛ラッシュ。全ての一撃が、ネイクスの肉を通して骨を激しく軋ませる。


(く、くそ……!)


 再び反撃に出るが、やはり手が出ない。瞬間移動で逃げようにも、コンセントレーションが出来ない。拳打の衝撃が体の自由を奪う。


(ボクは……大事な事を忘れていた……)


 それは、エルカという人間の戦いにおける性質。


(エルカは戦いの中で……傷つき……追い詰められれば追い詰められるほど……物凄い早さで成長していく事を……!)


 成長率という点では、ネイクスも他の者に比べれば相当な物を持っている。だがエルカのそれは、そんなネイクスをも遙かに凌駕する。


(早く仕留めなきゃ……ボクの体力の方が先に尽きる前に……エルカが本当にボクの力を上回ってしまう前に……!)


 ネイクスが大口を開けた。喉の奥に見える光にエルカがハッとなって攻撃を止め、すぐさま防御の構えを取る。直後にネイクスの口から、カゲトを貫いた怪光線が発射され、エルカを押し流して山の一角に叩きつけた。


「……ふうっ、危なかったわ。もう少しで体にでかい風穴が空くところだった。まさかあんな技も使えるなんてね……」


 全身からボタボタと血が滴り落ちるが、周りの業火の熱ですぐに蒸発する。痛みで悲鳴を上げる体を気力で黙らせ、よろめきながらもエルカは立ち上がる。

 ソウルファイヤの十分という制限時間。そんなものはとっくのとうに過ぎている。しかしそんな事はもはや関係なかった。この身が動く限り、魂にもそれに付き合ってもらう。エルカは自分の命をも、自分の都合で引きずり回すつもりなのだ。




「はあ……はあ……くそ、くそ、くそ、くそ! 何て事をしてくれるんだ……何でボクがこんな目に……! 許さないぞ……絶対に許さないからな……ッ!」


 痛みが後になってからやってきた。神と戦った時ですら、ネイクスはここまで痛い思いをした事はない。怒りが心を満たす中、それでもネイクスは不敵に口角を吊り上げた。


「もうそろそろいいよね……。正直こんな方法で勝つのはプライドが傷つくけど、もういいや。エルカを殺せればそれでいい」


 向かい側の山の頂上付近に立つエルカと目が合った。視線が交差し、火花が散る。二人は同時に地を蹴り、谷の真上で再びぶつかり合った。それと同時に、ネイクスがある仕掛けを発動した事に、エルカは気付いていなかった。



 *



 タオとレオンは、遥か上空からその戦いを固唾を飲んで見守っていた。Bエリアにそびえ立つ巨大な山脈の中を、二つの小さな影が縦横無尽に飛び回りぶつかり合っている。タオとレオンの目にはそのようにしか見えず、具体的に何をしているのかは、とてもではないが速すぎて見えない。そして二つの影がぶつかる度に、花火のような轟音が辺りに鳴り響く。


「凄すぎる……どっちも化け物だな、本当に」


「私、悔しいよ……。友達がボロボロになりながら戦っているのに、何一つ力になれないなんて」


「せめて祈ろう。僕らに出来る事はそれぐらいしかない。それに、見てみろ。徐々に、ほんの徐々にだが、エルカが押し始めている。エルカの火事場の馬鹿力だ。このまま行けばきっとネイクスを倒せる」


「そ、そうだよね。エルカ……お願い、頑張っ…………ん?」


 タオが何かに気付いた。何かが山脈の方へ向かって猛スピードで飛行している。レオンもその視線を追い、その正体に気付いた時に目を疑った。


「イ……イアーナ!?」


 ネイクスに殺されたはずのイアーナだ。それがエルカに向かって一直線に進んでいるが、エルカはネイクスとの戦いに全神経を集中させていて、後方から迫る乱入者に気付いていない。


「エルカァァァ!!」


 タオの叫びにエルカがイアーナの気配を察したが、時既に遅し。背後から羽交い締めにされてしまった。


「イアーナ!? あんた……!」


「…………」


 イアーナは何も答えない。そして、どう見ても意識がない。白目を剥いたままで、口も半開き、首も不自然に傾いている。だが死んではいない。

 エルカは、とにかく振りほどかなくてはと暴れるが、物凄い力で押さえつけられていてままならない。しかし、ネイクスはこの隙を突くどころかエルカとの距離を取り始めた。そしてネイクスがイアーナに手を翳すと、イアーナの体が不気味な紫色の光を放ち始める。


「エルカ、ボクの勝ちだ」


「何ですって?」


「さっきボクは、イアーナの心は破壊したけど、命までは奪わなかった。イアーナは……いや、イアーナの体は来たるべき神との戦いのための切り札だからね」


「どういう……意味よ」


「イアーナ自身は気付いていなかったけど、イアーナの体内にはボクの魔力の火種が埋め込まれているのさ。ペットにしたその日の内に埋めさせてもらったよ。それは宿主が強靱な魂を持っていればいるほど、すくすくと大きく育っていく。埋めてからまだ一年しか経ってないからそこまでは成長してないけど、密着して起爆させれば今のエルカを殺すには充分すぎる」


「つまりイアーナを捨て駒の爆弾にして、神にぶつけるつもりだったって事……?」


 ネイクスがご名答と言わんばかりに、細い舌を出して揺らした。


「千年も熟成させれば、神といえど確実に一撃必殺さ。万が一実力で勝てなかった時のための保険だよ。でもまさか、それをこんなところで使う羽目になるとは思わなかったよ。全く大した物さ、エルカは」


 イアーナを覆う光がますます強くなり始めた。もはやネイクスにも爆発は止められない。万が一これでエルカを仕留め損ねても、取り返しのつかないダメージは確実に与えられる。ネイクスからすれば、その後にエルカに止めを刺せばいいだけだ。


「くそっ、離れろ! 離れろこのクソアマ!」


 エルカが更に激しく動くが、イアーナは全く離れる気配がない。一体化しているかのようにしがみついている。


「あははは、無駄だよ。今のイアーナはボクの魔力で操られているんだ。単純な動きしか出来ないけど、腕力だけならボクと同等さ。いくらエルカでも、その体勢から振り解くのは不可能だよ!」


「くっ……!」


エルカが藻掻いている間に、ネイクスは更にエルカから遠く離れていた。決して爆発の巻き添えを食わず、尚且つエルカが吹き飛ぶのを観賞できるベストポジションへ。


「さあ、いよいよだ! 爆発まであと十秒! 所詮人間ごときがボクに戦いを挑んだ事が間違いだったんだよ! あははははは!! あーっはっはっはっは!!」





 その時、ネイクスの視界を黒い風が横切った。そしてその黒い風は、イアーナを掻っ攫うようにエルカの背後を擦り抜けた。


「はあ!?」


 全く予想だにしない事態に、ネイクスは素っ頓狂な声を出す。エルカも一瞬何が起こったのかわからない。しかし、タオとレオンからは、黒い風の正体がはっきりと見えた。そして、タオがその名を呼ぶ。


「ベルーゼ様!!」


 傷だらけのベルーゼが、イアーナを抱えて空高く急上昇していく。地上から爆発を遠ざけるために。

 死んだと思われていた。いや、生きていた可能性があったにも関わらず、ネイクスは気にも止めずに放置した。どうせ生きてても何も出来はしないと、ベルーゼを見くびったネイクスの驕りだ。


「ベルーゼ、あいつ……」


 背中が軽くなったエルカも、もはや何も出来ない。ベルーゼが上手くやるのを見守るしかない。


「ふっ。宣言通り、一泡吹かせて……やったぞ。ざまあみろ……うぐぐっ……」


 今にも気を失ってしまいそうな痛みが全身を走る。しかし、すぐにイアーナを自分からも遠ざけなければならない。ネイクスが避難した距離を考えるに、ここまで来ればエルカにその爆風が届く事は恐らくないと予想出来る。だが今のままでは、ベルーゼは確実に爆発に巻き込まれて死ぬ。


「う……おおおおおお!」


 ベルーゼは歯を食いしばり、イアーナの足を掴み回り始めた。ジャイアントスイングの要領で遠くに投げ飛ばすつもりだ。爆発まであと二秒。もう時間がない。ベルーゼは空の彼方に狙いを定め、最後の力を振り絞った。


 ────しかし、運命は最後の最後でベルーゼを見放した。


 リリースの瞬間、ベルーゼの傷口が開き、パックリと割れた胸から大量の血が噴き出したのだ。


「がっは…………!」


 ベルーゼが、口からもおびただしい量の血を吐き出す。イアーナはベルーゼの手からすっぽ抜ける形で離れ、勢いと言えるものは一切なかった。

 そしてイアーナは……ベルーゼと僅か十数メートルの距離で光り輝き、体内に宿る火種を解放した。

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